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人間兵器、自由を願う  作者: 胡麻かるび
第3章「人間兵器、本質を探る」
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237話 対ソード班/猛獣と青の戦士Ⅰ


 報せを受けるより前にロアは察知していた。

 あの黒い獣の異様に膨れ上がった瘴気は、怪異そのものだ。それも、これまで挑んできたどの怪異よりも、凶暴で残虐な――。


「さて、アレと戦うか、あるいは競争(・・)か……」


 ロアは短く溜め息をつく。

 勝つ自信がないわけではない。

 ただ、【狂戦士(バーサク)】に汚染され尽くした剣士は、もう真っ当な人間兵器ではなかった。


 倒しても倒しても、ここで群がる魔族のプログラムと同じように、何度も復活して突進を続ける亡者と成り下がったのだ。


 ――女神の奴隷(ケア・スレイブ)


 ロアは己が手に寄せた『魔剣』を握り占める。

 そのような在り方に堕ちた男は、ロアの理想でも、弊害でも、憧れにもなりえない。


 今さらもう戦う相手ではなかった。

 父に敗れ、圧倒され、それでもいつかは超えられる日が来ることを待っていたが……。


「アレとの戦いで清算できる思いでもないか」


 気分を切り替え、ふと冷静になる。

 ロアは母親に似て思慮深かった。

 データヴィランという怪異を滅却するにはジャックの力が必要だ。自分の役割は、その滅却まで順調に導くこと――。


 ジャックはNPCだ。

 死という概念がもはや存在しない。

 ともすれば、脅威になるのは猛獣ではなく、そのシステムに終焉をもたらす開闢剣の方。



「――いいだろう。速さ比べは、まだしたことなかったな」


 ロアが足を伸ばし、大地を踏み込む。

 背に害獣の猛りを感じながら――。


「虚脚、具象化(セット)。充填完了。いざ」


 大地を蹴って駆け出した。

 弾丸を放つような勢いで、ロアの俊足は急加速して魔王城を目指す。



 ――ガァアアアアアアァァアア!


 迫ってくる。

 あちらも壮絶な速度だった。


 目指すは魔王城。

 通常、感じるはずの空気圧を感じることはなくこの世界の大気の違和感を、ロアはあらためて感じていた。


「こんな紛いもので充足できるものならな」


 ロアも一度は経験している。

 虚構世界は居心地がいいものだ。

 それはまるで夢を見ているようなもの。

 現代における仮想世界も、そのようなものなのだ。人間たちが夢中になるのも無理はない。


 木々が倒されていく。

 ロアの背後に、その猛獣は物凄い速度で迫ってきていた。木や岩のオブジェクト、プレイヤーの群れ――あらゆる障害物が黒い獣の前では、小石程度の障害物にしかなっていなかった。

