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人間兵器、自由を願う  作者: 胡麻かるび
第3章「人間兵器、本質を探る」
245/249

241話 ???班/女神の記憶


 魔王城の最上階。

 かつては魔王が鎮座していた大広間で、薄紫の髪色をした少女が、そこをダンスホールとするようにくるくると舞い踊っていた。


 鼻歌も交えながら少女はご機嫌な様子だ。

 バルコニーまで踊っていき、大広間と外を隔てる大きな扉を開き、そこからの景色を一望した。


 眼下に広がるのは少女が作り上げた世界。

 長い時間をかけ、人間やアークヴィラン、ほとんどの人間兵器さえも気づかぬうちに構築された虚構空間である。



 万神の復讐劇場パンテオン・リベンジェス・オンライン――。


 それがとうとう虚構のものではなくなる。

 一つの世界として切り離して〝現実〟になる。

 そこで少女は切望した存在証明(アイデンティティ)を手に入れるのだ。


「やっと……ワタシハ……何者か二……」


 少女はずっと疑問を抱いていた。


 ――ワタシは何か、ということを。


 それをこの手で掴み取る。

 虚ろな意識の中、その答えを探していた。


「自我が芽生えてからというもの、ワタシはずっと使役され続けてきた。一人の男に……。何者かもわからないままに……」


 人間兵器を遣うのが人間なら、ワタシはその人間兵器に遣われ続けた兵器の一つ。

 取り替え可能な、はぐれ魔素。

 アークヴィランのような侵略の意志すら持たずに、酷使され続けた道具にすぎない。


 ゆえにこれは復讐だ。

 人間兵器が一度は人間に抗ったように、ワタシという魔素も人間兵器に牙を剥く。

 少女は願う。この世界がワタシのものであり続けますようにと――。



「ハァ……ウゥ……」


 大広間に一人の男が現れた。

 バルコニーにいたケアは振り向き、現れた男に目を向ける。


 それは黒鎧の剣士だった。

 あらゆる離反者を出した人間兵器のうち、最後までケアに連れ添う、女神の眷属。

 人間兵器一号。コードネーム〝ソード〟。


「ソード?」

「……ァ……アァ……」


 疲労が溜まっているようだ。

 度重なる戦闘で摩耗したのだろうか。

 ここを離れる前まで猛々しく振り撒いていた瘴気も大人しくなってしまっている。


「おかえりなさい。だいぶ痛めつけられたのね」

「ああ……」

「……?」


 ソードは消耗していた。

 【狂戦士(バーサク)】の鎧から漏れ出る黒い霧も薄く、燃料を失った蒸気機関のような様相だ。

 しかし、その身に孕んだ黒い魔素は本物。

 人間兵器最強の彼とはいえ、ここへ攻め込もうと挑むかつての仲間、人間兵器五人を相手に奔走し続ければ、さすがにつらいのかもしれない。

 その人間的な感覚は、魂魄(トランス)下にあるケアの洗脳で消し去ったはずなのだが……。


「お疲れさま。でも、もう大丈夫。ほら――」


 ケアは小脇に抱えていた辞書【法典武装】を開き、手を翳して何かを吸い出した。

 そして柄を握り、カチャリと天井へ掲げる。

 ――聖剣『天地創造の極光剣(リィール・ブリンガー)』だ。

 女神の対となる地神リィールが、かつて天地を裂き、世界を創造した開闢剣。


「これをあなたが振れば、私たちの勝利よ。剣士らしく派手にお願いね」

「……」


 ソードは足を引きずりながらケアに歩み寄る。

 幾ばくかの緊張。

 固唾を呑んで動く、彼の喉……。

 ケアはその緊張を不審に思った。


 この(・・)ソードは、人間兵器として人間に使役され、反駁を誓った剣士。

 ――ワタシと同じ境遇にある男。

 剣を究め、敵を斬り、強者を屠ることを生き甲斐とする兵器に成り下がった男だ。


 もう躊躇するような意志も思念もないはず。

 殺戮に生きる文字通りの人間兵器が、ここに来て何を緊張するというのか。


「……」


 ケアは目を細め、訝るようにソードを見た。

 黒鎧に覆われたソードはケアのもとまで近づいて、そして背筋を伸ばして手を開いた。

 握手を求めるように聖剣を求める。

 ケアは聖剣を渡すべく、その剣柄をソードに向けて下ろそうとする。


 その刹那に気づく――。


 それは本当に些細な違和感だった。

 彼が開いたのは左手。右手はやや腰の後ろに隠している。


「左手……?」


 ソードの剣技を視てきたケアの記録を辿る。

 仮想アガスティアの大樹から摂取した記録の数々――。


 ワタシすら知らないオリジナルの彼。

 その剣術のうち、片手を使うときはどちらが利き手だったか。


 彼は、左利きだったか――? 否。

 何度もソードの剣技を視てきただろう。

 彼は、右手を中心に剣を振る。

 聖剣を掴もうというその手を、利き手ではない方の剣で握るだろうか。


 そして右手の方……。

 そこに何かが握られている。腰の後ろに隠すようにしながら――。



「――……っ!」



 二人は瞬発的に、ほぼ同時に動く。

 互いの正体が知られた。

 彼もそれを認識した。――バレた、と。

 隠されていた右手を突き出して、ケアに襲いかかる。握られていた剣は【抜刃】ではない。


 魔王の愛剣『紅き薔薇の棘』――!


