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人間兵器、自由を願う  作者: 胡麻かるび
第3章「人間兵器、本質を探る」
248/249

244話 自由の戦士Ⅱ


     ◇



 それはすべてのプレイヤーの身に起きたことだった。


 運営が珍しく、魔王の軍勢を狩るだけで高額報酬を得られるご褒美イベントを用意した。魔王城イベントが途中で立ちゆかなくなった詫びもあるのかもしれない。


 その乱獲の最中、プレイヤーは皆、ゲームから閉め出された。

 閉め出される直前にはバグだらけとなり、ログアウトを呼びかけるNPCなのかプレイヤーなのかわからない人まで現れる始末だ。


 ゲームから閉め出されたプレイヤーたちは、皆々ぽかんと口を開け、真っ黒になってしまったゲームのウィンドウを唖然と見ていた。


 ――しかし、そんなプレイヤーの元に、情報が一斉に拡散する。



 魔王討伐イベントが始まって以来、突如として閉鎖されていた『プリプリチャンネル』という配信チャンネルで、ゲーム配信が始まったというのだ。


 ユーザーたちは、あの伝説の配信チャンネルの復活に驚くにつけ、今まで夢中になっていたゲームのタッチポイントがそこしかなかったこともあり、一斉その配信を視聴に向かった。

 同時接続視聴者数は数百万に達している。

 あるいは、これも含めて運営の演出だったのかと考察する者まで、コメント欄には現れていた。


 ――その配信には、魔王城で戦う二人の存在が映し出されていた。


 かたや、皆が知る伝説の人間兵器。

 歴史的に評価を二分する、剣の勇者。

 元よりこの『パンテオン・リベンジェス・オンライン』は彼ら勇者をモチーフにして作られたゲームなのだ。プレイヤーなら皆知っている。


 謂わば、このゲームの主人公とも言える男と対するは、少年の姿をした魔王だった。

 黒い影のような存在――。

 プリマローズと似ても似つかない存在であるのに、なぜかそれを魔王の身内のように誰もが感じていた。

 何よりその得物は『紅き薔薇の棘』。


 これは勇者と魔王の再現だ。

 その様子が元魔王と知られるプリマローズ・プリマロロの配信チャンネルで放映されている。


 どういうことなのか?

 その疑問や考察すら全部飛び越えて、視聴者はの戦いに釘付けになり、コメント欄もどんどん流れていった。


 ――熱い戦いだった。


 両者一向に引かない。

 主人公とラスボスという、本来、勝利する側が必定の構図。

 近代の娯楽やエンタメにおいて、むしろその構図を茶番として扱う作品も増えた時代においても尚、その戦いの行く末のわからなさは視聴者を虜にした。


 〝がんばれ!〟


 〝負けるな!〟


 〝がんばれ! がんばれ!〟


 コメント欄が埋め尽くされている。

 プレイヤーたちは見守ることしかできない。

 だが、駆り立てられるものがあった。

 その声援はどちらに向けられているのか。見ている者たちもわからない。どちらが勝っても面白い。そう思わせるだけの競り合いだ。



 〝――今ではゲームはシェアする時代じゃ〟



 それこそ、この余興を楽しませるためにこの配信チャンネルは存在している。


 より楽しくゲームをする者こそ愛され、より面白く語れる者にこそ人が集う。

 配信者はその理念で此処をつくったのだから。



     ◇



 能力差は歴然だったはずだ。

 だというのに、この子どもは何故ここまで純度の高い剣戟をぶつけてこられるというのか。


 真っ直ぐな思い――。

 それは自分自身もかつて持ち得たものだった。

 戦場を彷徨って孤高の戦士になる前には。



「……っ!」



 剣の勇者が、剣技の競り合いで勝てない?

 それどころか押し負けている。

 これほどの力も技も、その黒い影にはなかったはずなのに――!



 ――違う。


 この子どもは魔王の因子を受け継いでいる。

 蹂躙と凌駕を孕む性質をその身に宿した存在。

 ゆえに挑めば挑むほど、技の練度、肉体の強度、剣の精度が増しているのだ。


 それこそが魔王が魔王たらしめた性質。


 ガァン。

 剣戟が打ち込まれる。

 思いの強さがその身の〝芯〟に届く。



 ――あぁ、この執着……。


 剣の勇者には、憧憬(ビジョン)が見えていた。

 かつて無謀でも強敵に挑んでいた自分。

 力量差が圧倒的だったとしても諦めない心で何かに立ち向かっていた。その心こそが――。


「その先に……」


 思わず剣士は呟いた。

 見える……。彼の戦場が。

 彫刻に成り果てた自分が見ていた心象。

 自分が何者であったのかのその本質がそこにある。


 少年の影が、果敢に挑んでくる魔王と重なる。

 その少年は目の前の名無し(ジャック)か。

 それとも当時の自分か?



