224話 四象限Ⅰ
ティミーちゃんこと雷の精霊ティマイオスがゲームモニターから離れ、暗がりを歩き進む。
こちらには背を向けて手招きをしていた。
俺はコントローラーを捨て彼女に続く。
「そうね~。この辺でいいかしら」
ティマイオスが立ち止まった。
片目で縮尺を計るように暗がりを眺め、手で虚空をなぞると、パチンと指を弾いた。
突然、垂れ幕のようなものが上から降りる。
少しばかり俺もぎょっとした。
「驚いた? あたし特製のスクリーンよ!」
「なんでこんなものを出したんだ……?」
そもそもどういう場所なんだ、この空間は。
「あんなチンケな画面で説明するより、こっちの方が臨場感も出るし、あたしらしいでしょ?」
「お前がどんなヤツかも知らないが」
「細かいことはいいの。要するに映えよ、映え。偉業を成す上で注目を集めるのは何事においても重要だわ」
何かこだわりがあるらしい。
水の精霊といい、雷の精霊といい、精霊みんながこんな風に一癖も二癖もある性格だと思うと、関わるのも大変に思えた。
昔の俺、苦労してたのだろうか。
「さてと……」
ティマイオスがスクリーンを見上げる。
真っ黒で、まだ何も映し出されていない。
「正直に言うけど、あたしは6500年前に説明したことを、もう一度話すなんて面倒くさいことはしたくないわ」
「俺を呼び止めた意味!?」
「はい、勘違いしない!」
ティマイオスがぴしりと俺に人差し指を突き立てる。
「次にあんたが『パンテオン・リベンジェス・オンライン』の中でいつ死んでくれるかわからなかったし、声をかけるなら今だって思ったのよ」
「ひどい言い方だなぁ……」
「ふて腐れない! 重要なことは効率的にすばやく仕事を終わらせること! そのためには記憶に欠陥だらけのあんたじゃ話にならないわ」
ティマイオスは教師然として言い放った。
今、気になることを言い出した。
「仕事……? 誰の?」
「精霊たちよ! 誰が好き好んで悪役をやりたがるっていうの!? 『賢者は終了。次回から魔王をお願い。休暇なし、拘束時間は200年』なんてそんな劣悪な労働環境、受け入れられるもんですか! 頭おかしいでしょ!? 転職希望! 精霊引退!」
「……」
火が付いたように、ティマイオスは物凄い剣幕で不満を並べ立てた。
「コホン。失礼。あたしとしたことが」
「お前らしさがこの短時間でよくわかったよ」
「そう? ありがと」
ティマイオスは照れたように頬をかいた。
お礼を言われることじゃないんだが。
「要点を整理するわ。気になることは盛りだくさんだと思うけど大事なキーワードはこの四つよ」
スクリーンに文字と図形が投影される。
【統御者】 【守護者】
【侵略者】 【地権者】
それぞれの文字の隣に、人型のシルエットが現れた。
【統御者】の隣にはケアのシルエット。
【守護者】の隣には俺やロアのシルエット
【侵略者】の隣には黒い靄のようなもの。
【地権者】の隣には魔王プリマローズのシルエット。ゲーム内の『魔王討伐イベント』の旗でも使われていたシルエットだ。
「キーワードと言われても【守護者】しか見覚えがないぞ」
「世界のバランスについてよ。元々この世界は【統御者】と【地権者】しかいなかった」
ティマイオスの説明に合わせて【守護者】と【侵略者】が薄くなる。
【統御者】 【 】
【 】 【地権者】
残された【統御者】ケアと【地権者】プリマローズのうち、プリマローズの影が分解されて精霊五人の影に成り代わった。
「統御者っていうのは人間が呼ぶところの〝神様〟ね。地権者は大地や空、海という自然界そのものと、その霊脈と結びついたあたしたち精霊のこと。その二つが均衡関係にあった」
「ふむ」
〝――妾のような魔族は、この星の魔力から生まれた突然変異体のようなもの。云うなれば、自然界の申し子〟
プリマローズが名乗っていたことをふと思い出した。魔王は自然界の申し子なのだ。
「統御者は世界法則を統治する存在だけど、大昔にそのうちの一人が人間に構ってもらえない寂しさで【侵略者】を呼び出した。その統御者というのがケアで、呼び出した侵略者が『災禍の化身』という存在よ」
【侵略者】の文字が濃くなり、黒い靄のシルエットも黒々しくなった。
【統御者】 【 】
↓
【侵略者】 【地権者】
――構ってもらえない寂しさで、という動機は神としてどうかと思うけど。
「その侵略者と均衡を保つように出現したのが、あなた……つまり、守護者ね。侵略者に対抗して人類を守る側の立場よ」
【統御者】 【守護者】
↓ ↙
【侵略者】 【地権者】
「今で言うロアやリンピアのことか」
