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人間兵器、自由を願う  作者: 胡麻かるび
第3章「人間兵器、本質を探る」
224/249

220話 仮想アガスティアの書記Ⅱ

更新が遅れて申し訳ありません。


     ◆



「――宇宙人って知ってる?」


 始まりはそんな問いかけだった。

 教会からやってきたリピカ・アストラルが真面目な顔で、俺にそう質問した。



 教暦1201年、冬のこと。

 北レナンサイル山脈麓、メトミス峡谷で発生した怪異――【七つ夜の怪異】から三年の月日が経っていた。


 邪神ケアの置き土産である〝リルガ〟という少女が引き起こした怪異をきっかけに、俺たちは【あちら側】の世界を認識するようになった。


 【万華鏡の向こう】。

 あるいは【影の世界】。

 もしくは【世界の裏面】。


 呼称は定まっていなかった。

 ただリピカは、俺たちのような『守護者』ですら消滅しかけた【七つ夜の怪異】という大怪異を、めでたしめでたしの男女のラブストーリーとして終わらせなかった。


 ――ちなみに、その男女は「生涯を共にする」と、父親である俺に報告し、そのまま二人仲良く世界一周旅行に出かけたばかりだった。


 新婚旅行、ってやつだろうか。

 魔法大学の学生のうちに娘を儲け、そのまま娘が俺自身の年齢を飛び越すまで成長したことにも気づかなかった俺には、無縁の行事だった。

 あらためて妻を旅行に誘おうか?


 ――息子夫婦が新婚旅行らしいぜ!

   俺たちも行くか!


 って?

 一緒に暮らして約200年も経って今さら?

 いや、無理があるだろう。



 リピカはひどく、喧嘩を売るような目つきで俺を見ていた。


 新婚旅行に出かけた息子夫婦もしかり、

 俺という平和ボケした守護者もしかり、

 とにかく苦労がその白けた顔に滲み出ている。


 お疲れ様だな、リピカ……。


 なにせ、その〝世界の裏面〟について三年も調べ続け、ついに何かわかったようなのだ。

 わざわざメルペック教の司祭が着る大仰な白い法衣を纏って、我がオンボロ屋敷に訪問したのだから、その恨み辛みは察するにあまりある。


「宇宙人……。なんだろなぁ、そりゃ」

「宇宙人は宇宙人よ。そういう存在に聞き覚えはある?」

「まったくない」


 宇宙は宇宙だ。

 空の向こうに人が住んでいるというイメージがない。


「はぁ……。五回も世界を救った大英雄さんも、今となってはもう腑抜けみたいなものね」

「逆にそれだけ救ったなら放っておいてくれよ。もう十分だろ」


 肩をすくめてソファに背を深く預ける。


 五回だったか……?

 その自覚はない。

 それに、【七つ夜の怪異】の滅却はリンピアの功績だ。


 俺はもう英雄引退でいい。

 次の世代であるロアやリンピアに席を譲る。

 そもそもロアが【七つ夜の怪異】に巻き込まれたのも、そういう英雄思想と、俺という不老不死の存在が衝突した結果だった。


 古株の俺は引退すべきなのだ。

 あの事件以来、俺もそういう考えになった。

 そんな投げやりな雰囲気をリピカは鼻で笑い、そして続けた。


「あの【七つ夜の怪異】だけど、リンダ・メイリーの原生魂が引き起こしたのは老骨のあなたでも覚えているでしょ」


 あえて〝老骨〟とは皮肉だ。


「前世の同級生だし、覚えてるに決まってる。それを言えば、その同級生を騙してあんな風にしたのはおまえだろう?」

「私じゃない。女神のケアよ」

「ルーツは一緒だ」


 非難し合っても仕方ないと悟ったリピカが、言い合いをやめて続きを話した。


「ただね、魂そのものが真っ黒に染まって、あんな風に悪事を働かせるなんて、司教の私でも初めて聞いたわ」

「相当おまえを恨んでたんだろうな~……」

「違うわ。魂というものは輝きを失うことがあっても、色そのものを変えることはないの」


 リピカは、鞄から資料を取り出してテーブルに並べ始めた。

 そこにはメトミス峡谷で作成した資料なのか、砂で汚れたものもあった。


「そこで思い出したんだけど、『悪の大魔王』も一度そういう状態になった」

「大魔王……」

「名前も呼びたくない、あの男よ」


 それは俺の祖先の男だった。

 祖先であり、父親であり、悪の化身である。

 俺たちは便宜的に『災禍の化身』と呼ぶことにした。


「いつの話だ?」

「ほら、王都が荒れたときの……」

「ああ、懐かしいな」


 災禍の化身は姿形を変えて【黒い魔力】そのものとなり、牙を振るったのだ。


 あのときに発生した黒魔力を俺たちは【瘴気】と呼んでいた。大気中のマナとは一線を画した、天然の魔力を食い潰す汚染物質だ。


 それに取り込まれた者は皆、精神を汚染されて反転した存在になっていた。


 あの大狂乱のことは忘れない。

 正義を貫く騎士も、信念ある魔術探求者も、みんな敵に回り、俺という存在を抹消しようと徒党を組んで攻撃してきたのだ。 


「あの男の【瘴気】がまだメトミス峡谷のガロア遺跡に残ってた」

「……」


 思わず息を呑んだ。

 まさか『災禍の化身』は生きているのか。


「緊張感のある良い眼ね。――そう、あの男は生きている」


 リピカはテーブルの紙の資料を広げる。

 そこには魔方陣のような図が描かれ、その上に黒い粉末のようなものが乗せられていた。


「そんなはずはない」


 警戒しながら、その黒い粉末を凝視した。


「だって、確かあのとき俺が『災禍の化身』の因子はすべて消滅させたはずだ。俺自身が犠牲になって……」


 俺は生まれながらに無名の戦士(・・・・・)だった。

 それが名前を持ち、影の英雄ではなく表の英雄として力を奮い始めてからおかしくなった。


 だから俺は再び『無名』に戻って、災禍の化身が恨む対象、すなわち俺という存在を消滅させたのだ。



「――不十分だったのよ」



 リピカは残酷にもそう告げた。


「え……?」

「不十分だった。あなたは生きている。あなたの英雄としての功績も、薄らと人々の記憶に残っている。――『名無しの英雄ジャック・ザ・ヒーロー』、『冒険者・失踪者(ロスト)』、『王宮騎士・無名(ロスト)』、そして『古代の名もなき英雄』……人々の記憶だけじゃない。伝承や記録、建造物、歌……あらゆるものを記録媒体として、あなたは世界に根付いている。神の羅針盤ではもう改竄しきれない。だから」


 リピカは固唾を呑み、神妙な顔で俺を見た。


「大魔王の消滅も一時的。しかも、ここ最近で急速に【瘴気】は膨れ上がっている」

「そんな……」


 ふと時計を見た。

 今頃、息子夫婦は幸せな旅に出ている頃だ。

 時間を巻き戻すには、大切な物を積み上げすぎてしまった。


 また繰り返すのか。

 というか、【七つ夜の怪異】はその前兆だったということか。

 でも、アレは『災禍の化身』とは関係ない。

 女神ケアの置き土産だった。

 それに――。


「待て。最初の宇宙人とかなんとかってのは、その【瘴気】の増大と何の関係があるんだ?」


 最初、リピカが訊いてきたことを思い出した。

 リピカは表情一つ変えなかった。


「忘れたの? 『災禍の化身』は外宇宙から来た存在。女神が連れてきたのよ。私たちが生きる世界とは別の異世界――外宇宙の彼方から」



     ◆


次回更新は2021/9/29(水)22:00です。

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