221話 仮想アガスティアの書記Ⅲ
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外宇宙。
スケールの大きさに驚いて、しばらく固まる。
『災禍の化身』は神が連れてきた宇宙人。
そして、その子孫である俺も宇宙人……。
俺は、宇宙人だったのか――!
「ちゃんと聞いているの?」
テーブルを挟んで向かいのソファから覗き込むリピカの、喧嘩腰な眼差しがさらに強くなる。
「……聞いてるが、宇宙人だからなんだって言うな? これまでも自分とは向き合ってきた。それより魔王が生きてるって話の方が聞き捨てならねぇ」
「いくつになっても真面目よね、あなた」
「アイツのことは、ケジメみたいなもんだ」
隠居しても因縁は因縁なのだ。
人任せにしちゃいけない事案だと思う。
魔王絡みの話が出てきたら、世界の果てまでも俺自らが出張って解決に赴くだろう。
「そう来ると思って、今回は次男坊には黙っておいてあげるわ」
「……その配慮はめちゃくちゃ助かる」
長男と違い、次男は俺の悪い所が似て、極度の暴走癖と自傷癖がある。
冷血漢のロアと対称的に、熱血漢なのだ。
長女の保護観察をつけないと手に追えないため、100年ほど前に家を追い出して極北に送りつけておいた。
次男が『災禍の化身』の話なんて聞いたら、絶対に首を突っ込んで空回りした結果、魔力剣で自らの喉をあっさり掻き切るだろう。
掃除が大変だから、止めてほしいんだよな。
リアのセラピーでその自傷癖も治っているといいが――。
「それで【瘴気】のことなのだけど」
俺が子どもたちに思いを馳せていることに気づいたようで、リピカはじとっとした目で俺を見ていた。
「あぁ、どうやってぶっ倒すかって話だな!」
久しぶりに手応えのありそうな難敵だ。
血が騒ぎ、跳びあがって天井の梁に足をかけ、逆さまの状態で拳をシュシュシュと突き出す。
「単純な話じゃないってわかってるでしょう?」
「……まぁな」
冷静になって天井からくるりと回りながら落ちて、床に着地する。
今の素振りはノリみたいなものだ。
いろんな戦場の経験から、重苦しい空気は自らぶっ壊していくようにしている。――でないと、自分の身が持たない。
「当時【瘴気】を消滅させるためにあなたの存在を世界から抹消した。……けれど、それだけじゃ足りなかった」
ここまではいいわね、とリピカは確認してから続ける。
「足りないってことは、足りるまでやらないとって話なんだけど……」
「もしかして俺に、完全完璧に死ねと?」
「それは無理。不老不死だもの。不死の魔造体だから『人類の守護者』として生き続けているのだし、あなたを殺すことは絶対にできない。それこそ【七つ夜の怪異】みたいな並行世界に密封するでもしないとね」
リピカが天井を仰ぐ。
その視線の先には、天空に浮かぶ黒い満月が幻影のように浮かび上がっているのだろうか。
俺にとっても窮地だったが、リピカにとっても消滅の危機があったのだ。
トラウマとして俺たちの心に刻まれた事件だ。
だが、【瘴気】の消滅を考えるなら、【七つ夜の怪異】で俺の家族がみんな死んでいればよかったのでは――。
という発想で動いたのがロアで、
そうならないように抗ったのがリンピアだ。
後になってロアの選択が正解だったと感じさせられるのは癪だし、そもそも正解だとは俺も思っていない。
現在ハネムーン中のロアだって、もうそんな馬鹿げた選択を考えもしないだろう。
……多分。
「何にせよ、あなたがいる限り魔王の【瘴気】を完全に消し去ることができないなら、繰り返すしかないと考えているのよ」
「繰り返す……?」
「謂わば、復活と退治を繰り返す魔王退治ね。そうすれば200年前に一度霧散して、現在また復活しつつある【瘴気】と同じように、だいたい200年周期で【瘴気】の発散を継続できるでしょ?」
あの王都での大狂乱から200年経過したのかと思うと、感慨深いものだ。
