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人間兵器、自由を願う  作者: 胡麻かるび
第1章「人間兵器、自由を願う」
33/249

33話 データベースは大聖堂に ※挿絵あり


 ブロワール大橋を渡り、大聖堂まで着いた。

 橋の歴史はだいぶ古い。

 石造りで道幅は広く、車輪で削れた跡もある。


 俺が知るタルトレア大聖堂はもっと細い橋だった。



 門の横の小屋に女がいた。

 帽子を目深に被った警備員みたいな女だ。

 女が窓から身を乗り出した。


「こんにちは。ここは神聖なタルトレア大聖堂です。一般人の入場はお控えしてますが?」


 高圧的な物言いだ。


「アークヴィラン・データベースを見たい」

「なっ。不躾ですわね……。見たところ、人間のように見えますけどアクセスキーはお持ちで?」

「ない。でも魔王が俺なら入れるって言ってた」

「魔王ってプリマローズさん?」

「そうだ」


 女は眉間に皺を寄せた。

 瞳孔が猛禽のように大きな女だ。

 虹彩も金色だし、魔性の威圧感がある。


「誰かの言づけがあったとしても、アクセスキーが無いと入れませんわよ。申し訳ありませんが、お引き取りください。再発行申請書はお渡しします」

「やっぱりダメか」

「はい。決まりですから」


 融通の利かない女だ。

 まぁ予想はしていたが、不満だった。


「再発行って具体的に何をすればいい?」

「貴方のお名前と種族、生年月日、再発行の理由を書いてくださいな。アクセスキーはデータベースを必要とする人には平等に渡してますから、再発行はそれほど難しくありません」

「んー……」


 悩む。書いたら身元がバレる。

 それがここだけの話ならまだいいが、ここに書いた個人情報がいろんな所に広まったら、王家も俺の復活に気づく。


 ヴェノムの様子では、拘束の心配はなさそうだ。

 でも、まだこのDBに関する情報は少ない。

 判断するには早い気がした。


「少し考えさせてくれ」

「ご自由に。DBはアークヴィランの脅威からあなたたちを逃がすことを目的に稼働していますが、個々の種族がそれを利用するかどうかは本人次第ですわ」

「俺は逆にアークヴィランを探しに来たんだが」

「……? どちらにしろ今日のところは――」


 警備の女が俺を帰そうとしたとき、小屋の中に置かれた観葉植物のような模型の蕾の部分が開いた。

 蕾の中には眼球の模型があった。


『――マウラ。その男を通して』


 そこから女の声が発せられた。

 無線機の類いか。


「ですが、アクセスキーをお持ちではないようですわ」

『――いいの。その男にキーは要らない』

「それって、もしかしてこの方も?」

『――そう。一号よ』


 無線越しの女の声が許可を出した。

 どこかで聞き覚えがある声だ。

 マウラと呼ばれた女は目を瞬かせ、俺を眺めた。

 何か言いたげだが、黙ってゲートのボタンを押して門が開けてくれた。


「ありがとな」

「DBは一番奥の司教座(カテドラル)ですわ」



 俺は大聖堂の重々しい扉を開いた。

 天井が高く、壁には豪奢なステンドグラスまで嵌め込まれているというのに空気の重苦しさがあった。


 内部のことは、少し覚えている。

 ここは神官騎士の養成所としても機能していた。

 カテドラルまでの身廊にずらりと聖職と鎧を身に纏った騎士が、槍を片手に整列していた光景がフラッシュバックした。


 今ではもぬけの殻で寂しいものだ。

 歩く度、足音が天井に反響して返されるほど静か。


 奥の司教座(カテドラル)に近づく。

 イメージしていた情報端末の"モニター"が無い。


 アークヴィラン・データベースは何処だ?



「ごきげんよう。ソード」


 カテドラルにある台座の窪みから誰かが起きた。

 その姿を見て俺は驚愕した。


挿絵(By みてみん)


「五号っ……ケアか!」


 当時の仲間が装いもそのまま其処にいた。


 人間兵器五号。コードネーム"ケア"。

 治癒の勇者だ。

 もっぱら回復役を務めていた。


 ケアは聖職者のような白装束を身に纏っていた。

 紫のふわふわした髪を寝ぐせのように散らし、体を伸ばして、寝起きのような態度で俺の方を見た。

 冒険していた頃と変わらない姿だ。

 プリマローズやヴェノムと再会した時ほどの違和感がなく、逆に変わり映えがなさすぎて違和感がある。


「門で俺を通してくれたのはケアか?」

「ケアは当時のコードネーム。今はその名は捨ててDBと名乗っているわ」

「DB?」


 ケア――もといDBは気怠げに素足のまま降りた。

 背が低く、純真無垢な少女のように見える。

 だが、この女を侮ってはいけない……。


「悠久の時を生きる私たちにとって名前は不安定なものよ。変化もするし、それ自体に意味も持たない。貴方もそうでしょう。ソードなんてコードネーム、安直すぎたのよね」


 DBはクスクスと笑った。

 語り口は俺の知るケアのまま。

 この遠回しな物言いをするケアが苦手で、話すと会話の主導権を握られるから倦厭していた。


「昔の貴方は"ソード"という名に喜んでいたけど」

「昔って……ケアは――DBは、昔を覚えてるのか?」

「もちろん。私だけ覚醒毎に常に記憶があったわ」

「えっ、そうだったのか!?」


 今さら衝撃の事実を知らされる。

 てっきり全員記憶を消されていたと思っていた。


「自衛だけどね。覚えてないフリして実は知ってた」

「そうか。回復術で記憶を再生する手があったか」

「そう。皆と話を合わせるのに苦労したわ、ふふ」


 意地の悪い話だ。

 力を使い、封印時の記憶処理から逃れていたのか。


 そんな暴露話、今さら聞きたくなかった。

 というか今に話すことか?

 どういう意図だ。


「久しぶりに再会した今に何故そんな話を?」

「久しぶりに再会した今だからよ」

「……?」


 一瞬考えて、ようやく理解した。

 そうだ。こいつはそういう女だった。


「今のはお前なりの"思い出話"か」

「それ以外に何があるの? 旧友と再会したのよ。思い出話には花が咲くものでしょう」


 そういうのは笑える話にしてほしいものだ。

 この人情味に欠ける人間兵器が、俺たちの回復役(いやし)だったという皮肉だ。



作中の挿絵は、本生公 先生にご提供いただきました。

ありがとうございます。

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