22話 迫害のセイレーンⅡ
アークヴィランが"外側"の世界から飛来して2000年。
魔族や精霊族の生存環境は深刻だった。
氷の塔に閉じ籠るエレノアもまた、その一人だ。
「でも人間からの迫害が嫌で街を出たなら、この海岸は危ないんじゃないか? クシャーケーンもだが、海や陸にもアークヴィランの脅威があるなら本末転倒だ」
「いえ、わたくしは――」
セイレーンが忌み嫌われながらも街に寄り付くのはアークヴィランの脅威から逃れるためだ。それがまた海岸に避難していたら、また脅威に晒される。
エレノアは意を決して口を開いた。
「わたくしは、あえて此処に居ます。人身御供なのですわ」
「人身御供だって?」
「アークヴィランは精霊や魔族を特別敵視しています。なので、わたくしが此処にいれば、アークヴィランを引き寄せることができます」
プリマローズもイカ・スイーパーを倒すとき、囮になると言って、敵を引き付けた。その性質を利用したということか。
「でも一体、何のために?」
「シーポートの人間に命令されたのです」
「……」
貿易港シーポートか。
街の賑わいの影で黒い話があるみたいだ。
「わたくしが囮にならなければ、街に暮らす仲間のセイレーンが酷い仕打ちを受けます。交換条件で、わたくしは此処にいる事を強要されていまして」
嘆くようにエレノアは溜め息を吐いた。
しかしシズクに気づき、ばつの悪そうに口元を押さえた。
「あ……ごめんなさいね。若いお嬢さんもいるのに、こんな厭な話」
「大丈夫です」
酷い仕打ちと表現を濁したが、だいたい想像がつく。
セイレーンはほとんどが容姿端麗だ。
見世物や慰み者のような扱いを受けるってことだろう。
「そういう話なら、もう囮は要らねえな」
クシャーケーンは倒した。
あれを港の人間が忌避していたなら、脅威は去ったことになる。
「陸にもいます。イカ・スイーパーという砂漠のアークヴィランが」
「そいつも倒した」
「え……なんですって……」
エレノアは混乱していた。
まさか陸にも海にももう外敵がいないと思わなかったのだろう。
「道理で最近、クシャーケーンの行動圏が陸に寄っていたと感じてました」
「それとイカ・スイーパーと何か関係が?」
「クシャーケーンの天敵もまたイカ・スイーパーなのです。不用意に近づくと食べられちゃいますから」
クシャーケーンもイカ扱いなのか……。
もはやギャグだな。
イカ・スイーパーという天敵がいなくなり、クシャーケーンの活動範囲も陸へ拡がった。【潜水】という恵まれた能力があるくせに、他の勇者がクシャーケーンに手を出せなかったのも、今まで陸に誘う事が難しかったからかもしれない。
「まぁ、これでエレノアが此処で囮をする意味はなくなったワケだ。シーポートの人間にも、それを伝えれば解放されるだろ」
お節介かもしれないが、そう提案した。
差別や迫害は払拭しきれないかもしれない。
でも不当な扱いなんか受けなくていい。
「……ですが、わたくしはやはりまだ此処に居ます」
「なんでだよ」
「わたくしは、囮という役目とは関係なく、人間のもとに戻りたくないのかもしれません。彼らは傲慢で横暴です。アークヴィランの脅威が去ったとて、きっと我らセイレーンの侮蔑を辞めることはないでしょう」
「そう、だな……」
すごくわかる。
俺も勇者をやっていた頃、身をもって感じた。
弱いくせに集団になると横暴になる。
虐げられる側から虐げる側になった瞬間の、奴らの陰湿さは全種族の中で突き抜けている。卑しい種族だ。
「今はアークヴィランの存在が盾になって、わたくしや仲間たちの暮らしが担保されてますわ。このまま、わたくしは囮を演じ、仲間たちもわたくしという犠牲で暮らしを保障されていた方が皆々幸せです」
エレノアは自分自身を納得させるように頷いていた。
本当にそうか? それは幸せと言えるか?
アークヴィランを迫害から逃れる盾に使い、こんな無機質な氷の中に閉じ籠るエレノアと、それによって生活が保障される港に暮らすセイレーンたち。
「ソードさん」
「うーむ」
シズクは俺の顔を覗き込んだ。
まるで俺の心を見透かすようだった。
正直、関わりたくはない。
が、これはシールのためでもある。