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人間兵器、自由を願う  作者: 胡麻かるび
第3章「人間兵器、本質を探る」
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212話 ◆夢魔への憧れⅠ


「ハァ――ハァ――」


 呼吸を整えて林の中を突き進む。

 闇雲に走り回っても、この苦境からは逃れられないことをヴェノムも理解していた。


 たとえこのゲームに世界の果てがあって、もしその果てに辿り着けたとしても、待っているのは自由ではない。

 追い込まれたという現実。窮地だ。

 故に、逃げ続けて敵の隙を見つけるしかない。


 騙し討ちでもなんでもいい。

 せっかく探していた最愛の女を見つけ、その身を守れる状況にあるのだ。それなのに守れなければ、ゲームの世界にまで来た意味がない。


「っ…………」


 後方でガサリと木々が揺れる音がした。

 窮地を感じて喘ぎ、足を止めて気配を辿る。

 また(・・)追いつかれた。


「ねぇ、あんた大丈夫?」


 ヴェノムが脇に抱える少女――リリスも心配の眼差しで見上げていた。


「いやぁ、そろそろヤバいかもしれん」

「ちょっと!?」

「おかしいぜ、あいつら。もう何度も撒きにかかったってのに、オレがどこにいるのか把握してるみたいに追いかけてきやがる」


 ヴェノムは後方を睨めつけて、舌打ちした。

 罠をしかけるのは得意だった。

 そのための【焼夷繭】と【王の水】だ。

 例えば、爆弾となる【焼夷繭】を適当にばら撒き、自分がいる場所とはまったく別の離れた箇所を爆破させることで陽動を狙える。


 【王の水】は溶解液だ。

 敵が通過したときに瓶を割り、上から溶解液を注ぎ落とすことだってできる。


 しかし、そのすべての罠が徒労に終わった。

 追跡者――メイガスとアーチェは、ヴェノムの罠をすべて察知している。


「ちくしょう……」


 悪態をつくヴェノム。

 直接対決では分が悪いことは、ヴェノム自身がよくわかっていた。


 元より七号(ヴェノム)二号(シール)とならぶ工作員だ。

 番号順でいえば、一号のソードが一番古株で、ヴェノムが新米だ。もう成熟しきった人間兵器に序列など存在しないが、それでも単純な性能比較では一号や二号、三号に劣る。


 それでいて二号と六号を同時に相手にし、リリスも守らなければならない。

 単騎の七号が敵うはずもない。

 勝機を掴めるとしたら、得意とする騙し討ちやギミックを駆使した変則技に頼るしかなかった。


「アンタ強いんだから勝てるんじゃないのさ?」


 こちらの憂慮もお構いなしに、リリスはそんなことを訊いた。


「駄目だ。メイガスの魔術は破格だ。アーチェも弓の戦闘スタイルは封じてるみたいだが、そんなの弓を引く動作を捨てたってだけで、撃ち放ってくる魔弾は【掃滅巨砲(キャノンボール)】と変わらねえ。あんな異次元の破壊力に、オレのトラップは心許ねぇ」

