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人間兵器、自由を願う  作者: 胡麻かるび
第3章「人間兵器、本質を探る」
233/249

229話 ◆剣を究めた理由


     ◆



 ――以前、剣の道を究めた人間だった。


 その霞んだ記憶だけが、一号が〝ソード〟という役割を受け入れるときの材料だった。それ以外のことは覚えていないし、興味もない。


 だが、いつしか役割を与えられ続けることに、違和感を覚え始めた。

 自分はなぜ勇者と呼ばれるのか?

 剣士という肩書きを望んでいたのか?

 分からない。

 人間に、良いように使われているだけではないか……。


 それからだったか。

 かつて人間だった頃、なぜ自分は剣の道を究めていたのか、一号は疑問を抱くようになった。

 一号は、〝ソード〟と呼ばれる前の自分が剣にこだわっていた理由に、何か重要な意味があると感じていた。


 その意味をついに思い出せなくなっていることに焦り、どこかに答えがあるのではないかと戦いに明け暮れることにした。

 戦場で剣を振るっていれば、ふとした拍子に思い出せるのではないかと――。



 茶番劇に付き合い続けて幾星霜。

 魔王退治なんてふざけた茶番だ。

 幸いにも、そう感じている人間兵器は一号の他にも一人いた。


 盾の勇者、人間兵器三号。

 男にとって三号の存在は、その答えを得るための手がかり以外の何ものでもなかった。三号の方は、ソードにまた別の感情を抱いているような節があったが……。


 ソードにとっては何のことはない。

 三号は、一号自身の存在理由を探る以外に必要のない要素だ。剣盾コンビと持て囃され〝相棒〟という型にはまってしまったが、利用価値がなくなれば、すぐその関係も終わりだ。


 三号の協力でようやく勇者の運命から逃れた後も、結局、ソードが探していた答えは見つからなかった。


 振り返れば、人間たちは魔王が率いる魔族に支配され、凄惨な顛末を迎えていた。

 三号……シールはその顛末に苦悩し続けるソードを見て、勝手に「自分のせいでこんな世界になったことに罪悪感を抱いた」などと勘違いしていた(・・・・・・・)が、それは都合のいい解釈だ。


 一号の苦悩は、答えが見つからないことだ。

 人間だとか、魔族だとか、そんな者どもの運命に同情する気はない。


 少なくとも(ソード)がそんなことに思い悩む道理はない。そこに【狂戦士】や【抜刃】の影響があったかもしれないが、どちらにせよ一号にとって重要なことは、人間だった頃に『剣を究めた理由』だった。



 その答えがもうすぐ見つかりそうな気がした。

 ソードは剣を地に突き立て、荒野の果てに沈みゆく夕陽を望んでいた。


 そうしていると、ある心象風景が脳裏を過る。


 丘の上――。

 広大な平原で、黒い影が散り散りに霧散する。

 戦いの熱気が徐々に失せ、そこに唯一立つ存在は独りだけだった。

 孤高の戦場。

 一騎当千で、勝者のみに許された赤の朝影(スーパーレッド)



「何を見ているの?」


 泰然と立つソードに、ケアが声をかける。


「すごイな、此処ハ。想像ノ世界とは思えナい」

「当然でしょう。私が作ったんだから。それに想像の世界なんかじゃない。ここはまぎれもなくホンモノよ。今は違っても、いずれそうなる。あの邪魔者を倒せばね」

「ホンモノ……」


 ソードは何かを思い出せそうな気がして、その記憶を取りこぼさないように、ケアの言葉を復唱した。

 だが、無念にも何も思い出せなかった。


「昔ノ俺がなゼ剣士を目指してイたのか、あんたなら知っテるんじゃなイのか?」

「さぁね。私は知らない」

「ケアは何デも覚えテいるンだろ?」

「…………」


 ソードが振り向く。

 ケアにその虚ろな顔を向け、目を合わせた。

 ケアが一瞬だけ目を反らしたのを、ソードは見逃さなかった。人間兵器五号として共に冒険したこの女には、数えきれないほど隠しごとがあることをソードも知っていた。


 今更それらを探ろうというのは不毛だ。

 このケアにどんな隠しごとがあろうが、ソードにとって重要なことではないのだから。


 ケアが『パンテオン・リベンジェス・オンライン』で万能の大樹から逆輸入した叡智を持ってしても、人間兵器一号のオリジナルの男は戦いに何を求め、なぜ剣を究めていたのかまでは、とうとう知り得なかった。


