232話 陽動班/乱戦始動
――オオオオオオオッ!
プレイヤーたちの鬨の声が聞こえてきた。
魔王城の湖畔とその周囲を取り巻く森に、イベント報酬をドロップする魔族が湧いているという情報が一瞬にして拡散されたようだ。
プレイヤーはイベント報酬を求め、乱獲のために押し寄せてきたのだろう。
『パンテオン・リベンジェス・オンライン』には全世界に一千万人以上のプレイヤーがいる。そのうち、このイベントに参加しているユーザーは、少なく見積もっても百万人はくだらない。
それらのプレイヤーが怒涛の勢いで1ヶ所に集中したのだと考えると、その土石流のごとき大群は、僅かなうちに森や湖畔を埋め尽くすだろう。
そうなると、魔族もあっという間に刈り尽くされてしまう。
『二号、三号、聞こえる?』
メイガスからの通信がシールのもとに入る。
シールは片耳のレシーバーに手を添え、声に集中した。
「聞こえるよ」
『音声クリア。どうぞー』
アーチェからも返答があった。
『西から陸路で来るプレイヤーが六割ほどだ。空路からの降下が二割、航路はほとんど無し。こちらの予想通りだね。一握りの高ポイント保有者は〝魔王城へのダイレクトワープ〟で魔王城に転移しているようだけど……まぁこっちは放置でいいだろう』
ポートスキャンにより、メイガスはプレイヤーの動きを把握している。
そもそもこの『パンテオン・リベンジェス・オンライン』のネットワークは、メイガスが構築したのだ。
開発者にとっては訳もないことだった。
特に魔王城への道については、『魔王城攻略イベント』の仕様説明で公開されている通り、街の広場の転移門からイベントポイントを消費して往き来するのが通常になっている。
城周囲のモブ狩りが目的であることや消費ポイント効率を考慮すると、ほとんどのプレイヤーは陸路を選ぶことは予想できていた。
『じゃ、作戦通り、空路は任せたよ』
「まかせて。空中の敵にはもう慣れたから」
シールは淡泊に返事した。
『本当に? 二割って言ってもけっこうな数よ。援護必要だったら言ってね』
アーチェがシールに対して通信を挟む。
勇者時代より、援護はアーチェの得意とする領域だった。
『大丈夫。アーチェこそ、地上の敵を取りこぼさないようにね』
『派手に蹴散らしておけばいいんでしょ。乱戦は得意よ。オーバー』
アーチェからの通信が切れた。
メイガスもまた連絡すると告げ、通信を切った。
陽動班の役目はその名の通り、敵の攪乱だ。
ここで言う〝敵〟とは、ケアやソードだけではない。行く手を阻む者すべてを敵とした場合、自陣にとっての敵はイベントに参加する全プレイヤーも含まれる。
すなわち、これは正義の戦いではない。
このゲームを楽しむ正統なユーザーと運営側に挑む、少数レジスタンスによる悪の所業。
――それを乗り越えなければ、人間兵器に未来はない。
「ジャック……。私、今ならこの戦いの本質がわかるよ……。昔、自由になろうって、約束したもんね」
シールは一人呟いた。
これは未来を勝ち取る戦いだ。
人間のためでも、正義のためでもなく、自分たちが自分たちの思うがままに生きるために、過去に囚われたこの仮想世界を壊す戦いなのだ。
今まで何度も失敗したが……。
「その清算をするんだよね、あなたは――」
◆
ケアは狙い通り、プレイヤーが魔王城周辺に集まってきている様子を湖畔の丘から眺めていた。
西側から森林帯を埋め尽くし、魔族を狩り尽くさんと駆け回る先陣たち。
そして、空を見上げれば、陸路のプレイヤーが辿り着いていない東側の森林帯を狩り場にしようと高高度から降下してくるプレイヤーたち。
「これならあのカモフラージュもすぐ突破できそうね。――アレが他の雑魚と一緒にプレイヤーごときに倒されたら、哀れなものだけど」
そう呟きながら、ケアはただ待っていた。
