23話 迫害のセイレーンⅢ
リッツバー地方、シーリッツ海岸に面する港町。
そこは海の玄関と呼ばれる町だ。
"玄関"というだけあって、活気に溢れていた。
空からの日差しが強く水面の反射光も強い。
全体的に眩しい雰囲気で、活き活きしていた。
住民も、漁師も、貿易商も。
俺が知る5000年前によくあった町に近い活気が、そこにはあった。
だが、当時はシーポートなんて町はなかった気がする。
「"孤海の月"はいいのですか?」
シズクが風で舞いそうな帽子を手で押さえながら、俺に尋ねた。
「祠はいつでもいける。状況から見て、三号……シールの覚醒を焦る必要もなさそうだ。それよりちょっとした視察をだな」
三号が孤島の祠にいない可能性すらある。
七号のヴェノムや二号のアーチェだって既に活動中だ。
「シールの由縁の地であるシーリッツで、さっきの陰湿な話が蔓延してたら、あいつも良く思わないだろ」
当時、シールは一番信頼していた相棒だった。
それくらいの働きをする義理はある。
それに、俺がなぜ昔の記憶を植えつけられて教暦7666年の時代に目覚めたのか、その理由をシールなら知っている気がした。あいつの為に何かするのは、それを教えてもらう交換条件にもなる。
「シールさんという方はどんな勇者さんですか?」
「あいつは、変わった女だった」
「変わった……?」
「なに考えてるか分からない。感情も表に出さない。一方では変装の達人で、演技力に長ける。喜怒哀楽の使い分けもお手の物だ」
人間兵器三号。コードネーム、"シール"。
盾の勇者だが、大抵の作戦では偽装工作を武器とした。
あの女は、自身の容姿を"封印"という技法でカモフラージュし、対象になりすますスパイのような女だった。
「ソードさんは、その方と懇意だったのですか」
「一番信用してた」
「そ、そうですか」
シズクは遠慮したようで、すぐ話題を変えた。
きっぱり言いすぎて引いたか。
港の堤防まで来た。
堤防の奥の波間から、すごい騒音がした。
振動音のような音だ。
身を乗り出して堤防の上に乗りかかり、波間を眺めてみる。
そこにはアーセナル・ドックに跨って水上を縦横無尽に移動する男たちがいた。
浮きで区切られたエリアを行ったり来たりしている。
何してんだろ。
「あれはスポーツの練習ですね」
「スポーツ?」
「アーセナル・ドック・レーシングです」
現代語に無頓着な俺にシズクは説明してくれた。
アーセナル・ドック・レーシングとは、その名の通り、アーセナル・ドックに乗って海上を走り、ゴールまでの時間を競う競技らしい。
スポーツと云えば聞こえはいい。
だが、現代のレースはスポーツの側面以外に大衆娯楽としての側面もある。
つまり、賞金や賞品も存在する。
観衆も勝敗を予想して金を賭けるのだ。
「港だし、そういう娯楽もあるよな」
街が活気づくのも、何かしら捌け口があるからだろう。
しばらくアーセナル・ドックの練習風景を眺めていると、その隣の防波堤の先端で、人が集まっているのに気づいた。
台の上から黒い背広の男が大衆に向けて喋っている。
何事かと思って聞きに行ってみた。
「来月のレースの優勝賞品は、なんと、あの見目麗しい精霊族! "海の魔女"ことセイレーンの一人、マリノアです!」
そこはまるで奴隷市のようだった。
演台の上の男の隣に首輪をつけたセイレーンが座っている。
青い髪に青い肌、エメラルドグリーンの瞳。
肌が瑞々しく、水面に映る光の乱反射を見ているようだ。
もはや競売にかけられた奴隷。
大衆もマリノアと呼ばれたセイレーンを値踏みするように眺めていた。
「マリノアは、捕らえたセイレーンの中でも特に歌が上手く、綺麗なソプラノを奏でます。催眠効果は絶大で、不眠に悩む現代人に打ってつけでしょう。
ぜひ夜のお供に――。
おっと、深い意味はないですよ」
大衆から野卑な笑い声があがる。
下品なジョークを交えた黒い背広の男に拍手が向けられた。
酷い人身売買の現場に遭遇したもんだ。
先ほどエレノアから話を聞いた俺にとっては余計に気分が悪い。
「でも、瘴化汚染はどうするんだ?」
大衆の一人が男に質問を投げた。
背広の男が笑顔を崩さず応える。
「と、言いますと?」
「今まで街もセイレーンの扱いは困ってたじゃないか。シーリッツ海岸には生贄のセイレーンを置いてアークヴィランを引きつけることにしたが、そのセイレーンを個人所有したら、次は陸地のアークヴィランが襲ってくる可能性はないか?」
聴衆がガヤガヤと騒ぎ始めた。
確かにそうだ、とガヤを入れる者もいた。
セイレーンは魅力的だがリスクを伴う、と――。
「それをレースの賞品にするって……街がセイレーンの管理を放棄したとしか思えないぞ」
最初に質問した男はさらに追撃をかけた。
セイレーンのような精霊族はアークヴィランの標的になる。
演台の男は、ニヤっと不敵な笑みを浮かべた。
「ご心配には及びません!
なんと先日、ラクトール村から連絡がありました。
街から一番近い東リッツバー平原のアークヴィラン――今では砂漠と化しましたが、あそこのヴィランを何者かが斃したそうです。
おそらく勇者の誰かでしょう。
長年苦戦したにしては突然ですが、何はともあれ、シーポート周囲は安全です」
おお、と聴衆が歓声を上げた。
イカ・スイーパーのことか。
あれを倒したせいで、この街にも影響があったんだ。
ナブトが近隣の街に連絡してるのか。
セイレーンにとっては最悪の報せだっただろう。
港町シーポートでは海と陸のアークヴィランの存在が抑止力になってセイレーンの生活が保障されていた。
そのバランスが崩れたんだ。
「これだから人間ってやつは……」
俺は無意識に歯軋りを立てていた。
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