26話 アークヴィランDB
アーセナル・マギアでラクトール村へ戻った。
一旦、村で準備を整える。
王都はラクトール村からすぐだ。
村からでも王都の高層な建物の数々が遠目に見える。
道路も舗装されているから道中も快適なはず。
問題は、王都へ行くメンツだった。
プリマローズは必須。
シズク曰く、アークヴィランの情報データベースは、一般人のアクセスは制限されている。
悪用されない為の配慮らしい。
当然、ラクトール村の情報端末では閲覧不可だ。
そこでプリマローズの出番だ。
プリマローズ含め、魔族や精霊族のように、人間より高次元の存在かつアークヴィランの脅威に曝されやすい種族には、人道的な配慮でデータベースのアクセスが認められている。
ただ、あくまで各国の"宮殿"か"神殿"というローカルネットワーク内という閲覧条件付きだが――。
「というワケで、頼むから俺と王都へ来てくれ」
タイム邸の魔王部屋に訪れて頼み込んだ。
プリマローズは相変わらずゲーム中だった。
今は、一人称視点で魔導銃を撃ちまくる魔物殲滅系のゲームにどっぷりハマってるようだ。
画面に釘付けだ。振り向きもしない。
ゲームとはいえ魔王が魔物を倒すってどんな気分だ?
「ソードの恃みでもそれは厭じゃ」
「なんだと?」
「妾がなぜこんな村を隠れ蓑にしていると思う?」
「はぁ……?」
相手がゲーム中のせいで、こっちも苛々してくる。
ちゃんと話聞いてんのか。
「それはな……っ」
画面に一際大きな竜の魔物が現れた。
プリマローズが肩肘張ってコントローラーを握りしめた。
プリマは「中ボスじゃ!」と叫んだ。
「それは? なんだよ?」
「……」
応えない。
画面の中の竜が火炎を吐き出した。
プリマローズは操作キャラに回避行動を取らせ、すかさず魔導銃を構え、竜の足元に撃ちまくる。ターゲットサークルが表示され、どこを狙うべきかをゲーム側がナビゲートしている。
ゲームだと弱点もすぐ分かって楽なもんだ。
「おい、聞いてんのか!」
「ん? なんじゃ、ソード……って、あ!」
俺の問いに気を取られたプリマローズ。
そのせいで竜の攻撃を食らい、体が炎上し始めた。
「しまった。回復役は何をしておる!」
画面へ怒声を上げる元本物の魔王。
その怒声は俺にしか聞こえていないぞ。
「あっ、く……っ!」
陣形が崩れ、仲間の近接戦闘員が竜に踏みつぶされた。
心なしか踏みつぶされたキャラは俺に似ていた。
「ソードーーッ!!」
「ああ? なんだよ?」
「違うっ! そなたではなくゲームのっ……あ」
次々に仲間が斃されていく。
しまいにはプリマローズが操作する魔導銃のキャラも死んだ。
「ああああああああああ」
画面には"あなた(メイガス)は死にました"と表示された。
メイガスって六号のことか。
古代の人間兵器と魔王の戦いを模したゲームらしい。
さっき陣形の乱れの引き金となった回復役のケアとは、五号のケアを意味しているようだ。
懐かしい面々だ。
「クソゲーじゃ! クソゲー!」
「人をモデルにしたゲームをクソとか言うなよっ」
「リカバー方法も用意されてないアクションゲーはクソじゃ。後でクチコミサイトに悪口書きまくるのじゃ」
「お前が下手クソなだけじゃなくて?」
「そんなわけなかろう! 妾は魔王ぞ! 世界一強いのじゃ!」
「……お前が可哀想な存在に思えてきたよ」
プリマローズがかつて世界を制服した存在とは到底思えない。
そんなことより話の続きだ。
「で、王都に行く話だ。どうなんだ?」
「……だから、妾は行かぬと云うただろう」
「どうして?」
プリマローズは眉間に皺を寄せた。
俺の切迫した言い方に辟易したようだ。
「……王都に行くだけならよい。妾もたまに新作ゲームを買いに忍びで往くからの。アークヴィランのデータにアクセスするのが厭なんじゃ」
意味がわからない。
魔族には、その情報が生命線なんじゃないのか。
「それに、そなたなら権限があるはずじゃぞ」
「俺?」
「アクセスキーは持ってないか?」
「なんだそりゃ……」
俺に"ハイテク"な知識を期待してはいけない。
そういえば七号もアークヴィランに詳しかった。
データベースを見ているのかもしれない。
「無いなら王宮で再発行じゃ。身分を証明すれば審査も通る」
「なるべく自分の正体を明かしたくない」
既に何人かにバレているが。
公言したら切望した自由に弊害が出る。
「ならば諦めることじゃな」
「冷たいな。セイレーンが迫害されてんだぞ。自由の侵害だ。お前だって気持ちがわかるはずだろうが」
「何を勘違いしてるか知らぬが――」
プリマローズは冷徹な眼を向けた。
その瞬間だけ当時の威風が戻った気がした。
「妾は腐っても魔王。仲間の魔族だろうが、同じ苦境にいる精霊だろうが、それらを贄に我執を貫いた存在よ」
「おう……そうだったな」
「現代風に云うなら"知ったこっちゃねぇ"じゃ」
ご尤も。それでこそ魔王。
「逆にソードこそ何故ゆえセイレーンを救う?」
「ん。それは」
言われ、はっとなった。
確かに俺はなぜセイレーンを助けるのか。
そもそも人助けなんてうんざりだ。
だが、三号と会う前にシーリッツ海の腐った世情を綺麗に掃除してやりたくなったんだ。
「ソードよ――」
プリマローズは威風そのままに俺に告げた。
赤い瞳孔が肉食獣のように縦長になる。
「モノの本質は変えられぬ。変えたければ相応の覚悟を具えよ」
それは古来、勇者と称えられた俺への勧告。
勇者は勇者としての本質を変えられない。
俺は自由を手にする為に、俺自身を変えなければならない。
意識しないと逆戻りなんだ。
やり直しはできない。
……できない、のか?




