214話 うねる蔓の魔の手
俺の知るかぎりメイガスは分析肌だ。
初めて受ける攻撃の対処は苦手だが、一度受けた攻撃はすぐ看破する。
だからこそ、最初の奇襲は、初手で成功させなければならなかった。
――それを失敗した。
シールから吸収した【擬・飛翔鎧】と【蜃気楼】を駆使して仕掛けた奇襲は、メイガスの動揺を誘うという意味では大成功。
ただ、メイガスを憑依とさせている魔素の二つ【転移孔】と【永久歪み】の吸収には失敗したのだ。
援護射撃で魔弾を放ってきたアーチェの魔術の命中精度が、そこまで高いことは計算外だった。
この時点で作戦の大枠は失敗。
けれど諦めるには早い。
メイガスの動揺がこっちの予想より強い。
空から突っ込んだ段階で相当驚いていたようだが、もしかしてシールが語る〝憑依同士は互いの行動が手に取るようにわかる〟という性質が、メイガスの思考をバグらせたのかもしれない。
だったら、まだ二撃目でメイガスの憑依を解消するチャンスはある。
「まだまだぁ!」
畳みかけるように次の攻撃。
『紅き薔薇の棘』を振りかぶる。
メイガスがその頭の回転の速さで、こちらの素性や特性について推し量る前に、一切合切を【吸収】しなければならない。
俺は体に染みついた剣術をメイガスに振るう。
「スライド!」
メイガスは短文の魔術詠唱で足元に水流を生み出して、真横に滑って俺の攻撃を躱した。
魔術師といえどメイガスも人間兵器。
頭でっかちの運動音痴というわけではなく、動ける魔術師なのだ。
そのまま足をくるりと回して、回し蹴りで俺の横腹にメイガスの強蹴がめり込んでくる。
「っ――」
だが、無駄だ。
俺はシールの度重なる物理攻撃で物理耐性は極限まで高まっている。その前にはメイガスの魔弾を受け続けて魔法耐性も高い。
もはやほとんどの攻撃が効かない身体だ。
それを解除するにはケアの治癒魔術を受ける以外にない。
「ふっ――!」
俺は『紅き薔薇の棘』を縦に振り下ろした。
メイガスの突き出した足を両断する勢いで振り下ろされたショートソード。それをメイガスは、得意の魔素で異次元へと流した。
「開け」
開通した【転移孔】で次元の裂け目ができ、俺の振り下ろした剣はその孔へと突き立てられた。
「そして切断」
メイガスは指をパチンとはじく。
転移孔が閉じた。
突き立てられた【紅き薔薇の棘】は剣柄の根元からバキンと折られた。まるで透明の口に喰われたようだ。
「勝った。【永久歪み】」
メイガスはまた中指と親指を摩擦で鳴らし、俺を重力で押し潰そうと魔素を行使した。
しかし――。
「……!?」
メイガスの魔素は反応しなかった。
いくら指を鳴らしても、【永久歪み】は発動しない。重力による空間の歪みが起きない。
「どうした!? こい!」
メイガスが何度も指を鳴らす。
計算高い男にとって、計算通りにいかないことは大きな焦りを生むのだろう。
俺はそのとき察した。
最初の奇襲は、まったくの失敗じゃなかったようだ。
「残念だったな、メイガス」
「な……」
「おまえがやりたいのは、これだろう?」
俺が替わりに指をパチンと鳴らした。
すると、愕然として俺を見ていたメイガスは、頭上から何かにのしかかられたように、地面に押しつけられた。
「ぐっ、うぅ……!」
メイガスは五体投地するように地面に突っ伏して、首すら上げられない様子だった。
「これが【永久歪み】。こりゃあいい」
「なに、を……」
俺はメイガスの許まで歩み寄り、剣身の根元から折られた『紅き薔薇の棘』を掲げた。
剣は折れたが、蔓はまだ伸びる。
この剣は魔王の得物で、他者の力を奪い取って成長する剣だ。折られたとしても、養分を見つけて吸い付けば、また成長できるはずだ。
「ふっふっふ。甘かったなメイガス。おまえの敗因は、俺を見くびったことだ」
俺は、悪役がするような暗黒の笑みを浮かべて『紅き薔薇の棘』を振り上げる。
いよいよ俺も魔王らしくなってきた。
その剣を、目線を動かすだけで視認したメイガスも驚愕の表情を浮かべた。
その三白眼には恐怖の色が浮かんでいる。
「それ……魔王、の……っ!」
もう正体がバレているようだ。
だが、もう構うことはない。
メイガスは【永久歪み】で身動きが取れないし、魔素を吸い上げて憑依から解放すれば、メイガスも正気に戻るのだ。
俺は剣を振り下ろし、メイガスの体に薔薇の棘を突き刺そうと蔓を伸ばした。
そこに、またしても火球が襲いかかる。
予想通りだ。
俺は身につけたばかりの【永久歪み】をさらに展開した。
メイガスがするように、空いた方の手で指を弾いて火球に重力負荷をかける。
すると、火球は凝集して極限まで小さくなり、小さな爆発を起こして消滅した。
――【永久歪み】、めちゃくちゃ強い。
このまま魔術師に転向したいくらいだ。
はっきり言って、肉弾戦より何倍も楽だった。
「メイガス!」
赤髪ツインテールの少女が駆けつけてきた。
火球を放つと同時に、居ても立っても居られずに駆けつけたようである。
「この魔物……!」
アーチェが危機感を感じて杖を構えた。
俺はまた指先一つで【永久歪み】を展開して、アーチェにもメイガスと同じように重力負荷をかけた。
「きゃ……っ」