「あなたも私も不老不死だし、もっと言えば、あなたの家族は全員不死でしょう。監督役は必ず付けられる。――それで、魔王退治っていう手法も星が滅亡するまで何十回と繰り返せるんじゃないかと思うわ。体系化された儀式としてね」
よくある冒険活劇のような勇者の物語か。
星の滅亡まで続けるというのは途方もない話だが、数千年先の超未来では【瘴気】の画期的な消滅方法が見つかる可能性だってある。
暫定的な処置としては、アリかもしれない。
ただ、危険要素をすぐ思いついた。
「――あいつが復活したら、何を企むかわかったもんじゃないよな?」
「そこなのよね……。悪知恵の働く男だったし、外宇宙では優秀な科学者だったから、復活を繰り返すうちに自由を求めて運命から逃亡――そのまま人類の脅威になることもありえなくもない」
「ありえるだろう、それ! 間違いなく!」
何回、何十回どころではないのだ。
試行回数が増えれば増えるほど、エラーが発生して違う運命を迎える可能性は考えられる。
リピカは口元に手を当てて、相談できそうな相手を思い起こしているようだった。半永久的に付き合い続けられる存在でなければならない。
誰がいるだろうか。
守護者としては俺やシア、エトナ、リア、アイク、ロアとリンピアの七人。そして目の前のリピカ。あとは不死性を持つ存在として五大賢者たち――水・火・土・風・雷の精霊が挙げられる。
変態幼女たちへの相談は気が引けるが。
あの賢者たち、年々こじらせていて変態性が増している。特に水と雷。
「とりあえず魔王封印の儀式については、もう少し私の方で考えておくわ。それと並行してあなたには各所で発生している【瘴気】の採取をお願いしたいのよ」
「各所って具体的に何処だ……?」
「それが教会の報告によると、本当に散発的に世界中で【瘴気】が観測されているみたい。マッピングした資料を送るわ」
世界中……。嫌な予感がする。
それこそロアとリンピアが世界旅行中だから、どこかで出くわしてしまわないか心配だった。
◆
仮想アガスティアの葉に映し出されたその一場面を見終え、俺は目を瞬かせていた。
書記であるリピカをちらりと見やる。
「今のは俺の視点か……?」
「そうよ。リアルだったでしょう?」
リピカはニヤリと不敵に笑った。
「ってことは、今のやりとりは俺とお前が6500年前に実際に交わした会話だって?」
「正確には6466年前。私というより、現実世界の人間兵器五号ケアの前身ね」
その違いがどういう意味を持つのか、今はうまく考えられない。
アガスティアの葉の記録は凄まじい。
ゲーム世界になぜこんな記録が残っているのか疑問だが、映写中は追体験するようにリアルで、どういう技術なのか理解できない超技術だ。
それにしても、プリマローズの誕生や、勇者と魔王退治の儀式が始まった背景が今の一場面だけでもなんとなく理解できた。
記録から読み取った情報を整理するために、リピカに質問する。
「――【瘴気】って瘴化汚染の素になるものだったはずだ。つまり、アークヴィランの本体――魔素のことだよな?」
現代の俺たちの呼び方に翻訳する。
リピカはこくりと頷いた。
つまり【瘴気】というのが、後にアークヴィランと呼ばれる存在なのだ。
でも、一つ腑に落ちない点がある。
「アークヴィランの襲来ってもっと後だよな?」
王都で聞いた話だと、アークヴィランは魔王退治九回目の勇者たちが敗北し、魔王統治自体が始まって二千年経ったあたりでやってきたという話だった。
今の記録だと、アークヴィランは6466年前の時点では襲来していたということになる。
それに『災禍の化身』の因子が【瘴気】と関係があるというなら、プリマローズがアークヴィランと敵対関係にある現代の状況と矛盾するように感じた。
「それについても、あなたは既に理解していそうだと思うけれどね。知りたいなら見せてあげる」
「もちろんだ。頼む」
俺は食い気味にそう返答した。
次回更新は2021/9/30(木)22:00です。




