表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
人間兵器、自由を願う  作者: 胡麻かるび
第3章「人間兵器、本質を探る」
249/249

最終話 永遠の目覚め



 〝時の精霊、オルドール様〟


 〝どうか――――力を貸してください〟



 女の声がする。

 優しく包み込むような声に脳みそが撫でられるような快感を覚える。

 これは……?

 どこか聞き慣れたような、でも懐かしい言葉が頭を駆け巡る。



 〝お願いします〟


 〝どうかあの勇者様が報われて、平穏な日々を過ごせるように。もう独りで苦しまなくて済むように〟



 誰かの祈りの声だ。

 長らく眠っていて、人間の声を聞くこと自体、久しぶりだった。

 いや、そもそも〝久しぶり〟という時間感覚は今の俺にはないのだが。



 〝あなたの力が必要なんです〟


 〝どうか、彼を救ってください〟



 意識が徐々に鮮明になっていく。

 そこは松明に照らされた辛気臭い地下室の底にいた。


 吹き抜けの天井。朽ち果てた祭壇。

 その前で跪き、熱心に祈り続ける少女が一人。

 小綺麗な格好だが、神職が着るような法衣ではなかった。


 ここは封印の祠だ。

 誰のものでもない、この俺を……昔の俺を祀っていた祠。


 そこではっとなる。



 ――思い出した。


 俺は以前、人間兵器だった。

 時を司る精霊となる前までは……。



 それは懐かしくも、つい先ほど起きたこと。

 仮想空間によって自我を芽生えた魔素【時ノ支配者】――何を隠そう、今の俺自身だが――ソレが企てた陰謀によって、オンラインゲームを舞台に新世界の創造が引き起こされようとしていた。


 それを防いだのは勇者たちの活躍だ。

 その後、大量の魔素を抱えて汚染され尽くした俺の精神は、外宇宙の遙か彼方まで追放され、ただ虚無な空間を彷徨っていた。


 そこで……。



 〝――――――〟



 そうだ。俺は融合したのだ。

 【災禍の化身】という因子を触媒に、他のあらゆる魔素を取り込み、そして【時ノ支配者】を内包して一つの存在へ昇華した。


 昇華した結果、精霊(・・)になった。


 炎の精霊、水の精霊、雷の精霊……いろいろなヤツが居て、俺が精霊に昇華してからというもの他の多種多様な精霊たちに出会ってきた。


 『時の精霊』なんていう異端児の俺を、彼女たちはまるで古くから知る友人のように迎え入れてくれたものだ。


 なんか、とんでもなく長い時間をそんな華やかな場で過ごしたように思うのに、まるで時間感覚がなく、今も未来もその交流が起こっている。


 すべては遙か過去のことであり、つい先ほどのことであり、そして今まさに起こり、未来にも起こっている事象だ。



 それは俺が『時の精霊』だから、だろう。


 だからよく覚えている。

 熱心に祈りを捧げてくれる少女が誰なのか。

 俺がこの少女とどう接してきたのか。


 警戒されないように、それまでの俺が過去も今も未来もそうしてきたように、親しみを込めて語りかける。



 〝――あ、ああ~、聞こえるか?――〟


 〝――よう。シズク――〟



「へ……?」


 シズクのよく知るソードのような真似をして……というか、まさしく本人としての振る舞いをして挨拶をしたのだが、話しかけられたシズクはというと、明らかに警戒の色を浮かべていた。


「あなたは……誰ですか?」


 そりゃそうなるだろうよ。

 きっとシズクが体験している時空では、まさにソードとジャックが、しのぎを削る戦いを繰り広げている。


 そこに第三者の俺が「俺も俺も」と参戦しようものなら、ワケがわからなくなる。


 ケアみたいに無限増殖するのかお前は、と。



 〝――俺が誰か、わからなくていい――〟


 〝――でも安心しな。大丈夫だから――〟



「……?」


 シズクは戸惑いながらも虚空に視線を向ける。

 俺がどこにいるのか分からないらしい。

 時の精霊は何処にでもいるし、何処にもいないのだ。


 〝――俺はちゃんとここにいるぞ――〟


 〝――どっかにいなくなることもない――〟


 〝――シズクが心配してる男も、最後は報われるよ――〟



「そ、それはどういう……?」


 シズクは困惑して、俺の言葉をちゃんと聞いているのかよくわからなかった。

 まぁ突然の登場だ。無理はない。

 今まで歴代の神官タイムが祈りを捧げても、返事をしたのはこれが初めてだし。


 ここで現界して交信できたのは……きっとこの少女がシズク・タイムだったから。

 ソードと縁のある人間だからだろう。


「……っ」


 シズクは狼狽して祠を出ようとしている。

 気味の悪さを感じさせてしまったか。


 これ以上、驚かせたら悪いだろうな……。

 精霊オルドールという新たな俺をずっと守ってくれていたタイム家には感謝している。

 その末裔に危害を加えたら、代々の当主たちに祟られるのは俺の方だろう。


 でも、シズクの姿を見られてよかった。

 彼女は今も昔も、それから未来もずっと良い人生を送っていたし、送っているらしい。


 それが確認できたので良しとする。





 それから少し経って――。

 いや直後だったか。それとも何年後か?