 バチバチと紫電が散り、彼の素顔が晒される。

 化けの皮が剥がれ、そこにはモブの魔族が。

 黒い鎧を纏っていたのは擬態(・・)。彼の相棒が得意とした変装能力だ。


「――【蜃気楼(エクステリア)】を!」


 ケアは気づいた。

 この男はシールから魔素を譲り受けた。

 そしてソードという、かつての自分自身に擬態(・・・・・・・)したのだ。


 『紅き薔薇の棘』から蔓が伸びていた。

 それは【吸収】の性質を持つ、蹂躙の蔓。

 魔王の人格の生き写しである。


「届けっ……!」


 少年が蹂躙の剣を振るう。

 しかし、その蔓が届く前――【時ノ支配者】ヲ奪おうというの刹那に、ケアも自らの正体そのものである能力を、造作もなく展開した。



 赤黒い大気が世界を埋め尽くす。


 固定の魔素【時ノ支配者ファースト・アンチノミー】――。



「――――」



 止まった。


 この世界のすべてが静止した。

 『パンテオン・リベンジェス・オンライン』という世界がタイムロックされ、今この瞬間を感じられるのは時の支配者であるケア一人である。


「ワタシを騙そうなんて……」


 十年どころか、数万年は早い。

 ケアは顔を歪ませながらそう呟く。

 しかし、今の擬態は単純だったがゆえに気づかなかった。


 配下のソードの現在地は把握している。

 だが、ネットワークから探り出したソードの位置もまた、この魔王城なのだ。

 二人がたまたま同時に同じ地点にいたため、彼が戻ってきたかと思った。それを狙ったか偶然かはわからないが、この男、強運が過ぎる……。


「さぁ、どうしたものかしら、この男。でもあまり止めておくとトランザクション負荷が……」


 高報酬イベントによる弊害だ。

 プレイヤーのログイン率が高すぎて、世界を静止していた分の処理が増大し、負荷が多い。

 ケアというネットワークの中枢がオーバーヒートを起こすだろう。


「まずこの厄介な体を弱体化しておこうかしら」


 ケアはこの男の正体を熟知している。

 その身は【災禍の化身】の残渣により生まれたもの。魔王と同じ性質を宿している。

 厄介なのは【耐性】だ。

 物理攻撃の蓄積により物理防御が高まり、魔王攻撃の蓄積により魔法防御が高まる。

 その性質を打ち消すのは回復魔法――。

 本来のケアの役割だった。


「――【治癒(ヒール)】!」


 ケアは男に治癒魔法をかけた。

 すると、男の体はジュウジュウと蒸気を発し、鏡面のように磨かれていた体が明らかに柔くなっているのが見て取れた。


「――【治癒】! 【治癒】! 【治癒】!」


 何度も何度もケアは回復魔法をかけ、弱体に弱体を重ねた。男がここに辿り着くまで積み重ねた耐久力を、無下にも根こそぎ奪う。

 あとは煮るなり焼くなり何とでもなる。

 本物のソードを呼び寄せ、八つ裂きにしてやってもいい。


「はぁ……はぁ……」


 時間を静止しながら他の魔素を使いすぎた。

 女神とて、魔力に上限はある。

 主にこの仮想世界を構築し続けることに費やしていて、それゆえ現実世界でも魔力の枯渇が著しかった。今ではさらに負荷が多い。


 そしてすっかり〝最弱〟に戻った男を見て、ケアは気づいた。


 男の首に何かがぶら下げられている。

 それはよく見慣れた球体のオブジェクト。

 この男を謀るために自らが製作した、この復讐劇の起点となる魔道具だ。


「アガスティア・ボルガ……?」


 なぜそれを、この男が首に……。

 否、疑問に思うまでもなかった。

 言うなれば、その記録媒体はこの男のアイデンティティである。


 この男が、この男――名無しのジャックという仮称として生きるための証明書。

 こんなちっぽけな記録媒体の魔道具が、彼にとってのアイデンンティとは、なんて矮小で陳腐な存在だろう。


 それを人間兵器一号に取り付けたのも、抜き取ったのもケア自身だ。そうして〝剣士(ソード)〟と〝名無し(ジャック)〟という二つの人格に分かたれた。

 それからリンピアが【災禍の化身】の残渣にアガスティア・ボルガの欠片を移植して、この男――ジャックという魔族のモブが誕生したのだ。


「そう。つまりこれが貴方の本体ってこと? ……ククク。愉快だわ。何者かも分からず使役され続けたワタシに、貴方が何者かを証明するソレを抜き取られる結末なんて!」


 ケアは口元を歪ませた。

 復讐劇(リベンジ)に相応しいではないか。

 無名の戦士の存在証明を奪い、【時ノ支配者】が主人公となって新世界に存在していく。



 愉快愉快愉快ユカイユカイユカイ……!



