3話 精霊の森、彷徨う鎧Ⅱ
「早く行きますよ」
「ま、待ってよ~」
森を歩いていると、遠くから声が聞こえてきた。
無邪気な子ども二人の声だった。
俺は気にせず、ひたすら東に向かって歩いていたのだが、偶然、そいつらが進行方向に立ちはだかった。
「ひっ!? 誰!?」
最初に悲鳴を上げたのは少年の方。
身長が低く、童顔のため、だいぶ若く見える。
俺の【狂戦士】モードにびびっている。
「シュコー……シュコー……」
「怖っ! え、怖っ!? 精霊様……の祟り?」
「落ち着いて、マモルさん。精霊なら害はない」
「シュコー……シュコー……」
「シズクちゃん、でもこの精霊様、シュコシュコ言ってるよ!?」
「言霊かもしれない」
「そうか。お爺ちゃんの言う通り、ちゃんと耳を傾ければ、意味がわかるかもしれないね」
少年の名はマモル。少女の名はシズクか。
マモルはナヨナヨして頼りなさそうだが、シズクという女は物静かで肝が据わっている。
ワンピース姿で、つばの広い帽子を着用しているが、裕福な家の子なのだろうか。
マモルはそんなシズクの前で見栄を張りたいのか、勇気を振り絞って俺に近づくと、恐る恐る耳を傾け、鎧の排気音を聞き取り始めた。
それただの排気音な。
「精霊じゃねーよ」
「聞こえた!? 聞こえたよ、シズクちゃん!」
「いや普通に喋っただけだが。シュコー……」
「聞こえる! 僕にも精霊様の声が聞こえる!」
「……シュコー……」
以前の俺なら一般市民は絶対殴らなかった。
だが、今の俺は何の縛りもない。
「精霊様、僕は好きな子を守る力が欲しいです! 僕の声を聞いてださるなら願いを叶えてください!」
「やかましい!」
「あっでぇー」
軽くゲンコツを食らわせてやった。
見栄で力を求める輩にロクな奴はいない。
「うぇーん! 精霊様が怒った!」
「精霊じゃねえ。次に精霊って呼んだらぶっ殺す」
「ひっ……まさかアークヴィラン!? ぎょええ」
「それも違う」
アークヴィランってなんだ……?
マモルとは会話にならない。
相手するのも馬鹿らしいので再び歩き始めた。
この二人に付き合ってる場合じゃない。
シールを起こしにいかなければ。
「お待ちください。騎士様」
「シュコー?」
先行く俺を呼び止めたのはシズクだった。
騎士様。無難な呼び名だ。
「かなりの猛者とお見受けします」
「だったらなんだ。シュコー……。関係ねえだろ」
「あっ……お待ちください」
面倒くさいのでスルー。
シズクはめげずに俺を追ってくる。
「実は私たち、勇者様の祠へ向かってます」
「シュコー……何故だ?」
「村が困っていて、助けてほしいのです」
シズクは早歩きの俺に必死についてきた。
早歩きしながら喋るものだから息が上がってる。
「残念だな。勇者の祠なんて架空の話だ」
精霊の森の祠は、勇者とは名ばかりの人間兵器一号の封印の地。
祀られていたのはそう、この俺。
二人には悪いが、祠はもぬけの殻だった。
「勇者は居ない。わかったら大人しく帰りな」
「では、あなたにっ、お願いですっ」
「はぁ?」
思わず立ち止まって振り向いた。
「わべしっ」
突然止まった俺の背中にシズクがぶつかった。
意外とドジだな。
シズクは落ちた帽子を拾い、つばを直して被り直していた。
「ふぅ……鋼鉄の鎧ですか」
「お前は馬鹿か? 見ず知らずの他人に頼るな。どんな見返りを求められるかわかったもんじゃねえ。俺もよく見ろ。どこからどう見ても怪しいだろう?」
「怪しい人は自分から怪しいと言いません」
「どうかな。騙し合いにはブラフは付き物だ。忠告するフリかも」
「あなたはどこか善性に満ちたオーラを感じます」
なんだそりゃ。
七人の勇者の中でも最上級に闇堕ちしてるっての。
実際、人類を裏切ったワケだし。
「どっちにしろ俺は先を急ぐ。他を当たりな」
「そこをなんとかっ」
「しつこいな。村なんてこれまでの人類史でどれだけ滅びたと思ってやがる。テメェらが生き残ってるだけでも、ありがたいと思え!」
「うぅ……」
シズクが泣きそうな顔をした。
面倒くさいの極み。
「チッ、知るもんか。俺はやっと自由なんだ」
後ろ髪引かれる思いだが、振り切って俺は前に進み始めた。
何が"善性に満ちたオーラを感じる"だよ。
そのせいで俺はもう八回も人生を無駄にした。
今回くらい好きに生きてやる。