35話 アークヴィラン11号
ブロワール大橋を渡って戻ってきた。
シズクとマモルは二人で橋の袂に座っていた。
遠目からでもマモルがしどろもどろに会話を繋ごうとして、シズクがそれを詰まらなそうに聞き流している様子がわかった。
「待たせたな」
声をかけると、シズクはすぐ近づいてきた。
目に見えて表情が明るくなる。
だが、俺の背後について歩く存在に気づいたようで、警戒心を露わにした。
「その方は……?」
その方、と指摘されたのはDBだった。
履き慣れない靴でよたよたと緩慢に歩いている。
「アークヴィラン・データベースだ。通称DB」
「はい……?」
「ごきげんよう」
DBが上品に白い司祭服をたくし上げて挨拶する。
まるで貴族令嬢のような振る舞いだ。
「私がDBよ。よろしく。シズク・タイム」
自己紹介もしてないのにDBはシズクを知っていた。
DBはマモルに目配せして、そっちにも会釈した。
「えっと、貴方は……」
「ぼ、僕はマモル・クーノダですっ」
「よろしく。マモル・クーノダ」
マモルと初めましてなのにシズクは知っている?
シズクはDBのことを初見のようだが……?
シズクも不信がっている。
精霊オルドールと所縁の関係だから知っていたのかだろうか。謎だ。
「えっと、データベースさんが居る、という事は?」
シズクが疑問符を浮かべた。
小首を傾げてDBを眺めていた。
「こいつがデータベース本体だ。アークヴィランの情報は、こいつに聞いて教えてもらう。お願いすればアークヴィランの映像記録も投影してくれる」
俺が一通りのDBの仕様を説明した。
変に分かりやすく説明しようとしても理解が遠のくかもしれないから事実を直接並べた。
現代っ子のシズクやマモルでさえ困惑している。
俺だって意味がわからねえよ。
「ソード。"こいつ"呼びはやめてちょうだい」
「お前はもう機械みたいなもんだろ」
「心外ね。こう見えても感情はあるのに」
「そんな風には見えねえが……」
さっき外出のために背中の有線ケーブルを乱暴に引き抜いて、目の前で白装束を脱ぎ始めた時点で、羞恥心はもう失われてるんだっていうことは理解した。
もはやただの機械人形。
裸は生身の人間のそれと変わらなかったが……。
「ソードさんはなぜDBさんを連れてきたのですか? 目当ての能力を持ったアークヴィランの検索は?」
「それがな。試しに聞いてみたら――」
俺がDBに目配せする。
DBは得意げになって話を始めた。
「一定範囲を海に変えるアークヴィランは確かに存在したわ。さすがご明察ね」
DBが邪悪な目つきでシズクを見た。
シズクは物怖じするように固唾を呑んだ。
怖いよな。わかるわかる。
「アークヴィラン11号。バクテラ。
北方で発見された微粒子の群体アークヴィランよ。
北の異常な海面上昇を調査していたとき、調査隊は氷が溶けたことで海面上昇が起こっていると仮説を立てていた。でも仮説は間違いで、原因はバクテラの【潮満つ珠】の力で海水が大量発生したと特定した」
さっき大聖堂の中で聞いた話だ。
海水を生み出し続ける微生物のアークヴィランがいたそうだ。
「当時ニュースで騒がれたから何処かで見聞きしたかしら?」
DBはシズクに目配せした。
「なら北海岸へ行って、そのアークヴィランを――」
「その必要はない」
「……?」
DBがニヤリと笑った。
戸惑う人を見るのがケアは好きだった。
DBも性格そのまま人を戸惑わせる嗜癖がある。
「なぜなら【潮満つ珠】はもう確保してる。私が」
DBは堂々と言い放った。
――そう。特定エリアを無条件に海へ変化させる神秘の能力【潮満つ珠】はケアが手中に収めていた。
「DBを連れていけば、砂漠化した東リッツバー平原に"海"を持ち込める。セイレーンの新たな棲み処を用意できるんだ」
「と、ということは……」
シズクは衝撃を受けながら言葉を紡いだ。
「DBさんをお連れすれば、東リッツバー平原の砂漠を海に変えて、セイレーンさんの新しい棲み処をつくれるんですね」
「それ俺が今言ったな」
シズクはかなり驚いていた。
気が動転したときに人の言葉を繰り返してしまう癖は父親からちゃっかり受け継いでいたようだ。
なんだか俺が知るシズクらしくないような……。