ソードが邪魔者となる人間兵器や守護者を殲滅し、この世界を一つの異世界として切り離す瞬間を――。
憑依のソードは、【狂戦士】と【抜刃】によって狂化されている。
元より他の強者より飛び抜けて強い男だ。
戦いにおいて無敵だろう。
さらには、この世界の主導権を握る女神の加護すらある。一人でこのゲーム世界の全勢力が束になっても蹴散らす力を得たのだ。
文字通りの〝最強〟。
誰が相手だったとしても負けるはずがない。
そして――。
「……さてと、私もそろそろ切り離すための開闢剣を手中に収めておかないといけないわね」
ケアは振り返って魔王城へ戻ろうとした。
目的の開闢剣『リィール・ブリンガー』がどこにあるのか、ケアもわかっている。
新ソードをこのゲーム世界へ誘い込んだとき、その剣をまさか所有していないことに驚き、追跡を後回しにしていた。
だが、ケアは一旦、ソードの動向調査から離れて内部データベースを探ることで、その剣の所在を特定することができた。
所有者のプレイヤー名は『モロスケ』。
ユーザーは、ボク・ウィモローだ。
あの少年はソードから譲り受けたそのチート武器を手に、この世界で英雄的な活躍をしてイベントポイントも荒稼ぎしている。
結果、このモブ狩りイベントにおいても、数名のフレンドユーザーとともに、有利なポジションで参戦しようとしている。
モロスケが選んだ転移路は『魔王城へのダイレクトワープ』だ。
高ポイント保有者しかできない転移方法だ。
魔王城なら他のプレイヤーが辿り着くのに時間がかかり、狩り場もフリーだと踏んだのだろう。
「……ふふふ、プレイヤーの心理ってわかりやすいわねぇ。遠回りにはなったけれど、逆に結果オーライだったかもしれないわ」
ケアは不敵な笑みを浮かべながら、ゆっくりと魔王城へ向かって歩いていった。
ちょうどモロスケがその場に転移してきたことも感知している。あとはケア自身の能力【時ノ支配者】によって時間を止め、剣を奪うのみだ。
時間の停止はゲーム世界と相性がいい。
現実世界のユーザーがタイムロックを肉眼で感知することができても、アバターはどうすることもできないからだ。
処理落ちによるラグの中、なぜか自由に動き回る〝NPC〟を不審に思うかもしれないが――。
――ドドン。
魔王城へ向かうケアの背後で爆発音が響いた。
空で爆散したプレイヤーがいたようだ。
ケアは振り返り、その様子をぼんやり眺める。
「プレイヤーが撃ち落とされた?」
それから空路を選んで降下していたプレイヤーが悉く迎撃に晒され、その身を散らして消失していく。
死んだ彼らはまたバーウィッチの広場ヘと強制送還させられたことだろう。
転移門で消費したポイントは戻らないから、彼らがまた魔王城に戻るためにはポイントをさらに消費しなければならない。
「なるほどねぇ……。あっちも雑魚狩りで少しでも魔族のカモフラージュを維持しようってことかしら」
ケアは、ソードにボイスメッセージを送ることにした。
「ソード。空路のプレイヤーを撃ち落としてる人間兵器がいるわ」
ケアは目を細めて空を拝む。
よく見ると、黒い機影が駆け回っていた。
あれは【擬・飛翔鎧】――。
「貴方の相棒みたいよ? プレイヤーに雑魚狩りを手伝わせたいなら、人間兵器も蹴散らしておいた方が楽だと思うけれど。――ま、任せるわ」
そうメッセージを送りつけ、ケアは再び魔王城へと歩み始めた。
ソードがどう立ち回ろうが、関係ない。
この世界を壊そうとする人間兵器は、いずれ殲滅させられるのだから。どうせ時間の問題だ。
「余裕があったら新世界誕生のセレモニーもイベントとして企画したいのだけれどねぇ。パンテオンの運営はそんな間抜けじゃないのよ、ふふふ」
ケアは嗤っていた。
そこには人間兵器五号とも、司書リピカとも、女神ケアという原型とも似つかない、また別の存在がふと貌を覗かせていた。