「そう。これで侵略者の力が弱まったけれど、同時にその大がかりな戦いの結果、統御者も消え去ることになった」
お次は【侵略者】の文字が小さくなり、【統御者】の文字とケアのシルエットは消えた。
【 】←【守護者】
↓ ↙
【 】 【地権者】
「でも、侵略者は完全に消滅していなかった。それは仮想アガスティアで見たでしょう? 各地で発生した瘴気、いわゆる魔素よ」
「アレが侵略者か」
「そう――現代で言うアークヴィランね」
アークヴィランは、それこそ『災禍の化身』という存在がそうだったように、昔から存在していたのだ。
黒々とした負の存在として。
それが黒い粘り気のある魔力の正体。
スクリーンの文字が再び出現する。
【 】←【守護者】
↙
【侵略者】 【地権者】
三竦みのような図だが、元々の四象限の図と比べると見栄えが悪い。
統御者がいないせいだ。
「これだとバランスが悪く見えるな」
「それがあんたの見た教暦1200年代。侵略者は星のエネルギーを食って増殖するわ、『災禍の化身』も同じように力を膨れ上がらせていくわ。もう滅茶苦茶だったわ。結局【統御者】がいないからなのよ。そこで考えられたのが周期的な霧散作業。――魔王討伐儀式ってわけ」
「ああ……」
俺が知っている内容が出てきてほっとする。
勇者と魔王の戦いだ。
「あたしたちは世界の均衡を保つために【統御者】の代わりとなる存在を創り出した。貪食本能のあるアークヴィランと同じ力を宿した存在――人間兵器を」
【人間兵器】←【守護者】
↑ ↙
【ヴィラン】 【地権者】
スクリーンの図が変わる。
【守護者】のシルエットにいた俺が、人間兵器の方にスライドする。
そして【守護者】にはロアが残った。
人間兵器はこうして誕生したのだ。
ソードが特殊能力【抜刃】や【狂戦士】を持っていたのも、後からその能力を増やせたのも魔素が【侵略者】の力であり、それを宿す人間が【人間兵器】だったからなのだ
「ちょっと待てよ。プリマローズは【地権者】なのか? あいつは『災禍の化身』の因子を持った存在だと聞いたが、これで言うと【侵略者】に入るんじゃないのか?」
「アガスティアの記録を見てもらった通り、当時はアークヴィランなんて外来植物の種子程度にしか考えていなかったのよ。それよりも『災禍の化身』をどう制御するかしか頭が回らなかったからね。精霊と『災禍の化身』を融合させることで【地権者】として制御することにした。――だから最終的にはこう」
ティマイオスが指をパチンと弾く。
すると、スクリーンの図がまた変わった。
【人間兵器】←【守護者】
↑ ↖↘
【アークヴィラン】→【プリマローズ】
「それで勇者と魔王の戦いが始まったワケか」
人間兵器は、元【統御者】の立場として。
プリマローズは、元【地権者】の立場として。
「そういうこと。人選にあたってだいぶ揉めたけどね? 最初はあんた一人だけが人間兵器として使役される予定だったんだけど、周囲の人間が許さなかったし、相互監視も必要だろうってことで七人に増やした」
人間兵器一号、剣の勇者の誕生――。
そして二号から七号は、お人好しの俺が人身御供となることを心配した者たちということか。
「プリマローズ以外の侵略者が問題視されたのはそのずっと後よ。――あんたが運命から逃れてからね」
「魔王統治時代か……。俺が逃げ出せたってことは相互監視の意味がないじゃねぇか!」
イレギュラーが発生している。
それぞれの人間兵器が勇者の宿命から逃れられないように監視し合っていたのに、俺が逃げ出せている時点で機能不全だ。
ティマイオスが神妙な顔で言う。
「……そう。この『パンテオン・リベンジェス・オンライン』という別世界が誕生したのもそれに関連しているのよね。一番最初に不具合を起こしたのは、脱走を企てた一号じゃない。魔素の影響で邪悪な【統御者】の性質を取り戻してしまった人間兵器。――その彼女の陰謀」
「五号、か……」
守護者リピカ・アストラルが人間兵器となった後の存在――人間兵器五号ケア。
ようやくあの首魁に結びついた。
ティマイオスはスクリーンに映っていた【人間兵器】のシルエットから、五号を抜粋してクローズアップした。
「続きまして~。このゲーム世界におけるケアが誰なのか、見ていきましょうかね」
ティマイオスは、いつの間にか取り出していた指示棒で俺を指した。
「そもそも【統御者】なき今、あの似非者が何なのかっつう話よ」
ティマイオスがニヤリと笑っている。
それを知りたくて仮想アガスティアまでやってきたのだ。
俺はこくりとうなづいた。
多忙となるため、次回から不定期更新となります。




