39話 大改造劇的デザートシーⅢ
「セイレーンの棲み処じゃと……?」
絶対こうなると思って理由は伝えず、東リッツバー平原にプリマローズを連れてきた。
結局、話すことになったが。
プリマローズは不満そうだ。
元々セイレーン救済にも反対派だった。
「ソードの頼みで来たのに妾があのビッチどもの為になぜ働かねばならぬのじゃ」
「お前だってゲームするためにタイム邸に居座ってるだろ。お互い様だ」
「嫌じゃ!」
プリマローズは腕を組み、そっぽを向いた。
頑固プリプリさんモードだ。
「ほら、シズクも見てるぞ」
「じー」
「うっ……」
シズクの視線に、プリマローズが苦い顔をした。
「ナブトに言いつけられて追い出されるかもな」
「く、くぅー……」
本当に嫌そうな顔をしている。
ゲームの無い生活を思い描いているのだろう。
ほらプリマローズ、どうする。
「しかし、このビチャビチャな床土はなんじゃ!」
やり場のない怒りを外へ向けたらしい。
浅瀬という名の水たまりを蹴るプリマローズ。
水飛沫が峡谷の壁に飛び散った。
「こんな不潔な場所、住むに値せぬ!」
「お? ってことは手伝ってくれるか?」
「ビッチを助けるなど妾の流儀に反するが、不潔な環境がこの星に存在することも妾の美学に反する」
自分なりの落とし所を探している。
プリマローズは素直じゃないからな。
最初から手伝うとはっきり言えばいいものを……。
「おい。本当にこいつと組まなきゃダメか?」
別方面から反骨心を示す骸骨が現れた。
ヴェノムだ。DBやシズクを見ながらプリマローズの参入に非難の目を向けた。
それに早速気づいたプリマローズ。
嫌味には嫌味を返し始める。
「おーおー、誰かと思えば5000年前、妾の恐ろしさを前に尻尾を撒いて逃げた負け犬の七号じゃ」
「なんだと!?」
「こんな小僧がいるようじゃ、浚渫もうまく進むまいよ。妾が力を貸してやらねばな、クハハ」
「おまっ、雑魚に成り下がったくせに粋がるな!」
睨み合う魔王と七号。
否、プリプリ界の匠と破壊の匠。
匠の四天王、一触即発だ。
こんな調子で家の作製は大丈夫だろうか。
ついに新築の間取り図の作図が始まった。
「――やっぱり玄関ね。玄関は家主の身だしなみのようなもの。セイレーンの優雅さを誇張するために、玄関へのこだわりは欠かせないわ」
DBが間取り図を見ながら提案した。
「彼女たちはプライドが高い。きっと玄関が派手だったら喜ぶと思うわ」
「それより海としての水深をまず――」
「よーし。玄関は派手にしとくか」
俺の言葉はまたしても無視された。
ヴェノムが間取り図に玄関を描き込んでいく。
描き込むといっても、地図上の峡谷の入り口にバツマークを加えただけだ。
爆弾で吹っ飛ばす、という意味だろう。
「私が調べてきた話では」
シズクが間取り図に釘付けになりながら喋った。
流行の匠、時代を語る。
「旧世界の建築様式は天井が低く、閉塞的にすることで落ち着き感を求めていたようですが、現代では天井を高くして奥行きを拡大認識させることで開放感を求める傾向があるようです」
「ほう。開放感はどうやって確保するんだ?」
ヴェノムがペンを回しながら問う。
シズクはその問いに整然と言い返した。
「吹き抜けです」
「ふきぬけ?」
「天井をぶち抜いてしまうのです。吹き抜け一つで開放感が一気に跳ね上がります。昨今、アーセナル・マギアに代表されるように、人類の文明の賜物はほとんど吹き抜け式の構造が採用されます」
「お嬢は開放感が大事だというクチかい?」
ヴェノムがさらに意見を求める。
海が故郷のセイレーンには開放感が大事では?
俺の素朴な疑問もシズクの言葉で封殺された。
「どちらも大事だと思います。落ち着き感もあり、開放感もある空間がいいと思います。温故知新をテーマとするなら」
「なるほど。さすがだ。つまり――」
ヴェノムは間取り図という名の峡谷の地図に無作為にバツマークをつけた。
「こうやって吹き抜けをたくさん作ればいい」
「そうですね。場所によって天井が近く、場所によって空が見えるような濃淡のある構造がいいでしょう」
「本当にいいのか!?」
心配なのはヴェノムの描き込みだ。
めちゃくちゃにバツをつけてるだけなのだ。
「ヴェノム。これ、平面図だとよく分からなく――」
「今のお嬢の意見で俺も思いついたぜ」
また無視された。
そんなに水深どうでもいいか?
え? 海をつくるんだよな?
今でも床が浅瀬でベチャベチャじゃねえか。
「やっぱり家と言えば"隠れ家"だ」
「なんで!? なんでそうなる!?」
「秘密基地をつくろう。セイレーンの連中も"男の隠れ家"的な部屋が必要だ」
「セイレーンはみんな女だからな!」
俺の声に誰も反応しない。
匠の四天王、本気モードだった。
ヴェノムは地図の特定の場所を四角く囲った。
そこを秘密基地にするつもりらしい。
「このエリアを隠れ家にする。天井もなく、入り口も一つだけ。水中を潜ってようやく辿り着けるような構造にして、セイレーンの秘密基地の完成だ」
「おお」
珍しく感心を示したプリマローズ。
「よもやここで意見が合おうとは。
同じくアークヴィランに追われる身として、妾も引き篭り部屋は絶対必須じゃ。世間が辛くなった時、現実逃避するゲーム部屋が必要じゃからの」
「それお前だけだろ!」
「家具が充実してるとよいな。身動きが取れなくなってもその部屋で事足りるような部屋が理想じゃ」
絶対ゲームのことしか考えてない奴の考えだ。
「なるほど。悔しいが、正論だ」
「正論!?」
「決定じゃな」
ヴェノムはプリマローズとの意外な共通意識に驚きを隠せないまま、地図の四角く囲った場所にさらに丸マークをぐるぐる描き込んだ。
到底、間取り図と思えないモノが出来てくる。
ヴェノムの作図は雑で何がなんだかわからない。
とにかくマルとかバッテンとかが多い。
どうしよう。
ここまで誰も"海"を用意しようっていう本筋の話を提案する奴が一人もいない。




