227話 結集Ⅰ
和解したところで、ようやくデータヴィラン攻略を話し合える段階になった。
魔王城でプリマローズを倒した時点から、それぞれがそれぞれの思惑でばらばらに動いていたせいで、この『パンテオン・リベンジェス・オンライン』に関することを、みんな断片的にしか理解できていないと思う。
実のところ、俺もそうだ。
俺が精霊たちから見聞きした情報は、魔王退治の儀式の始まりと、あの〝ケア〟が一体誰なのかってこと、それからアークヴィランや魔素の発祥についてだ。
その断片的な情報を整理するために、作戦会議をすることにした。
仮想アガスティアの大樹の中――。
集まったメンバーは人間兵器陣営としてアーチェ、シール、メイガス、ヴェノムの四人。
守護者陣営としてリンピアとロア。
そして仮想アガスティアの書記リピカ。
あとはサキュバスのリリス。
俺含めて総勢9人が顔を揃えた。
これから戦おうって相手がソードとケアの2人だけだとすると、もはやゴリ押しでも行けそうなメンツである。
ロアはもう俺に手出しするつもりはないのか、しれっとした態度でアガスティアの中央机の椅子に座り、腕を組んでいる。
その隣に座るリンピア。
彼女は申し訳なさそうに俺を見やっていた。
その向かいに座るシールはさっきから俺を疑い深い目つきで睨んでいる。
一緒にいると約束を交わした。
その件について、これから俺が語る作戦の中にちゃんと加味されているのかどうか、目を見張っているとばかりだ。
そして、シールからずらり並んで座るアーチェ、メイガス、ヴェノム、リリス。
人間兵器といえど俺に魔素を奪われたことで、彼らの能力は卓越した身体技術とこのゲーム内で許されたスキルや魔法しかない。
心なしかアーチェは不服そうで、メイガスは生気を抜かれたように呆然とし、ヴェノムに関しては気難しい顔をしている。
リリスはずっとおどけているばかりだ。
「共通認識として、俺たちが相手にしようとしている敵が誰なのかって話をしたい」
「それって、またわたしのことでしょう?」
俺の後ろに立つリピカが口を挟んだ。
面白おかしそうに笑顔を浮かべている。
「厳密には違う」
「あら? ルーツが同じ存在として、何をしかけてくるか参考になるアドバイスができると思ったのだけど?」
「そうじゃないんだ、リピカ。あれは実はケアでもなんでもない。女神のふりをした魔素――このゲームで新しい世界を創ろうと企む、はぐれのアークヴィランだ」
「うん?」
リピカは知らないふりをしているのか、それとも本当に知らないのかわからないような顔で首を傾げた。
「データヴィランって雷の精霊は呼んでたよ。その名は『時ノ支配者』……」
「時ノ支配者って――」
「そう、たぶん分かってると思うが、その昔に人間兵器一号、ソードの素となった人間が使っていた能力だ」
俺はあえて他人のように言った。
俺はソードでもないし、ロストでもないし、彼らとは違う生き方をしている別人だ。
この黒い少年の姿がそう主張している。
〝名無し〟になったんだから。
「じゃあ、今回の敵は能力そのもの、と」
「まぁそういうことになる」
「女神のふりをする【神性の力】と、その配下になった【女神の眷属】の二つが敵だなんて、なんだか感慨深い組み合わせね」
リピカはそう言い放ってから、以降何も喋らなくなった。
もしかしたら、このゲームのオブジェクトであるリピカは、俺たちの行く末を見届けることはできないと覚悟しているのかもしれない。
「俺は、この戦いで鍵を握ってるのは……」
言ってメイガスの方に視線を向ける。
「僕のこと?」
「そうだ。メイガスは、俺をこのゲームに誘い入れたことをすべて計算だったって言ってたな」
「なに? 恨んでる?」
「ちょっとだけな」
冗談も交えてメイガスの気を引こうとしたのだが、どうにもさっきからメイガスは上の空だ。
「ここのゲームシステムを作ったのはメイガスだったな。それとロアが言っていた〝ケアが求めるアイテム〟――これについてメイガスが一番詳しいはずだ。そうだろ?」
