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人間兵器、自由を願う  作者: 胡麻かるび
第3章「人間兵器、本質を探る」
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216話 クレアティオ・エクシィーロⅠ


 空を飛び、陸の果ての海岸を俯瞰していると、その地形がシーリッツ海岸のままだということに気づいた。


 現代で言うハイランド王国の東海岸だ。

 沖にはいくつか無人島が点在していて、そのうちの一つはシールが封印される祠も存在する。ソードとシールが二人で暮らしていた小屋も。


 その海を超えた先には、別大陸が存在した。

 少なくとも現実世界では――。


 実際、『パンテオン・リベンジェス・オンライン』ではリアルがどこまで再現されているか、自信はないままだったし、それ自体存在するかどうかも半信半疑だった。


 そんな不安を抱えたまま、大陸横断を試みたところ、当然のように海の先は続いていた。

 そして森や大河を超えた先にある砂漠の上空まで来てから、砂塵で霞んだ地平線の先にその巨木はじわじわと輪廓が浮かび上がらせたのだった。


「あ……!」


 シールが声をあげる。

 俺も、ヴェノムも、リリスもじっくりとその大樹を眺めた。


「立って……る……?」


 シールが困惑して言った。


「立ってるな。うん、立ってる。明らかに」


 ヴェノムが続きを引き受け、首肯する。

 幻覚ではないことを確認するように何度も。

 そんな二人を交互に見比べ、リリスは怪訝そうに目を細めた。


「立ってるから何だって言うのよ? 樹は普通そういうもんでしょうに」

「違ぇよ。アガスティアの大樹ってのはオレらの知るかぎり〝倒木〟だった。――知るかぎりってのは、すげぇ昔の話な。五千年前にはもうアガスティアは倒れた朽ち木だった。なのに、あそこにあるのはしっかり立って葉っぱも大量。リアルの再現どころじゃねぇ。もっと昔を再現してんだ」

「……あたしにとっちゃ勇者がいた時代も、そのさらに昔も、同じ昔なのだけれどねぇ」


 リリスが肩をすくめる。

 そりゃそうだろう。

 生きていた俺たちも似たような感覚だ。

 一万年前も十万年前も、その桁が十倍違ったとしても、どちらも遠すぎて実感がない。


 俺は【擬・飛翔鎧】の高度を下げ、樹の枝葉周辺を旋回しようと試みた。


「ロアの予想が的中してる……。あそこにあるアガスティアの大樹は、きっと特別なんだ」


 戦闘機を滑空させながらそう言う。

 ヴェノムは興味深そうに反応して振り向いた。


「ケアの秘密が隠れてるって意味か?」

「ああ。街は完全再現していたくせに、あの樹だけ違うのは、何か意味があるはずだ。朽ち木じゃなくて生きた樹である必要があるんだ」

「なるほどなぁ……。ところで、なんかジャックがそうやって喋る仕草、あの牧師見習いに似てんな~」


 ヴェノムの言う牧師見習いとはロアのことだ。

 それも当然だろう。

 なんたって血縁関係らしいのだから。

 ヴェノムはもちろん、シールにもそのことは言うつもりがない。



 アガスティアの大樹に接近して、その生い茂った枝葉の外周の広大さに、思わず目が白んだ。


 王城の外周どころか、王都の外壁一周分の長さはあるんじゃないだろうか。


 近づいて、着陸できそうな枝や、侵入できそうな幹の隙間を探したが、それらしい部位はあってもカーテンで遮られたように、その溝は真っ黒く染まり、中の様子が窺えなかった。


「オレがジャンプして飛び込んでやろうか?」


 挑戦的なことを言ってヴェノムが身を乗り出した。


「やめなよ。重要な場所なら罠も張られてるかもしれないでしょ。不用意に飛び込むには、ちょっと危険な感じする」


 シールがそんなヴェノムを諫めた。

 人数は少ないながら、昔の冒険を思い出すような気がした。



 結局、木の幹からの侵入は難しかった。

 どこもかしこも内部が見えない。

 ゲームの仕様の問題か……?

 もしかしたら正当な手段で入らないと、アガスティアの内部には潜入できないのかもしれない。


 致し方なく、樹の根元に着陸することにした。

 【擬・飛翔鎧】の高度を下げて、滑空して砂漠の大地に降りていく。


 地面に近づいたとき、砂嵐に隠された街が姿をあらわした。


 耐風性に優れた、土で固めた四角い家々。

 砂に晒され、日照りで白く焼け、砂漠の都市という雰囲気の街だった。


 着陸して【擬・飛翔鎧】を解く。

 街ということで誰か住んでいるか期待したが、街は静閑そのもの。人の気配は一切しない。


「なんか、寂しい街だね」


 シールが気もそぞろに呟く。

 きょろきょろと周囲を見回して無遠慮に、家々の壁に空いていた丸穴から中を覗き込んだヴェノムが、顔を引っ込めてから溜め息をついた。


「何もねぇ。てか、人が暮らすには狭すぎるわ」

「人間の街じゃなかったのかもね。アガスティアは古代エルフが暮らしていたっていうし、亜人種の街だったんじゃないかな?」


 シールがそう答える。

 それを受けて、ヴェノムは眉根を寄せた。


「こんな街あったか? オレは知らねえぞ」

「きっとここだけ、俺たちの生きていた時代よりも古い時代で再現されているんだ」

「……世界設計はケアがやったって話だったな」


 ヴェノムが尋ねる。俺は頷いてから答えた。


「そう言ってた。ケアの頭の中では、アガスティアの大樹の下ってのは、こういう街が広がってたんだと思う。さすがに亜人までは再現してないようだけど……」


 四人は無人の街を通り過ぎ、アガスティアの樹の根元まで歩いていった。

 リリスは怯え、ヴェノムの後ろに隠れていた。

 そびえ立つ巨大な大樹の圧迫感もすごいが、それに対して物悲しい殺風景な街の雰囲気におそろしさを感じたんだろう。


 しばらく進んでいると、木の根元付近にあった土の家から、変な音が鳴り響いているのに気づいた。


 ゴウン、ゴウン、ゴウン。

 ――という、何かがうねるような音。


 静かな無人の街に似つかわしくない、その奇妙でペースの速いふいごのような音が不快だった。


 何よりこんな寂れた街で、そんな大きな音を奏でる動力源があることが信じられない。

 その違和感から、ここがゲームの世界だと思い出すほど、この街の風や砂塵、土の家の生々しさはリアリティがあった。



 きっと大樹と関係がある建物に違いない。

 俺は先導して歩いていった。

 ヴェノムも並んで付いてくる。

 シールとリリスは、後ろの方で警戒しながら様子を見ていた。


「気をつけろよ。もしかしたら敵かもしれない」


 俺はヴェノムにそう声をかけた。

 ヴェノムは手元に取り出した【焼夷繭】や【王の水】の小瓶を見せてきて、口をにやりと歪ませていた。


 俺もいつでも魔素を繰り出せるよう警戒しながら、音のする四角い家に歩み寄った。


次回更新は2021/9/22(水)17:00です

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