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人間兵器、自由を願う  作者: 胡麻かるび
第1章「人間兵器、自由を願う」
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25話 迫害のセイレーンⅤ


 セイレーンも、街で暮らすことにもちろん抵抗があった。

 元よりセイレーンは人間を騙してきた海の魔女。

 今さら匿ってくれとは虫のいい話だ。


 しかし、それ以上に逃亡生活に疲弊していた。


 さらに、彼女たちは養分となる海から離れられない。

 人間の港で暮らすしかなかった。

 港町シーポートの人間との共存生活は、彼女たちの間では自ら申し入れた話だということにしている。


 それが、かつて人間を毒牙に賭けた彼女たちのプライド。

 だが一方で人間は"捕らえた"と考えている。

 そこに認識の歪みが生じていたのだ。



 語り終えたエレノアは溜め息を重ねた。


「もう流浪はうんざりなのですわ」

「酷い話ですね」


 この時代では精霊は難民生活を強いられてると考えた方がよさそうだ。


「現代じゃ精霊に人権はないのか?」


 俺はふとした疑問を尋ねてみた。

 あんな風に奴隷扱いするのは倫理的にどうなんだ。


「人権……。求めたことすらありません。

 我々は神霊に近い存在。それが人間と同等の生活を送る権利を求める? なんて皮肉でしょう」

「言いたいことはわかるが、状況が状況だろ」


 アークヴィランという上位種が飛来した以上、同郷の生物は皆平等であるべきだと思うが。


「ソードさん。それだけの話ではないのです。人権とは本来、人間の生命活動の範疇で保障される権利。セイレーンの寿命は三百有余年あります。魔術行使もお手の物。【催眠】という能力も兼ね備えています。そんなわたくしたちに人間の社会環境での権利が与えられれば、人の営みは、そのバランスを崩壊させるでしょう」

「難しい話はよく知らねえが……」


 法じゃセイレーンは守れない。

 やはり彼女たちが独立して暮らせる環境の開拓が必要だ。


「また自分たち専用の棲み処を探すことはできないか?」

「一体どこに安寧の地が……?」


 エレノアは嘲るように俺に問いかけた。

 俺を責めているかのようにも感じた。


 ……魔王討伐の宿命から逃げ、世界の調律を乱した、俺を。


 単なる被害妄想だが。



「わたくしたちは二千年も彷徨い続けました。でも、世界のどこにもセイレーンの居場所はありません。何処もアークヴィランだらけです。発見されただけでも百体以上……。果たして脅威も迫害もない理想郷があるのかしら?」

「……」


 文字通り"難民"だ。

 現代ではセイレーンは難民と化していた。

 先代、海の魔女と恐れられた精霊も見る影がない。



「ごめんなさい。八つ当たりのようですわね」


 エレノアは悲嘆に暮れる表情で嘆いた。


「それらを考慮すると、どうにもこの塔から外へ踏み出す勇気がありません。シーポートに向かい、仲間のセイレーンを街から連れ出すことは簡単です。歌で人間を眠らせればいいんですもの」


 能力を封じられたわけでもあるまい。

 わざわざ助け出さずとも、奴隷扱いされているセイレーンが街から脱出すること自体は容易いのだ。


「でも問題は逃げ出した後ですわ。理想郷が見つからない限り、わたくしたちには、こんな事がずっと続きます」

「なるほど……」


 事態はシンプルじゃない。

 単純な手助けが"助け"に繋がらない場合がある。

 一体どうしたらいいだろう。


 ふと隣に佇むシズクに一瞥くれると、口元に手を当て、真剣に考えていた。ちょうど妙案が浮かんだように目を見開いた。


「ソードさん、後でお話が」

「今日のシズク、異様に頭がキレるな?」

「それほどでも」



 エレノアと別れ、海岸から離れた丘に来た。

 シーポートで開催される『アーセナル・ドック・レーシング』まで日がある。まだマリノアや他のセイレーンが奴隷として飼われることはないだろう。

 シズクの妙案とやらを聞こうと思う。


「アークヴィランの問題はアークヴィランで解決しましょう」

「どういう意味だ?」


 精霊にはアークヴィランは脅威でしかない。

 解決の手段にはなりえないと思うが。


「まず、この近辺で人も寄りつかず、アークヴィランも存在しない広大な土地があります」


 シズクは目配せし、背後に広がる東リッツバー平原を示した。

 広大な砂漠が続いている。

 人も住めなくなり、元凶のイカ・スイーパーというアークヴィランも倒したばかりの地だ。


「セイレーンにこんな不良物件を紹介するのか?」


 敷地は広大だが、砂漠だ。

 セイレーンがこんな所に住んだら体がカラカラになっちまう。

 そもそも彼女たちには海水という養分が必要だ。


「具体的にはイカ・スイーパーが居を構えていた砂漠の峡谷なら、セイレーンもひっそり暮らせるかもしれません」

「あそこも海じゃないぞ」

「そうですね。今はまだ(・・・・)

「まだ?」


 シズクは振り向いて砂漠と向き合った。


「世界中に存在するアークヴィランの能力に賭けます。世界に百種以上いるというアークヴィランの中に、もしかしたら砂漠を海に変えてしまう能力を持つ個体もいるかもしれません」

「なん……だと……」


 それは大きな賭けだ。

 そんなアークヴィラン、いないかもしれない。

 いたとしても探すのに時間がかかる。

 倒しに行く時間も……。


「王都にはこれまで発見されたアークヴィランの情報を蓄積したデータベースがあるそうですよ」

「でーたべーす?」

「はい。王都へ向かえば調べられるということです」


 とぼけた顔をする俺にシズクは得意げに鼻をすすった。

 また文明の利器か。

 便利な時代になった。



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