ゲーム世界のアイテムは、ゲームシステムの一部であるはずだ。
なら、そのアイテムの作り手もこの男だろう。
メイガスは上の空ながら徐ろに口を開いた。
「……キミがソードとして湖城にいたときにも種明かししたと思うけど」
そう前置きしてからメイガスは続けた。
口ぶりから、きっと単純な話ではないのだ。
「この展開はイレギュラーばかりだった。元々の計画では、ソードを『仲間を助けにきた正義の味方』という構成で、ケアと僕の味方につかせるつもりだった」
そうだ。
魔王攻略まではケアは心強い味方だったのだ。
「そしてプリマローズを消滅させれば――」
「ちょっと待て。そもそもなんでプリマローズを倒す必要があった?」
「プリマローズが邪魔だったんだよ。プリマローズが……なんでかな。一時期からゲームに夢中になり始めて『パンテオン』のこともハマり込んじゃったからね」
俺も魔王がゲーム廃人に成り果てていたのは衝撃的だった……。
「もしかしたら本能的に――災禍の化身としてあのケアに引き寄せられたのかな」
メイガスは【時ノ支配者】と【災禍の化身】の関係性についてよく理解しているようだった。
プリマローズが孕む【災禍の化身】と、ケアの正体である【時ノ支配者】という宿怨は、切っても切れない関係にある。
「まぁどっちにしろ憎き宿敵が楽園に目をつけて侵略してくるなら、排除したくなるのが道理ってもんだろう? ケアはどうしてもプリマローズを抹消したかったんだよ。でないと本当の意味で、女神が統治する新世界はつくれないからね」
「それで俺を利用したってわけか……」
「正しくは、キミの前の体であるソードを、だけどね」
最悪なことに、ケアはそのカードを手に入れてしまっている。
ソードは今、ケアの味方についた。
この〝俺〟を要らないと切り捨て、支配しやすい旧ソードに人格を上書きすることで――。
メイガスは続けた。
「魔王退治に『伝説の剣』は付きものだ。――僕はアークヴィランと同化していたから、パンテオンにいながら現実世界に隠れ潜むアークヴィランに協力を仰ぐことができた。キミが王都のゲームセンターで景品を手にしてくれるように画策して、ユニークアイテムを届けることにしたんだ」
「あのGo! Go! 鉄腕ゴーレムのことか!」
「そうだよ。あのときに配布した限定アイテムコード――。あれが聖剣『リィール・ブリンガー』を再現したアイテムだ」
聖剣リィールブリンガー……。
聞いたこともない武器だ。
「リィール・ブリンガー?」
「旧世界において、女神と対になる地神が創造した天地創造の剣だ。一振りで大地を二分し、天変地異すら引き起こす開闢の剣」
ロアが捕捉してきた。
「そう。それをこのゲームの世界でも、仮想的に作り上げた」
メイガスが天井を見上げる。
仮想アガスティアの内腔にはいくつもの天球がつり下がっている。この仮想の大樹と同じように聖剣すら再現していたというのだ。
「その聖剣がケアの求めてるアイテム……?」
それなら最初から俺ではなく、ケアに渡しておけばよかったものを。
俺の怪訝な表情を察してメイガスは言った。
「優先したかったのはプリマローズの排除だからね。先に僕らがプリマローズを倒したら、キミが今度は僕たちの脅威になるだろう? キミを仲間に引き込み、魔王を倒し、その上で最終的にソードに聖剣を使わせることで現実世界とゲーム世界を完全に分割して、この新世界は一つの分離された世界として完成するはずだったんだ」
そういうことだったのか……。
危うく騙されるところだったぜ。
でも、それなら今ものんびりしている状況じゃないのではなかろうか。
「な、なぁ……その『リィール・ブリンガー』って聖剣、ソードは持ってないぞ」
「それが誤算だった。キミはお人好しすぎた。勇者にこそ相応しい伝説の剣を、勇者自身がその辺の一般人に渡すなんて誰が想像する?」
メイガスの皮肉めいた表情ではっとなる。
ああ! ボク・ウィモロー……!
