217話 クレアティオ・エクシィーロⅡ
ゴゥン、ゴゥン、ゴウン。
その四角い家には、一律のリズムを刻んで拍動する、特大の心臓があるかのようだった。
俺とヴェノムは人の気配がしないことを確認しながら、その家の中に侵入を試みた。
「うわ……」
入ってすぐ嘆息した。
家の正面に、巨大な芋虫のような管が、複雑に絡み合って壁面から突き出ている。
家の中に管があるというより、姿を現した巨大ミミズに蓋をして、覆い隠しているかのような状態だった。
絡み合った管がうねったとき、ゴゥンという音が鳴り、それが何本も連続して音を奏でているため、外からは一定のリズムで音が聞こえるようだった。
「見た目が気持ち悪いな……」
ヴェノムがそうぼやいた。
「なんだろうこれ。機械の導線みたいだが、それにしてはデカい。中でなにか蠢いてるし……」
二人で眉根を寄せる。
ヴェノムに目配せすると、【焼夷繭】を持ち出して合図してきた。
破壊して、導線の中を確認しようというのだ。
俺はそれに首を振る。
「まだ壊すな! 早計すぎる!」
「じゃあどうすんだ?」
「うーん……」
導線に近づいて、その巨大な管に触れてみた。
うねる音を立てながら、管の中を、上から下に何かを嚥下するように吸い込まれていくのを振動で感じた。
「うげぇ、よく触れるもんだ」
「別に本物の虫じゃねぇんだし、いいだろ」
「ガキのくせに度胸あるな~」
それは見た目だけで、中身はヴェノムもよく知るソードの人格だっつーの……。
いじけた目をヴェノムに向けつつ、この導線について考える。
――上から下に向かって蠢いているということは、アガスティアの大樹から、この管が何かを地面に送り込んでいるということだ。
根を介して、地中から水分を送るのとは逆だ。
「樹から何か吸って地面に送ってる……?」
「水をか?」
「いや、それは逆だろ。水を樹が吸い上げるならわかるが、樹から吸い取って地面に送ってるんだぞ……? そもそもここはゲームの世界だし、アガスティアの大樹が本物の植物みたいに水分を必要とするとは思えない」
この樹が運命の記録媒体という概念特性を持っているなら、ゲームの世界におけるこの樹の役割は、プレイヤーやゲーム進行に関するデータサーバーか何かじゃなかろうかと思う。
ロアの受け売りだが。
そこから何かを吸い取っている……?
そういえば、ロアはまだ来てないのか?
俺より先にここへ向かったはずだが、こっちが【擬・飛翔鎧】を使ってひとっ飛びしたせいで、追い抜かしたのかもしれない。
ロアの到着がまだなら、先に調べ放題だ。
寡黙なあいつのことだから、何か気づいたところで俺たちに共有してくれるかわからないし、性格的に一人で動きそうだ。
今のうちに調べ尽くそう。
俺はその鼠色の管を撫で回しながら、振動のリズムの違いを計ったり、管の裏側に何か隠されていないか目で徹底的に確認してみた。
そのうちヴェノムも俺を真似て、管の様子を凝視して、気味悪そうに顔をしかめていた。
意外とこういうのが苦手なのかもしれない。
計測や目視で何か判ったわけじゃないが、まじまじと管を見ていて、俺は気づいたことがある。
「ヴェノム。アガスティアの大樹を生で見た覚えはあるか?」
「現物は初めて見るな。――尤もオレには九回目の魔王退治の記憶しかないがね。それより前は知らん。来る途中、おまえさんは七回目と八回目のソードの記憶を持ってるって言ってたけど、オレとはすれ違いだわ」
記憶の話で言えば、そういうことになる。
俺とケアを除く人間兵器たちは、九回目の魔王退治で、討伐に失敗した記憶しかない。
逆に、俺は七回目と八回目の記憶を持って、現代に甦ったソード。
九回目のときの記憶がない。
そのときの記憶を持つのは、あっちの憑依と化したソードだ。
俺は七回目でアガスティアの葉を確保した。
倒木から採取した葉っぱを魔道具に加工したのはケアだが、そのときケアは倒木を見て、どんな感想を漏らしていたんだったか……。
日頃から無感動なあいつのことだ。
特にリアクションもせず、無表情のまま付いてきた気がする。そんなケアの様子を、俺は気にも留めなかった。
「なんだ? なんか思い出したのかい?」
「あぁ……アガスティア・ボルガを造ったのは、ヴェノムは覚えてないだろうが、七回目の魔王退治のときだ。そのときは俺とケア、ヴェノム、メイガスの四人で砂漠を横断した覚えがある」
砂漠をひたすら歩いて、倒木を見つけた。
メイガスの魔術があれば旅が楽になると思ったし、ヴェノムは障害物があったときの破壊工作員として連れていった。
「へぇ? シールとか他の連中は?」
「魔王退治の情報収集のために別行動させたんだよ。シール、アーチェ、パペットの三人な」
冒険では時折パーティーに分れて行動した。
別行動に違和感はなかっただろうし、倒木を探しに行くことを変に勘繰られても嫌だったから、特にアーチェを遠ざけるため、シールに女パーティーのリーダーをお願いして別行動したんだ。
「そういえば、ケアはあのとき――」
アガスティアの葉を、魔道具作製に失敗したときの予備として、何枚か余分に採集していたんじゃないか……?
「アガスティア・ボルガの作製は結局、一発で成功したんだ。それは俺が譲り受けたんだけど、ケアはそれ以外に何枚か葉っぱを手に入れてた」
「ってことは、他にもアガスティア・ボルガを造った可能性があるってことか?」
「そうかもしれない」
使用用途は不明だが……。
しかし、あのケアのことだ。
アガスティア・ボルガを余分に作っておいて、何かに利用しようとした可能性はある。
「それがこの管と何の関係があるんだ?」
「これ、すごくデカくて、黒いミミズみたいだろう? 最初見たとき、なんか見覚えがある気がしたんだよ」
「うぇぇ。こんな虫のモンスター、昔いたか?」
「いやいや、違う」
俺は漆黒に染まった手をにぎにぎと開いたり閉じたりしながら、以前は手元に装備していた魔道具の感触を思い出していた。
「一緒なんだ。俺がアガスティア・ボルガを巻き付けていたときに使っていた紐と……」
「はぁ? こんなウネウネの気持ち悪い管が?」
「大きさこそ違うけどな。ケアに渡されたときには装着用のベルトもセットだった」
つまり、これは特大のアガスティア・ボルガの装着用ベルト……?
それが養分を吸うように蠢いている。
きっとこれはアガスティア・ボルガの巨大版。
それがアガスティアの大樹にあるということはどういうことだ?
この樹自体がボルガなのか?
それとも、この樹にアガスティア・ボルガを巻き付けて樹から何かを吸い取ってる?
導線のうねりは上から下だ。
ということは――。
「記録の、逆輸入……?」
次回更新は2021/9/23(木)17:00です。