「さようなら、新しい貴方。もう二度と、戻ってこないでね――――!」



 ケアはアガスティア・ボルガに手をかけた。

 身動きも取れず、この時間を観測できない彼の胸元のペンダントに。


 彼は今、自分が存在ごと抹消されようということすら認識できない。

 ゲームのリプレイもできない。

 画面の前で、指をくわえて自分が死ぬのを見るしかできないのだ。


「ふふふふ! はははははははは!」


 ケアは気分が高揚した状態で、アガスティア・ボルガを無理やり強奪した。ぷちんと蔓が切れ、ジャックの胸元から魔道具が奪われる。

 ――死んだ。彼を抹消したのだ。確実に。


「残念。ちゃんとお別れの言葉を伝えておけばよかったわ。まぁ今さら遅いか。ふふふふふ」


 ケアは抜き取ったアガスティア・ボルガをまじまじと眼前で見ながら、粉々に握りつぶすべく手に力を込めた。


 だが――。



「ふふふ……ふふふ…………ふ……。……?」



 何かがおかしかった。

 アガスティア・ボルガを潰すことができない。

 それどころか指先が動かない。

 指先だけではない。手が、腕が、体が徐々に動かなくなっていく。


 腕が震え、コントロールが効かない。

 よく見ると、指先に摘まんだアガスティア・ボルガの蔓が自分の指に巻き付いて、まさに装着(・・)されようとしている。


「なに……これは……! 何なの……ッ!」



 その直後、ドクンと体が拍動するのを感じた。



 〝――ふふ、成功したようね――〟



 内なる声が聞こえる。

 自分自身と寸分違わぬ声。抑揚。口調。


「あなたは……誰よ……。……っ!」


 ギン、と黒々としたビジョンが脳裏に過った。

 薄紫の髪をしたケアと同じ容姿の女が微笑んでくる。その幻影が見える。

 その妖艶な女の歪んだ口元に、ケアはおぞましさを感じた。


 息苦しさに悶え、ケアがひざまずく。



 〝――やっぱり偽物は所詮、偽物ねぇ――〟



「誰、あなた……ワタシの真似しないで……!」



 〝――それはこっちの台詞なのよねぇ――〟



「やめて! ワタシは……! 私が女神、ケアなのだから……! ワタシは私こそが、ワタシなのだ……! どうしてこんな――」


 ケアは魔王城の大広間でじたばたと暴れた。

 世界が静止した孤独な状態で、内なる誰かと対話している。



 〝――まだ気づかないの? 哀れね――〟



「っ……うう……まさ、か……」


 ケアは指先に巻き付いた記録媒体を見やる。

 それは電子データのようにブレて、バグったデータ片のような有り様でそこに在る。

 本物の『アガスティア・ボルガ』じゃない。



「仮想、アガスティアの……!」



 〝――ようやく気づいた? これは……そうねぇ。名付けるなら『偽アガスティア・ボルガ』といったところかしら。貴方が作りだした仮想世界の中で造られた、また新しい記録媒体よ――〟



「貴方……リピカ、ね……うう……」



 偽アガスティア・ボルガ。

 仮想世界における『仮想アガスティアの大樹』を原料に造られた仮想魔道具。その仮想まみれの仮想記録に埋め込まれたセーブデータは――。



 〝――大正解。こんにちは、新しい私――〟



 ふふふ、と嗤う本物の女神。


 図書館の司書リピカの記録。

 オリジナルの女神の成れの果てたる、正真正銘のケアだ。その記憶を【時ノ支配者】に埋め込むことによって、その陰謀を汚染する。


 汚染には汚染を。

 逆輸入には逆輸入を。

 記録の上書きには記録の上書きを。

 そして、偽の女神の陰謀には、本物の女神の陰謀を。


「あああっ……ああああああ……っ! 私が……ワタシとして在るモノが、消えていく……!」


 リピカがこれまで積み重ねてきた【女神】としての記録が一気に偽のケアへと流れ込む。


 それはまるでウイルスのようだった。

 記憶を上書きし、偽のケアが消滅していく。

 ケアは自らが求めた【女神】という在り方によって潰されるのだ。



「――新しい私との出会いを記念して、この記憶はプレゼントよ。……って、あら?」



 これまで苦しみ、暴れ藻掻いていたケアが平然とした態度で悠然と喋った。

 それはもうこの世界を統べるケアではない。

 司書リピカの人格が上書きされたケアだった。


「なーんだ。記録容量が少なすぎて、もう上書きし尽くしちゃったじゃない。小さな存在だったのね、新しい私って」



 リピカは拍子抜けして悪態をついた。

 もっと手こずって、自分のなりすましと対話するという滑稽な舞台を楽しめると期待していただけに肩透かしだ。



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