そうだ。俺は確かにあの引き籠もりに渡した。
ゲームを壊したお詫びにと限定コード付きの『パンテオン・リベンジェス・オンライン』のパッケージソフトを渡したのだ。
あいつもいるのか? このゲームの中に?
しかし、今から探すというのも至難の業。
パンテオンは世界中にファンがいて、プレイヤーも多いのだ。
「――それについてだが」
ロアがまたしても発言する。
「俺の方ですでにその一般人には接触している」
「ほんとか!?」
さすがロア……。
すべてを読んで先回りしている。
ケアやメイガス、ロアといい、俺の周囲にはやたらと頭の回転が速いヤツが多い。そしてボードゲームでもするように、盤上で戦略を考えて戦いに挑んでいるのだ。
何も考えない俺が駒みたいに扱われるのも無理はない。
「あんたが聖剣を渡したボク・ウィモローは、この世界で『モロスケ』というプレイヤー名で遊んでいる」
「モロスケ!?」
あいつかよっ!
そういえば、あいつ厳つい大剣を持ってた。
序盤で俺に奪われて、泣きながら剣を返せと懇願してきたのだ。
あの剣が聖剣リィール・ブリンガー!?
既に俺はこのゲームにログインした直後には、キーアイテムに触れていたのだ。
なんて数奇な……。これが運命なのか。
ていうか、モロスケも飯落ちするときに「ママが呼んでる」とか言ってたような……。
あんな厳ついアバターのくせに「ママ」とか言うもんだから印象に残ってる。
ちゃんと更生できたようで安心した。
「モロスケ……。あいつ今どこにいるんだ? ゲームメンテナンスが明けたから、もうログインしているかもしれないよな?」
「大丈夫だ。おそらくケアがモロスケの所在を感知することもないし、仮にモロスケを拉致して聖剣を奪い取ったとしても、すぐ剣を振るうことはないだろう」
「どうしてそう言える?」
ロアが深く息を吐き出した。
そんなこともわからないのか、とばかりに。
「キミがまだ存在しているからね」
メイガスが代わりに教えてくれた。
「ん、俺?」
「さっきも言ったけど、ケアは【災禍の化身】を葬りたいんだよ。第一優先で」
「でもプリマローズは――」
そこまで言いかけて、俺もようやく悟る。
「ああ……」
そうだった。
今では俺こそが【災禍の化身】だ。
プリマローズの血肉を引き継ぐ名無しの存在。
何のことはない。標的がプリマローズから〝名無し〟に代わっただけ。その意志を継ぐ者がいるかぎり、ケアはまだ新世界を造れないんだ。
「でも急がなきゃいけないのは変わりないよ」
メイガスが虚ろな目でそう言った。
「魔素を持たない人間兵器は、いずれこの世界に取り込まれて自我を失うんだ……。クライアントからログインしているプレイヤーとは違う。僕はまだ【転移孔】があるからいい。でも、アーチェ……シールやヴェノムもかな? キミに魔素を取られて、これ以上放っておくとゲームシステムの一部になってしまうからね」
メイガスが上の空な理由がわかった。
計画が失敗し、人間兵器の末路が見えたのだ。
憑依としてケアに従っていた方がまだ未来があった、と。
「そんなことはさせない。お前たちは現実の世界に返す。必ず……」
俺はそのために作戦を考えてきたのだ。
偽の女神ケアの野望を打ち砕き、そしてみんなで帰る方法を。