 〝――今度は逃がさない!〟



 誰かの声が耳元に届く。

 消し去られた自らの記憶だ。

 剣士が今の剣士となる前の、はじまり記憶。

 果敢に挑む少年が、以前の自分だった。強敵である剣の勇者(ソード)に果敢に挑む眼前の敵は以前の自分なのだ。


 そこに、答えが――。



(おまえ)は……なぜ……」


 この剣戟に応えてくる今しか聞けない。

 剣を振りながら問いかける。

 自分がこうなった結果を、ぶつけるべく、渾身の力を込めて――。

 


「なんで戦うんだ……! (おまえ)は!》」


 ――ガァン!


 これまでに達したこともない精度の【抜刃】。

 その威力をぶつけても、『紅き薔薇の棘』がそれを押し返した。


「断ち切るためだ」



 〝キミの連鎖はここで断ち切ってあげるよ〟



 それは誰の囁きだったか。

 当時の自分でも、眼前の少年でもない。

 何か重要な意味がある言葉だった。


「……っ」

「戦いの連鎖を……な! もうこれでおしまいだって決めたから……っ! そう約束した!」



 〝それなら、次はもう殺し合いになるよ〟


 聞こえる。

 大切な人が当時の自分に警告した言葉が。


 当時の自分は、それでも我を貫いたのだ。

 それが始まりだ。

 そうして剣を究めた。

 信じた理想と憧れの荒野を追い求めて戦士になったんだ。



「俺は自由の戦士だ! これは自由を願って始めたこと……!」

「は……!」


 名無し(ジャック)が叫ぶ。

 何度はっとさせられたか。

 この少年だって、かつての自分の言葉なんて覚えているはずがない。

 人間兵器にとっては全て消し去られた記憶だ。

 だが、その魂に刻まれた思いは、消し去ることができない。消されるはずがない。


「新しい世界を生きていくために――」


 名無し(ジャック)が『紅き薔薇の棘』を振りかぶる。


 そのとき、剣の勇者は心象風景の中にいたこの幻影と自身が重なるのを感じた。

 俺が挑んだ■■■(あの人)と、自分が。

 その少年の振るう剣が、その真っ直ぐな思いが鮮やかに輝いて見える。



 ――俺は、その煌めきを探していたのだ。



(あんた)が、邪魔だ!」


 するりと抜け、この身に届いた剣筋。

 かつての自分の剣が胸を突く。

 貫いたのは『紅き薔薇の棘』――だが、剣士にとっては、想いそのものが芯を叩いた。



 人間兵器となってから六千五百年。


 忘れていたあの日の自分が舞い戻る。

 少年と剣士(ソード)の違いはただ一つだ。

 忘れてしまった大切な物に気づかないふりをしながらも、剣士は過去に固執していた。


 かたや、この少年――。

 忘れ去った記憶は魂に刻み、しかしそれを置き去りにして前に進む。その突き抜けた感情こそがかつての自分が大切にしていたものだったではないか。


 この少年は、今を生きている。

 未来に進もうとしている。


「…………」

「…………」


 両者、止まる。

 ソードの身に『紅き薔薇の棘』が刺さる。

 魔王城において、勇者が魔王に負けるという前代未聞の結末。


「なんでやめたんだ?」


 魔王の残滓である影は尋ねた。


 剣の勇者は圧倒的な強さだ。

 倒そうと思えば、こちらに打ち勝つことは簡単だったはずだと、剣士の影は理解している。


「……やっとわかったんだ」


 剣士は誇りを胸に答える。

 自分がこうして孤高の剣士となった結末に、間違いはなかった。


「俺が……剣を究めた理由……。その姿が、綺麗なものだと信じて突き進んでいた……。そうか。俺は、こうやって戦ってたんだな。ずっと――」


 戦士の本質を理解したソード。

 その答え合わせの果て、この生涯に後悔は一つもないとわかった。


「人間兵器になってから、ずっと探していた。戦士の本質を。(おまえ)が――ずっと剣の勇者(ソード)の中にいたこと、誇らしいぜ……」


 だらりと体を垂らす剣士を、少年は『紅き薔薇の棘』で支える。

 二人は止まって(・・・・)しまった(・・・・)

 互いに止まれば滅びが必定の身なのに。


「……」


 剣士はこのまま朽ち果てても満足だった。


 だが、何か様子がおかしい。

 ドクンと体は拍動を続けている。

 死に体が、まだ生きろと叫んでいるのか?

 否――。


「おまえか? ……な、にを……!」


 ドクンドクンと脈打っていたのは薔薇剣だ。

 魔王が遺した『紅き薔薇の棘』がうねり、ソードの体から何かを吸い出している。


「聞こえないのか? ここは魔王の城。――負けが許されない主役(あんた)の舞台だ」


 黒い影が囁く。

 ソードは気づく。

 どこから聞こえる無数の声――。


 あらゆる人間からの声援だ。



 〝がんばれ!〟


〝負けるな!〟


〝勝って! ――ソード!〟



 剣の勇者を応援する、この世界の観測者。

 世界(ゲーム)の終焉を見守るプレイヤーたちだ。


「おまえ、は……最初から……!」


 黒い影は『紅き薔薇の剣』で吸い出している。

 ソードに巣くう病魔を。

 元凶であるアークヴィランの全てを。

 ソードが抱えていた魔素【抜刃】【護りの盾】……そして【狂戦士】!