 それどころか、なぜか一号の過去は所々モザイクがかけられたように不明瞭な箇所がある。


 特に彼自身の信条や精神構造を作り上げる重要なファクターは暗号化され、読み取れない。

 それが偽のケアの野望を妨害せんとする司書の細工か、はたまた彼が関わってきた統御者(こちら)側の勢力の謀略なのかは、ケアもわからなかった。


 一介のアークヴィラン亜種であるケアの力にも限界はあるのだ。


「――存在理由は、自分で探してこそ意味のあることじゃないかしら」


 ケアはそう言って誤魔化す。

 ソードはまた荒野の果てに向き直った。

 その向こうに答えが書いてあるのではないかと目を細めるようにして。


「まぁイい……。直に分かルさ」

「そうよ。邪魔者を消せば、いくらでも答え探しの時間はある。焦らなくても。この世界には旧世界のすべてが再現されているんだから」


 ケアがそう言うと、ふと荒野にモブの魔族が発生(スポーン)した。

 黒い少年のような姿をしたモブだ。

 それは意思をもたないNPCで、無目的な動きをしながらプレイヤーを探し、見つけると追いかけて攻撃してくるような単純なAIが組まれたものである。


 その姿は、ケアが何度も忌むべき相手として呼称する〝邪魔者〟と瓜二つだ。


 ケアが憎々しげに己が作り上げたNPCデザインを睨めつけるより早く、大地から出現した赤黒い刃が、そのモブを一瞬で切り裂いた。


 ――ぴぎゃ。

 プログラムされた音声を発して魔物が消失。

 それを事もなげにソードは見ていた。


「こんナ世界二?」


 ソードの【抜刃】で瞬殺したのだ。

 その退屈そうな目に、この世界には求める答えがあるようには思えないと、懐疑的な思いを宿していた。


「完璧にするためには、まだ時間がかかるの。神の叡智を寄せ集めても人々の思いまでは再現できないの。この世界をゲームにして、人間に布教させたのは、それを蒐集するためなんだから」


 既にプレイヤーもログインを再開していた。

 ケアが魔王城での『魔族排球(イビルバレー)』の間、メンテナンスに移行して通常プレイヤーを一旦退けたのは、人間兵器たちを引き込むための邪魔が入らないようにするためだったが、途中でその目的も変わった。


 魔王プリマローズ亡き今、イベント仕様を変える必要があったのだ。


 今頃、プレイヤーたちは『緊急メンテナンスのお詫び』と『期間限定魔王討伐イベント【激戦!! 魔王城プリマロロ攻略戦線!!】の変更点のおしらせ』を読んでいる頃だ。


 イベント内容をプリマローズ本体の討伐から、無限にリスポーンするプリマローズの配下を討伐するイベントに変更し、その報酬も、仕様変更の詫びの意味合いも込めて、それ相当のものに変更している。


 今ログインしているプレイヤーたちは、プリマローズを倒す目的でイベントに参戦していたときにも増して、とあるモブ狩りを目指して躍起になっているだろう。

 モブ狩り報酬に加え、プリマローズ専属武器『紅き薔薇の棘』を持つ配下――すなわち、ケアの忌まわしき邪魔者の討伐は現トッププレイヤーの財を凌ぐ高額報酬が贈与されるように設定されているからだ。


「貴方も、もっと戦っていたいのでしょう?」


 ケアがそう問いかけても、もうソードが返事をすることはなかった。


 ただ、ソードが【抜刃】の剣の柄をぎゅっと握り占める姿を見て、ケアもほっとして邪悪な笑みを浮かべた。


 ソードにとってその選択は必然だ。

 必ず戦場に答えがある。

 プレイヤー、人間兵器、魔族、それ以外の何者かよりも、己が正体を探るために孤高の戦士は赤の朝影(スーパーレッド)を求めていた。



「……?」


 やがて、ドドドという地響きが聞こえてきた。

 ソードが遠目に眺めていた荒野の向こうから、怒涛の勢いで黒い影が押し寄せてきているのだ。


「ケア、あれガ……?」


 ソードの口から思わず言葉が零れた。

 地平線を埋め尽くす黒い影は、まるで夜の大波のようだ。


 その影一つ一つがモブの魔族であると理解するのに時間はかからなかった。ケアがそういうイベントに仕様変更したのだから。

 しかしながら、それにしてはやや数が多すぎるのではないか。通常のプレイヤーも雑魚狩りとはいえ、あれだけの数を一挙に相手にするのは骨が折れるのでは。


「おかしいわ……。モブのリスポーン速度はイベントのために少し速めたけれど、あんな数の敵が集中して湧くことはないはず……」


 ケアも困惑していた。

 その反応を見たソードは即時判断して、剣を構えた。

 あれがゲームマスターにとって異常なら、対立相手の作為に他ならない。故に、攻戦をしかけてきたのは向こうが先だということだ。



     ◆

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