アーチェも地面に跪き、四つん這いになって重さに耐えている。
これで、場は完全に制圧したといっていい。
最初の奇襲によってメイガスから奪った【永久歪み】一つで、これだけ戦況が変わるとは……。
それぞれの魔素が強いというより、プリマローズから受け継いだ【耐性】と【吸収】がシンプルに強すぎる。
あいつ、なんで持て余してたんだ、この力。
「おまえたちの魔素は、すべて俺が奪う!」
手も足も出ないメイガスとアーチェにそう高らかに宣言し、まずはメイガスに『紅き薔薇の棘』を振り下ろした。
もはや無双だ。
最初のメイガス戦、続くシール戦での苦戦がなんだったのかと思わせるほどの楽勝ぶりだった。
「くっ……」
そのとき、メイガスは全身に濃紺色の魔力を滾らせて何かを念じていた。
何か魔術を発動させるつもりだ。
「させるか!」
俺は急いで薔薇の蔓でメイガスの体を穿った。
その力を【吸収】するように蔓が蠢く。
魔力を吸収するにつれ、『紅き薔薇の棘』はその剣身を伸ばし、禍々しさに磨きがかかった。
「っ……!」
メイガスは苦し紛れに、苦痛を顔に浮かべながらなんとか指を弾いた。
音などほぼ鳴らなかったが、それが彼の魔素発動の鍵スイッチらしい。メイガスが五体投地していた地面に、次元の裂け目ができ、その中に吸い込まれるようにメイガスは消えていった。
「あっ!」
逃げられた……。
薔薇の【吸収】はうまく行っていたようだが、要となる【転移孔】の魔素をドレインするまで至らなかったらしい。
「チッ。それなら――」
逃げられたのなら仕方ない。
魔力のほとんどは吸収できたのだし、次に出くわしたときには、簡単に組み伏せて力を奪うことができるだろう。
それよりも今は確保できる者を優先する。
俺は四つん這いで荷重に耐えているアーチェの方を見た。
「なに、するつもり……!」
「言っただろう。おまえの魔素をすべて奪うと」
「え……、い、いや……」
アーチェは引き攣っていた。
俺は蔓がうねうねと伸びる魔剣を構え、アーチェの許へゆっくりと歩み寄る。
「いやっ、来ないで! いやああああ!」
その様は、傍から見て極悪人がいたいけな少女にいかがわしいことをしようとする直前の光景に見えたことだろう。
しかし、構うことはない。
俺は仲間のために魔素を奪い尽くすのだ。
アーチェの許まで辿り着くと、薔薇の蔓をアーチェの体にまとわりつかせて、その体に棘を突き刺した。
「きゃあああああああああっ!」
「ハーハッハッハッ!」
「イヤアアアアアアアア!!」
これではどっちが悪者かわからない。
いや、今の俺は魔王から生まれた存在だから、言ってしまえば俺は悪役でいいのかもしれない。
アーチェの体から養分を吸って成長していく吸魔の剣『紅き薔薇の棘』――。
俺の体にも、あらゆる魔素が蓄えられているのを実感する。
「あぁ……うぅ……いやぁあ……! あっ……」
アーチェが身をよじらせるも、【吸収】は容赦なく彼女の体内から魔素という養分を吸い取っていく。
その蔓のうねりはビジュアル的に色々問題だ。
今のアーチェは触手に襲われる少女そのもの。はっきり言って同情する。
でも、時間がかかるのは仕方なかった。
アーチェの持つ魔素は大量にあるのだ。
王都で一戦交えたときは、いくつの魔素を掻い潜って倒したことだろう。
……確か、アーチェが元々持っていた魔素として【誘導弾】と【桜吹雪】、それから新たに【弩砲弓】と【装填】、【掃滅巨砲】に【雷霆】その他諸々を接種していた。
合わせて十個はあると聞いている。
俺はじっくりとアーチェから魔素を吸い取りながら、その赤髪少女が憑依から解放されるのを待っていた。
決して薔薇の蔓に絡まるアーチェの姿を楽しんでいるわけじゃない。
わけじゃないのだ!
だというのに、背後からシールの蔑視の視線を感じる……。
心苦しい雰囲気の中、正気に戻るのを待った。
しかし、アーチェは身をよじって叫ぶばかりで一向に様子が変わらない。俺はその実、アーチェはもしかしてケアの『脱魂』による精神支配を受けていないんじゃないかと考えていた。
アーチェがあちら側についたのは、メイガスがいるからだ。つまり、アーチェに至っては真っ当な対話と交渉が可能なのでは、と――。
そうぼんやりと考えていたとき、ほぼ魔素を吸い終えただろうかという頃合いになって、途端にアーチェの足元に黒い闇が広がった。
「ん……!?」
すると、アーチェは、先ほどメイガスが逃げたときのように、その闇の中に吸い込まれ、地中に沈むような動きで消えてしまった。
「逃げた……? いや、逃がされた?」
もしやったのだとしたら、メイガスだ。
あの次元の裂け目はメイガスの【転移孔】のものだ。
動揺している俺の背後から、もう力を持たないシールが駆け寄ってきて言った。
「メイガスが助けたの? ……憑依が、他人を……?」
シールも俺と同じことで驚いていた。
てっきりアーチェを置き去りにしてメイガスだけで逃げたのかと思っていた。
だが、あいつはわざわざ引き返してきたのだ。
アーチェを救出するために……。
しばらく立ち尽くして周囲を警戒していたが、メイガスが姿を見せることはなかった。
次回更新は2021/9/17(金)17:00です。