「グ、ウ、ウウウ、ウウウ」


 少年の黒い体のそこかしこが呻る。

 もはやその身は、魔素に漬けられた汚泥の溜まり場だ。


 名無し(ジャック)は戦いの連鎖を断ち切る。

 そして新しい世界を生きていく。

 魔素を一人で抱えて別次元へ――。助けなければいけない人間や、解決しなければいけない事件が何一つない新世界へ。

 だからソードが邪魔だった。


「負ケられネえだロ、(あんた)なラ」


 もう暴走は止まらない。


「倒セ。(あんた)は、この運命ヲ後悔しない。そう決めタんだ。ナ?」


 魔王の残滓は気丈に振る舞う。

 魔王らしく華やかに。



 この結末を後悔しない――。


 名無し(ジャック)はプランAでいくと覚悟を決めた。

 端からプランBに移行する気はない。

 勇者と魔王の戦いの決着は、言うなればボーナスステージだ。リピカを【潮満つ珠】で場外へ追い出したときから胸に決めていたことだ。


「救いようのねぇヤツだ、我ながら」

「お人好しハやめだ。これハ自分自身ノたメ。生み出した魔素にケジメをつケル」

「……」

「ハヤク、しロ……!」


 名無し(ジャック)は接種したばかりの【抜刃】を、ずっと昔から使いこなしていたかのように行使した。

 そして生み出される一本の魔剣。

 剣の勇者にとって一番手に馴染む剣を、魔王は剣士に投げ渡した。


 剣士はそれを逆手に掴み、そして魔王の体に上から突き立てる――。


 俺たちは俺たち自身の手で終止符を打つ。

 そして仮想の世界は光に包まれ、ついに真の終焉を迎えた。



     ◆




 ああ……。



 俺はどうなったんだろう。


 暗闇しかない。

 そもそも闇を認識する視覚もない。

 ふわふわと漂いながら、ついに自分が黒い泥の一部になったのだと理解した。


 成功したようだ。

 やり遂げた。その実感はある。

 元凶となったアークヴィランは全て俺の物となり、そして俺自身となった。


 コレを抱えながら、あとはゆっくり考えよう。

 あの世界には戻らないように。

 そうすれば、人間兵器に巣くっていた魔素が再び猛威を振るうことはないだろう。


 これで彼らはアークヴィランの支配から解放されたのだ。


 ……した、よな?

 うん。多分できたはず。

 我ながら乱暴なやり方だったが。


 まぁいいか。

 もうここから先は俺の出る幕じゃない。

 人間兵器の仲間は皆、リアルに戻れたはずだ。

 一号(ソード)も含めて。


 俺は疲れたし、もうしばらく休む。

 人間兵器(あいつら)がいれば、これからどんな脅威が襲ってきても大丈夫だと思う。ソードも俺の意志を受け継いだことだし。


 何なら、守護者もいるし、人間たちの中にも強いヤツはいっぱいいる。



「ああ……」


 どうしてだろう。

 なんだかんだ一人になってみると、やっぱり寂しいじゃねぇか。


 もう人間に会えないんだ。

 今まで出会って、戦って、笑い合ってきた奴らの顔が浮かぶ。


 俺が――ソードの中で過ごしてきた俺の経験が走馬灯のように流れていく。


「…………」


 何かの気配を感じる。

 ふと振り返ると (といっても意識を背後に向けただけだが)、 ぼうっと異様な赤黒い光を放つ何かの存在に気がついた。


 醜悪で血生臭く、それでいて純朴な何か。

 むらのない赤黒い光――。



「こいつ……【時ノ支配者】か」



 生みの親だから分かる。

 ここで泥のようにすべての魔素が溶け合っているが、その魔素だけが唯一何とも溶け合わずに存在していた。


 ケアの偽物……。

 初めから人間兵器五号の真似をしていた敵。

 本物でありたいと願い、あんな事件を企てた。

 こいつも寂しいヤツなのだ。

 彼女を生み出した俺と同じように――。


「そうだよな。おまえも寂しかったんだよな。もう大丈夫。俺が一緒だぞ」


 その赤黒い光を優しく包み込む。

 今では姿かたちを持たず、意思をもたない【時ノ支配者】だが、俺が抱き留めたとき、やや呼応するように温もりが宿った気がした。


 ――ドクン。ドクン。ドクン。


 小さな心臓のよう拍動している。

 まるで赤ん坊の命のようだ。

 それを守るようにして俺も眠りにつく。


「一緒に休もう。時間はたくさんあるから」


 ここは永遠の無だ。

 アークヴィランと俺と、そしてこのはぐれの魔素【時ノ支配者】しかいない無限の檻。そこなら邪魔者も現れず、ずっと穏やかに過ごせる。


「おやすみ。ケア……」


 その温もりの中、俺は眠りについた。

 女神には程遠いが、こんな空虚な世界では極上の灯火だ。




(第3章「人間兵器、本質を探る」 完)


(終幕に続く)

次で最終回です。

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