表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
人間兵器、自由を願う  作者: 胡麻かるび
第1章「人間兵器、自由を願う」
23/249

23話 迫害のセイレーンⅢ


 リッツバー地方、シーリッツ海岸に面する港町。

 そこは海の玄関(シーポート)と呼ばれる町だ。


 "玄関"というだけあって、活気に溢れていた。


 空からの日差しが強く水面の反射光も強い。

 全体的に眩しい雰囲気で、活き活きしていた。

 住民も、漁師も、貿易商も。


 俺が知る5000年前によくあった町に近い活気が、そこにはあった。

 だが、当時はシーポートなんて町はなかった気がする。



「"孤海の月"はいいのですか?」


 シズクが風で舞いそうな帽子を手で押さえながら、俺に尋ねた。


「祠はいつでもいける。状況から見て、三号……シールの覚醒を焦る必要もなさそうだ。それよりちょっとした視察をだな」


 三号が孤島の祠にいない可能性すらある。

 七号のヴェノムや二号のアーチェだって既に活動中だ。


「シールの由縁の地であるシーリッツで、さっきの陰湿な話が蔓延してたら、あいつも良く思わないだろ」


 当時、シールは一番信頼していた相棒だった。

 それくらいの働きをする義理はある。

 それに、俺がなぜ昔の記憶を植えつけられて教暦7666年の時代に目覚めたのか、その理由をシールなら知っている気がした。あいつの為に何かするのは、それを教えてもらう交換条件にもなる。


「シールさんという方はどんな勇者さんですか?」

「あいつは、変わった女だった」

「変わった……?」

「なに考えてるか分からない。感情も表に出さない。一方では変装の達人で、演技力に長ける。喜怒哀楽の使い分けもお手の物だ」


 人間兵器三号。コードネーム、"シール"。

 盾の勇者だが、大抵の作戦では偽装工作を武器とした。

 あの女は、自身の容姿を"封印"という技法でカモフラージュし、対象になりすますスパイのような女だった。


「ソードさんは、その方と懇意だったのですか」

「一番信用してた」

「そ、そうですか」


 シズクは遠慮したようで、すぐ話題を変えた。

 きっぱり言いすぎて引いたか。



 港の堤防まで来た。

 堤防の奥の波間から、すごい騒音がした。

 振動音のような音だ。

 身を乗り出して堤防の上に乗りかかり、波間を眺めてみる。

 そこにはアーセナル・ドックに跨って水上を縦横無尽に移動する男たちがいた。


 浮きで区切られたエリアを行ったり来たりしている。

 何してんだろ。


「あれはスポーツの練習ですね」

「スポーツ?」

「アーセナル・ドック・レーシングです」


 現代語に無頓着な俺にシズクは説明してくれた。

 アーセナル・ドック・レーシングとは、その名の通り、アーセナル・ドックに乗って海上を走り、ゴールまでの時間を競う競技らしい。

 スポーツと云えば聞こえはいい。

 だが、現代のレースはスポーツの側面以外に大衆娯楽としての側面もある。


 つまり、賞金や賞品も存在する。

 観衆も勝敗を予想して金を賭けるのだ。



「港だし、そういう娯楽もあるよな」


 街が活気づくのも、何かしら捌け口があるからだろう。

 しばらくアーセナル・ドックの練習風景を眺めていると、その隣の防波堤の先端で、人が集まっているのに気づいた。

 台の上から黒い背広の男が大衆に向けて喋っている。

 何事かと思って聞きに行ってみた。



「来月のレースの優勝賞品は、なんと、あの見目麗しい精霊族! "海の魔女"ことセイレーンの一人、マリノアです!」


 そこはまるで奴隷市のようだった。

 演台の上の男の隣に首輪をつけたセイレーンが座っている。

 青い髪に青い肌、エメラルドグリーンの瞳。

 肌が瑞々しく、水面に映る光の乱反射を見ているようだ。


 もはや競売にかけられた奴隷。

 大衆もマリノアと呼ばれたセイレーンを値踏みするように眺めていた。


「マリノアは、捕らえた(・・・・)セイレーンの中でも特に歌が上手く、綺麗なソプラノを奏でます。催眠効果は絶大で、不眠に悩む現代人に打ってつけでしょう。

 ぜひ夜のお供に――。

 おっと、深い意味はないですよ」


 大衆から野卑な笑い声があがる。

 下品なジョークを交えた黒い背広の男に拍手が向けられた。

 酷い人身売買の現場に遭遇したもんだ。


 先ほどエレノアから話を聞いた俺にとっては余計に気分が悪い。



「でも、瘴化汚染(マナディクション)はどうするんだ?」


 大衆の一人が男に質問を投げた。

 背広の男が笑顔を崩さず応える。


「と、言いますと?」

「今まで街もセイレーンの扱いは困ってたじゃないか。シーリッツ海岸には生贄のセイレーンを置いてアークヴィランを引きつけることにしたが、そのセイレーンを個人所有したら、次は陸地のアークヴィランが襲ってくる可能性はないか?」


 聴衆がガヤガヤと騒ぎ始めた。

 確かにそうだ、とガヤを入れる者もいた。

 セイレーンは魅力的だがリスクを伴う、と――。


「それをレースの賞品にするって……街がセイレーンの管理を放棄したとしか思えないぞ」


 最初に質問した男はさらに追撃をかけた。

 セイレーンのような精霊族はアークヴィランの標的になる。

 演台の男は、ニヤっと不敵な笑みを浮かべた。


「ご心配には及びません!

 なんと先日、ラクトール村から連絡がありました。

 街から一番近い東リッツバー平原のアークヴィラン――今では砂漠と化しましたが、あそこのヴィランを何者かが斃したそうです。

 おそらく勇者の誰かでしょう。

 長年苦戦したにしては突然ですが、何はともあれ、シーポート周囲は安全です」


 おお、と聴衆が歓声を上げた。


 イカ・スイーパーのことか。

 あれを倒したせいで、この街にも影響があったんだ。

 ナブトが近隣の街に連絡してるのか。


 セイレーンにとっては最悪の報せだっただろう。

 港町シーポートでは海と陸のアークヴィランの存在が抑止力になってセイレーンの生活が保障されていた。

 そのバランスが崩れたんだ。


「これだから人間ってやつは……」


 俺は無意識に歯軋りを立てていた。


明日から毎日2話→1話更新へ変更になります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