 すべてが弾き飛ばされ、消失していく。


 ようやく、か――。

 ロアはその速度を残念に感じていた。

 並んでからが勝負と思っていたが、準備体操がてらの軽いジョギングで、あちらが追いついたのは数十秒経過してから。


 やはり狂化は良策ではないな、と考えながら、ロアはその剣の亡者を目で確認してから本格的な徒競走に移った。


「俺が先か。お前が先か。聖剣を賭けたレースといこうか」

「アァアアァァアアアウウウアア!」


 破壊の化身がすべてをなぎ倒していく。

 なりぬり構わない醜悪な突進に、ロアは慈悲の心すら向けたくなってきた。

 あるいは、あの次元の狂化ならば、ここで葬ることもできるでは。――ロアはそう考え、魔剣を生成して、振り向き様に投擲してみせた。


 三枝の紫電が黒い獣と化したソードに迫る。

 それを、狂化されたソードは手元に生み出した剣でたたき落とした。


 ――【抜刃】。

 それは剣士としての動作だった。

 その手慣れた動きは、体に染みついた剣士の技だ。猛獣となり、女神に愛され、堕ちたとしてもその技量は健在だった。


「ふむ。堕ちても生粋の戦士か」


 ロアは走り続ける。

 木々を躱し、森を抜け、そびえ立つ暗黒の城が間近に迫ってきている。

 ロアは牽制のため、何度か剣を携え、攻撃してみた。


「ガァアアアゥ!」


 卓越した技を駆使しても、その身に届くことはなかった。


 ソードも猛進を続けながら剣を振るう。

 四足で駆る獣のようでありながら、ロアの接近には剣士として剣を振るっていた。

 それは忘我の中でも染みついた無意気の動作なのか、それとも、どこかで剣の勇者の意識が、女神の偶像となるのを抗って交戦しているのか。


 ロアにはわからない。

 太刀筋に変わりはないが、その剣戟に意志は感じられない――。


「これでは城ごと破壊するかもしれん」


 乱戦は得意だが……。ロアはふと思案する。

 城ごと破壊されては、混乱に乗じてケアが開闢剣を使ってしまうかもしれなかった。

 隠密班が【時ノ支配者】をその身に吸収するタイミングも、より難しくなる。


「ちっ……結局はこうなるか」


 ロアは急に足を止めた。

 地面が抉れ、高く砂埃が舞う。

 剣を二つ造成し、猛獣が突進してくる軌道に立ちはだかる。


 対峙する相手を見定めたソードもまた、これも無意識か否か、剣を取り出した。


 四足から二足に変わり、剣を手に跳びあがるとロアに向かってミサイルのように飛び込む。

 ロアはそれを双剣で受け止めた。


 ――ガィィィン、と衝突音が森に反響する。

 重い一撃だ。ロアの足が地面に埋め込まれた。


「ふっ」


 ロアが反撃の一撃を振るうが、ソードも躱す。


 ソードの剣は、剣のかたちを成していない。

 分厚く膨張した黒い塊。

 まるでメイスのように刀身は膨れ、その歪んだ姿は肉腫を彷彿とさせた。

 それをめちゃくちゃに振り回し、凄まじい速さでロアの体に食い込もうとしていた。


 咄嗟にロアは剣を手放し、腕と足でその扁平で奇妙な剣を受け止める。剣筋がぶれていて、見切るのも容易かった。


「手ごたえがないな」


 ロアはそう皮肉を云うと、その粘ついた【狂戦士】の鎧の胸当てを引っ掴み、地面に引き落として顔面に膝蹴りを食らわせた。

 シンプルな喧嘩技だ。

 ソードはその攻撃をもろともせず、体を奇妙な

方向に捻ると、


「――!?」


 両足の関節を逆方向に曲げ、宙に浮くように逆立ち状態になると、そこからロアの横顔に向けて足を蹴りつけてきた。


 柔軟どころではない。

 軟体動物でもなければそんな動きになるはずがない。


 ロアは予想もしないソードの動きに戸惑い、一瞬の隙をつくってしまった。

 そしてソードのありえない方向からの蹴りに顔を蹴られ、そして黒い獣の粘ついた魔素が体に染みついてくるのを感じた。


「くっ……!」


 危険を察したロアは、すぐさまソードを引き剥がして追撃の蹴りを放って距離を話す。


「……そうか。長期にわたる憑依の結果、アークヴィランと同化しているのか」


 今のソードは、もう人間兵器という器すら溶け出しているのかもしれない。

 彼を巣くう【狂戦士】という毒が器を溶かし、魔素そのものへと変貌しているのだ。


「ガァアアアアア!」


 ソードのかたちをしたソレは、剣を構えて再びロアに向かってくる。当然ロアも迎撃のために魔剣を手元に生成するが――。


「む……! ――グ、ガ!」


 ロアの顔に粘り着いた魔素がソードの剣に呼応するように、突如として剣状に変形し、ロアの顔面を貫く。

 油断していた。

 ロアは人間兵器一号を止めるつもりでいたが、その考えは失敗だった。相手はすでにアークヴィランだ。不定形の敵との戦い方に切り替える必要があった。

 だがもう遅い――。


 目前に猛獣が剣を持って迫る。

 その圧倒的な暴力が、狂気を纏ってロアを飲み込もうとしている。

 ロアは一瞬、敗北が頭をよぎった。

 計算に頼りがちなロアは、ここぞというときに大きな過ちを犯すことがある。それを補う存在がリンピアだった。


 だが、リンピアが駆けつけることは望み薄だ。

 追い切れぬ獣の足止めをロアに命じたのだ。駆けつけられるのなら、とっくにロアに加勢しているだろう。


 ソードの顎が、牙が、爪が、すべてが剣になってロアを飲み込もうという直前――。 



「ハァアアアアア!」



 上空から喊声(かんせい)

 それとともに剛鉄の何かがロアとソードの間に飛来し、大地に突き刺さって二人を隔てた。


「これは、【護りの盾(プロテクション)】……」


 ロアの戸惑いのあと、ソードはその壁を蹴り飛ばした。眼前の敵を屠るために。


 しかし、その蹴り飛ばされた壁を、再び空中で捕まえて投げ返す魔素の術者。

 さらに【護りの盾】を二枚重ねにし、頭上から追加で叩き落として猛獣を潰す――。


 術者が上空から颯爽と着地する。

 華麗に現れ、ロアを守るようにソードの前に立ちはだかったのは、彼と同じ髪の色をした少女だった。


「この子に、手出しはさせない!」

「……かあ、……さん」


 久しく声に出して呼んでなかったその存在を、ロアは思わず呼んでしまった。


 人間兵器三号、シール。

 盾の勇者が本来の装備を持ち合わせ、剣の獣に襲われる我が子を助けに来たのだ。


 シールは変貌を遂げた元相棒を真っ直ぐ見る。

 その姿は、かつて愛を向けた男とはかけ離れたものだった。醜悪な獣。それもすべては(からだ)しか残っていなかったから起きた悲劇なのだろう。


 女神に誑かされ、狂ってしまった存在だ。

 だが、それでも同情はしない。シールには守る存在がその背にいるのだ。


「グ……ウウウウウウウ……シ……ール……」

「わかるよ。どんな気持ちか。……だから、私があなたを止める。そんな姿にさせたのは、私にも責任があるから」


 シールが思い出していたのは、自由を願って旅立った九回目の覚醒――。


 剣の勇者と盾の勇者はそうして二人になった。

 孤島で長いときを共に過ごした。

 自由を願っていたのに、結局二人はちっとも自由になれなかった。


「初めから、こうしていればよかったね」


 目に涙が浮かぶ。

 五号(ケア)の提案で、ソードは二つの人格に分かれてしまった。それも、最初からケアの陰謀だったのかもしれない。


 あのとき、ソードの悩みにちゃんと向き合っていれば……。


 後悔してもしきれない。

 ソードが今の姿にならないように、シールはずっと、それこそ数千年も支えてきたというのに。


 シールは【護りの盾】を構え直す。

 剣の勇者を助け続けた、その装備を。



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