30話 アークヴィラン88号
違う。俺がみんなと逸れたんじゃない。
みんなが俺と逸れたんだ。
そういうことにしておこう。
まったく困った奴らだ。
後で迷子3人を探しに行かないとな。
「お客様、どうされましたか?」
「……」
「こちらですよ?」
俺が振り返るのを見て、店員も足を止めていた。
せっかくの賞金だ。
ここで引き返したら何のために【狂戦士】を使ってまでゴーレム君に勝利したかわからない。
ちょっと賞金とゲームソフトを貰って元の道路を進めば、すぐ追いつくだろう。ただでさえヒンダは奇抜な格好をしている。シズクも高貴で清廉とした衣装だし、見つけやすいはずだ。
大丈夫……だろう。
「なんでもない」
「では、こちらへどうぞ」
地下へと進む。充満する鉄錆の匂い。
赤いランプがついた怪しい通路へ様子は様変わりしていった。
間違っても、お祝いの雰囲気ではない。
「おい。こんな所で祝福されても嬉しくないぞ」
「……」
店員はスタスタと歩いていく。
なんか異様に歩くの早くないか?
地下通路が入り組んでいて、曲がり角で見失いそうになる。
「おい。ちょっと待て」
まるで早歩きで俺から逃げるような動きだ。
店員はついには次の曲がり角で俊敏な動きで逃げ去り、とうとう俺は見失ってしまった。
「…………」
ハメられた。
よくわからない地下通路に誘われて逃げられた。
やっぱり賞金なんて渡す気なかったのか。
「クソっ」
俺は苛々しながらも、さっきのゲームの店に文句をつけにいこうと思い、引き返すことにした。
引き返そうと踵を返した瞬間――。
ドン。なぜか壁にぶつかった。
「いって。……はぁ?」
真後ろに壁が出来ていた。
通り過ぎるまで普通の通路だったのに。
その壁の窪みに台座があり、何か置かれていた。
薄い箱とメモ紙みたいなものだ。
『お客さんナメてました。
さーせん。これで勘弁っす。
お金ないっす。
ファンタジープラザ王都店 店長』
「……」
は?
は? なにこれ?
ナメてるな、これ!!
薄い箱の表紙は『パンテオン・リベンジェス・オンライン』と書かれている。
中身を見てみる。
円盤と『特殊アイテムコード』が書かれていた。
ゲームかよ! 要らねえよ! 金くれよ!
とりあえず帰ったらプリマローズに渡そう。
まずはここから脱出だ。
冷静に周囲の状況を観察してみる。
赤いランプがゆっくり点滅している。
狭い通路。天井には太い排水管や細い給水管が張り巡らされ、圧迫感のある陰鬱とした通路だった。
湿気があり、噎せ返るような空気感。
「この状況は……」
歴戦の勇者である俺にはわかる。
この地下通路は"迷宮"だ。
しかも構造が変化するタイプの脱出難度の高い迷宮。
魔王激戦時代の当時、別大陸にもこんな迷宮があって、そこに眠る秘宝を求めて七人の勇者で潜入を試みたことがある。
「検証の余地ありだな」
試しに地下通路を進んでみた。
すると、俺から死角となった場所は急速に構造を変え、目を離した隙にまったく違う景色へと変わった。
壁が通路に。
曲がり角は壁に。
直進の通路が曲り道に。
「なるほど」
この実体のない"生きた迷宮"にかつて挑戦した時、当時の勇者七人は簡単に攻略してみせた。
と言っても力技だったが。
攻略当初、頭脳担当の魔術師メイガスに助言を求めたが、プレッシャーと閉鎖空間に弱いメイガスはパニックに陥り、結局、ヴェノムの【焼夷繭】と【王の水】で通路を破壊して踏破した。
懐かしい。
人間に利用された事を除けば、楽しい事もあった。
メイガスとヴェノムと馬鹿やるのは特に。
それが今ではメイガスは死んだという話だし、ヴェノムは久しぶりに会っても素っ気なかった。
「あ、そうか」
迷宮攻略のことを思い出して閃いた。
ヴェノムは爆薬で迷宮を破壊して道を切り開いたが、今の俺にも道を切り開く能力が一つある。
【潜水】だ。
クシャーケーンを倒して手に入れた能力。
"――【潜水】という能力を使い、海だけでなく浜や地面、鋼鉄の大地ですら潜伏できるので、どこまでも泳いでいきます"
セイレーンのエレノアが教えてくれた。
潜水を使えば鋼鉄の大地ですら潜伏できる。
つまり、この壁も潜水ですり抜けられるのでは?
試しに新しい力を使ってみよう。
【抜刃】や【狂戦士】のように使い慣れていないから感覚を掴まなければならない。
眼前の壁に意識を集中した。
すると、壁の表面が水面のように波打ち始めた。
微量だが、全身から魔力が消耗されていく。
今ならその壁に潜れる気がした。




