234話 対ソード班/連携への不安
空を横切る黒い鷹――。
その空中旋回によるサインを読み取り、ソードが向かっている地点と方角を、ロア率いる対ソード班の三人はおおよそ把握した。
「シールを追わなかったのか……」
そう呟いたのは七号だ。
陽動班はシール以外にも二人いるが、ソードを一番引きつけやすいと思われるシールを、最初の囮として先行させたのだ。
「剣盾コンビの絆も薄情なもんだねぇ」
意外な選択を逡巡するように、ヴェノムは顎を撫でた。
「ヤツはもうきみの知る一号ではないということが、これではっきりしただろう」
ロアが受け答える。
ヴェノムは目を細め、ロアに不満げな顔を向けた。
「そりゃわかってるがよ……。でも、ソードだってアークヴィランのせいでおかしくなってるだけだとしたら、オレはまだ更生の余地があると思ってるぜ。あいつは意志の強ぇ男だ。今のこの状況だって、ちょっとしたボタンのかけ違いじゃねぇのか、ってね」
ヴェノムが思い出しているのは、現代のソードとの思い出ではない。
遙か昔の魔王討伐時代のソードとの思い出。
これから組み伏せようという相手がその当時のソードなのだとしたら、なおさらヴェノムとの関係は色濃い。むしろ、現代で久々に目覚めてきたソードのほうがヴェノムには違和感だらけだったのだ。
剣の勇者は信念が強く、時代の移ろいにも戸惑うことのない、一本筋の通った男だった。
決断力もある。
それが数千年ぶりに顔を合わせてみれば、見慣れない環境に目移りするような腑抜けになっていた。評して現代ソード――名無しはお人好しだ。
剣の勇者ならアーセナル・ドック・レーシングの件も、わざわざレースに挑むことなくミクラゲを容赦なく屠って終わりだっただろう。
シールの導きがあったとしても、だ。
そもそもソードは、シールの意見に流されるような性格ではなかった。男同士だからこそ、ヴェノムはそういった内情もソード本人から聞いていた。――シールはお節介で面倒だ、と。
……何かが最初から変だったのだ。
名無しという人格がソードから抽出されたと知ったときには、それらの違和感がすんなり解消されたものだ。
ジャックこそ、ソードという器を乗っ取っていた侵略者だったのではないかと思えてくる。
「きみはケアにも同じような感情を抱いていたようだが……。魔素というモノが表層に出ている相手に対して、余計なことは考えないほうがいい」
ロアの忠告でヴェノムの意識が外に戻る。
「おたくもジャックの話には耳を傾けるよな?」
「……」
「あれだけソードのことは毛嫌いしてたようだったのによ。あんたが人間兵器をどう思ってるかもなんとなくわかってきたぜ」
「我々の役目は、本陣が首魁を駆除するまでの時間稼ぎ。それだけだ」
「ま、異論はねぇけどな。ジャックが人間兵器にも親しみを持って接してくれるかぎりはな!」
ロアとヴェノムが無言で睨めつけ合う。
その一歩後ろで話を聞いていたリンピアが、大袈裟に咳払いしてその場を引き受けた。
「こほんっ。とにかく、仲良くしようね!」
リンピアにとっては慣れっこでもある。
ロアは性格柄、人と仲良くできない。
最初は意見が一致して結託したように思えたとしても、彼の情緒の欠如が、いずれ相手を困惑させるのだ。
ヴェノムとの関係のひび割れも予想していた。
そういった面倒くささを、長いこと引き受けてきた。
「さぁ、私たちも急ごう。シールさんの引きつけが効果なしってわかったんだし、予定通り西エリアに向かおうよ」
「……」
「……」
二人はリンピアの誘導に無言で頷き、物言いたげな顔で追従してきた。この三人で連携してソードを翻弄できるかどうか、自信を持てるはずがなかった。
リンピアは大きく息をつき、大丈夫かなぁ、と心中で不安を抱え、空を見上げた。
黒い鷹が東エリアに向けて加速していた。
空路からのプレイヤー狩りに戻るのだろう。
その鷹の翼から、まるで羽根が落ちたように黒い物体が落ちてくる――。
魔素の受け渡し。
彼女が備えていた能力を一部、こちらに伝搬してくれたのだ。西エリアへ向かう道中で回収する予定である。
その直後、西エリアの方から爆発音と怒号がこだました。
「お、あちらさんも押っ始めやがったかっ」
ヴェノムがその残響に耳を傾ける。
さっきまでのロアに向けた機嫌の悪そうな態度とは一変していて、あっけらかんとした性格だなとあらためてリンピアは関心を抱いた。ロアにも見習ってほしい、とも。
「なかなかに乙なもんだねぇ」
「おつ?」
ヴェノムは花火でも眺めるように見ていた。
「いやぁ、オレも相棒の呻りを遠くで聞くってのは初めての経験なもんでね。まぁ他人に使われるってのは、多少、妬けるがな」
「そういうことですか」
ヴェノムのアイデンティティたる【焼夷繭】は、今や別の宿主に受け渡されている。
それが陸路から怒涛の勢いで押し寄せるプレイヤーたちを木っ端微塵に弾き飛ばしているのだ。
どうせならヴェノム自身がやりたかったことだろうに。その見せ場を譲ってまで対ソード班に回ったのは、それだけソードと対峙する機会を求めていたという証拠――。
「わたしも楽しみですよ、ヴェノムさんの剣技」
「急ごしらえだがな。でも、相性はいい気がするぜ。ソードとも張り合えるんじゃねぇかって気がしてる」
ヴェノムが腰の長竿の剣をやや抜き、刀身を見せつけてくる。
ロアは皮肉の言葉を投げかけそうだったが、リンピアはそれを予見してロアの口を無理矢理ふさいだ。
「んじゃ、いっちょ行ってやるか!」
ヴェノムはそう言うと、片手で指をパチンと弾いた。
――【転移孔】
三人の前に時空の裂け目ができ、その先にプレイヤーの大群が一斉に魔王城めがけて進撃している様子が見える。
時空の裂け目ができたことなど、プレイヤーは気にも留めていない。それよりも狩り場の確保、NPC魔族の討伐にしか興味がない。
設置した【焼夷繭】の爆発で、吹き飛ばされるプレイヤーだらけだ。この騒ぎを聞きつけて、ソードは必ずやってくるはずだ。
「わかっているな? 俺は彼を探す」
ロアが、その先の戦場を見つめながら呟いた。
「あぁ。あの武器のことだろ?」
「そうだ。この範囲なら……捜索に五分ほどか。ソードが現れたらリンピアは合図を頼む」
「了解。ロアくんの手が回らなくても、できるかぎり足止めしとくよ」
リンピアも頷いた。
ケアの謀略を突破できれば不要なアイテムだが、しかし念には念を、リィール・ブリンガーは確保しておきたかった。これはジャックの作戦ではなく、ロアの考えだった。
「あんな亡霊でも元守護者だ。気をつけろ」
「何人も人間兵器を相手にするより遙かにマシだよ。ロアくんも気をつけてね」
ロアとリンピア、ヴェノムはそれぞれ【転移孔】をくぐった。
対ソード班もいよいよ実戦に赴く。
取り立てて不備はなかった。ロアの目的とするアイテムが、魔王城へダイレクトに転移していたことを除けば――。