 しかし、ぞろぞろと現れた大所帯に気づき、なんだか相応の準備をしてきたのだろうと察した。


「ここに……?」


 封印の祠に現れたのは見慣れた連中。

 呟いたのは、これまた懐かしい存在だ。

 いや、さっきも今も昔からずっと支えてくれた存在だった。

 ご無沙汰ぶったら失礼な気がする。


「はい。シールさん。間違いないです」


 シズクが答える。

 それを受けて、シールが祠の中で叫んだ。


「ジャック! いるの!? いるんだよね!?」


 シズク……あのやりとりで気づいたのか。

 察しの良い子だ。

 ソードとして出会ったばかりの時からそうだったが。


「ジャーック!」

「シールさん。ちょっと」


 俺という存在をジャックと呼ぶからには、ここは『パンテオン・リベンジェス・オンライン』騒動が起きた後の時間軸か?


 ――そもそもシズクが知ってて呼んできたなら当然そうか。


 なんか精霊になってからというもの、時代背景や因果関係、時間軸の前後が滅茶苦茶になって、気にならなくなっていた。


「はぁ……」


 叫び声がこだまして堪らないと感じたのだろうか、隣に控えていた魔女めいた服装の女がそれを諫める。


 パペットだった。

 彼女が同行しているということは、やろうとしていることは推測できる。


「あの、もしシズクさんの言うように超常的な現象として彼の声を聞くことができるなら、そんながむしゃらに呼びかけても無駄ですよ」

「そうだけど……。だって、どんなに会いたいと思ってたかっ」

「お気持ちは……わかりますが」


 パペットは、シールの剣幕にたじろいでいた。

 人間兵器四号の得意能力は人形術だ。

 本来の人形師の仕事をこなす気で此処に来たというのだろう。


「絶対にその(からだ)に呼び寄せてやるわ」

「私も魂の移植は経験がありますが、超常的な存在を人形に収めた経験はないですよ」

「細かいことはいいの! 早くソレ出して!」


 シールがパペットの背の棺を指し示した。

 シールのやつ、日に日に無鉄砲が強くなってないか?


 魂の移植、か……。

 俺は精霊に昇華したわけだが、まだ魂なんてものはあるのだろうか。

 自分自身ですらわからない。

 精霊なんて所詮、その程度の存在だ。

 神様だって陰謀通りに物事を運べないんだからな。


 そもそもそれが叶うとして、俺は現界(そっち)に行く気があるのか?


 こっちは平穏な日々だった。

 否、時の精霊が〝日々〟というのは違う。


 ――平穏な世界だ。こっちは。


 戦いとは無縁で、静かで温かい日々。

 シールやパペット……あとは守護者の二人、それからリピカの知恵を持ってして、精霊となった俺を現界させて人形(うつわ)に移植できたとして、こちら側の平穏を捨ててまで、そのうるさい世界に誰が好きこのんで行くだろうか?


 パペットが棺を下ろし、そして中から人形(うつわ)を取り出す。

 それは『パンテオン』で過ごしていた名無しのモブに似た少年の姿だった。一見、がらくたのようなブリキの姿だったが、それがやけに自分には相応しいように思えた。


 その人形を眺めながらシールが涙ぐむ。


「絶対に、再会したら抱きしめて、殴って、それからまた抱きしめてやる……」



 〝――…………――〟



 なんだかな。

 その歓迎が、やけに魅惑的に思えてくる。

 俺がずっと――その実、一瞬――否、数億年分の超時間の浮遊において空虚で孤独で、暗くて冷たい時間を過ごしていたからかもしれない。


「お願い……。ジャック。私、待ってるんだよ」


 そんな顔しないでくれよ、シール。

 新しい世界に黙っていってしまったのは、俺が悪かったと思ってるよ。でもこっちは戦いとは無縁の平穏な世界なんだ。


「私がずっと一緒だから」


 シールは空っぽの人形の手を取り、一緒に祈るように目を瞑る。


「そう約束したでしょう……」



 〝――…………――〟



 手に温もりを感じる。


 あぁ……行っても後悔しないか?


 悩み、悩み、そして考えた。

 ちょっと別時空まで瞬間的に飛んで逃げようとしたが、無駄だった。永遠は俺の中にあり、精霊オルドールはこの俺がこの一瞬のときを、永遠に現世へと送ろうとも無害らしい。


 ついでに他の精霊たちも「おう。のろけてやんの。男見せてこい」と茶化してくる始末。


 チッ、そういえば俺は、魔王城で(ソード)と一緒にもう後悔しないって決めたんだった。

 根負けするのはらしくないんだがな。



「――ジャック!」


 はぁ、仕方ないな。

 名付け親にそう言われちゃったら、名無しの俺に恨まれるだろうよ。


「帰ってきて……」


 わかったわかった。

 時の精霊オルドールが微笑むのは、これっきりだぞ。


 じゃあ、さようなら、永遠の俺。

 それからよろしく、新しい俺。




(全章 完)

ご愛読、誠にありがとうございました。


【お知らせ】

このたび、第35回前期ファンタジア大賞で入選を果たしました。

ジャンルはファンタジーでも何でもないんですけど……。

別名義となりますが、詳細は「活動報告」にてご報告させていただきます。

気になる方はそちらをご覧ください。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