「アンタ、けっこうヘタレなのねぇ……」

「人間兵器の実力がそれだけやばいんだよ」


 その憎まれ口は現実世界のリリスと変わらないままで、ヴェノムはこの状況は別にして、安心していた。


 リリスの態度が粗野になったのも、育て親であるヴェノムの影響が強い。


 この世界のリリスが、自分をNPCのサキュバスだと信じ込んでいても、その雰囲気こそが現実のリリス本人だとする証拠だ。


「だいたいそのアンタって呼び方やめろ」

「じゃあなんて呼べばいいのよ」

「ヴェノム! それか昔はおまえ、舌っ足らずでオレをベムって呼んでたぜ」

「ベム? ウケる。犬みたい」

「うるせぇ。お前がそう呼んでたんだよ」


 ベロだろうがベムだろうが、ヴェノムは何だってよかった。


 そう呼ばれた方が自分を鼓舞できる。

 極悪な印象を与える七号(ヴェノム)を唯一慕ってくれた少女がリリスだったのだ。

 名前を呼ばれるだけで力になる。


「わかったわ、ベム。とりあえずアンタがヘタレってことは理解したし、ここはあたしの出番ってことで、ちょっと本気見せてあげるわ」

「おまえ、この世界(ゲーム)で力を身につけたのか……?」

「ふふ、あたしだってサキュバスの端くれ。魔族の中でも上位の存在なのよ。人間兵器だろうが、人間国宝だろうが、あたしの手にかかればイチコロよ」


 自信満々だった。

 道中、あれほど泣き叫んでいた女が、何を根拠にそれほど豪語しているのか、ヴェノムには意味がわからなかった。


 だが、窮地においてはその大口が頼もしい。

 秘策があるなら知りたいところだ。



「そろそろ追いかけっこは終わりにしない?」



 林の奥からメイガスの声がした。

 束の間の休息が終わりを迎えたのだと、否が応でも告げられた気がした。


「メイガス……おまえ、しばらく見ないうちに見境のなさに磨きがかかってるぜ」


 ヴェノムが林の影から姿を現した魔術師に、皮肉をかけた。


 これまでの追走劇で、メイガスとアーチェが吹き飛ばした木々の数は、町一つ分の建築資材を丸々焼き払うほどの規模だ。

 特にメイガスの魔術がすさまじい。

 林の中に出来たその爪痕は、巨大な竜が通過した痕のようになっているだろう。


「キミのオファーには、それだけの価値があるんだと思ってもらいたいね」


 メイガスが微笑む。


「タヌキが……。魂胆が見え透いてんぞ」


 胡散臭い人間の提案には裏があるものだ。

 どんなに美味しい話があっても、また、その話に乗らないと損するとしても、ヴェノムは絶対に腹の内を見せない者の話には乗らないという信条があった。


 他人の愚直さに付き合って自分が損したこともたくさんあった。

 現実で金欠に陥っているのは、リリスの面倒を見ていたことも原因だが、それ以上に、損得のあることで貧乏くじを引く選択をし続けたことも大きい。


「今回は本当に良い話だよ? ケアから聞いているだろ? そこの女の子とも、この世界なら幸せな日々を送っていける。ヴェノムが望んでいたことだ」

「そいつはおかしいな。オレはリリスのことを、仲間の誰にも話したことはねぇんだがな」


 彼らの胡散臭さはそこにある。

 ヴェノムが抱えてきた秘密を、どうしてケアは知っていて、メイガスらまで共有されているのか――。


 ヴェノムの口から打ち明けたことはないのに。


「知っているに決まってるじゃないか。ケアはリアルでアークヴィランハンター協会のDB(データベース)だ。キミが狩りで稼いだ賞金を何に使っているかも押さえている。……ましてや、王都のマグリル商会なんていう俗物商売を展開してる団体に寄付をしてたら、そりゃあ目立つさ」


 バレているとは思ったが、ヴェノムもそれをどこかで取り沙汰されると思っていなかった。


 稼いだ金を何に使おうが個人の勝手だ。

 それにマグリル商会は王都の名物歓楽街。その発展に貢献しても非難されるものではない。


「まぁ、その件はどうだっていい。僕が言いたいのはもうそんな苦労をしなくて済むってことさ」

「お前らごときの物差しでオレの苦労のなんたるかを理解しているとは思えないがね」


 メイガスは眉一つ動かさず、笑顔を向けたまま

続けた。


「じゃあ、その子はどう思うかな?」

「あん?」

「リリスはサキュバスっていう魔族に憧れていたんだろう? その憧れの存在に今はなった。キミがリアルに連れ戻して本当の自分を知ったらどう思うだろう。今、その子はまったく今の自分に不自由してないように見える。――というか、なんか異様に目を輝かせて僕を見てるけど、なんだろう……? いや、それは何してるの?」


 饒舌なメイガスを黙らせるほど、リリスは変な闘志を燃やしていた。

 なぜかファイティングポーズを取って、鼻息荒くメイガスに対峙しているのだ。


「おい、リリス……。何してんだ?」

「だから、アタシに任せてって言ったでしょう。足手まといじゃないんだから。ベロはそこで見てるのだわ」


 リリスは、メイガスの前に立ちはだかると、そのお世辞にも色気があるとは言えない寸胴で幼い体で、セクシーポーズを取り始めた。


「うふ~ん。アタシの魅力の前にひざまずくのだわ。人間のウィザード」

「は――」

「ほらほら、超絶可愛いアタシに見惚れて身動きが取れないでしょう?」


 体をくねらせてメイガスに色仕掛けをかけるリリス。


「……」

「……」


 ――なぜそれで戦えると思った!

 娘でもあり、パートナーでもある女の厚顔っぷりを垣間見て、ヴェノムは見ている自分の方が恥ずかしくなるのを感じた。

 穴があったら入りたいくらいだ。


 唖然として、別の意味で硬直したメイガスとヴェノムを前に、リリスは魅了が効いたと勘違いしたのか、一向にセクシーポーズをやめる気配がない。


「やめ――!」


 恥ずかしさのあまり、ヴェノムは止めさせようと思った矢先――。



 ――――ゴォォオオオ。


 遠雷のような音。

 それが次第に近づいて、鍛冶場のふいごのような轟音に変わり、隕石のようなものが飛来してきていた。


「うおおぉ!」


 その遠隔攻撃の気配をいち早く察知したヴェノムは、ふざけた格好をしたリリスを抱きかかえて身を翻した。


 直後、すさまじい音とともに地面が爆発した。


 ――【掃滅巨砲】?

 否、ファイアボールだった。

 その射手の正体は、考えるまでもない。


「イヤーーン! もうちょっとであのウィザードを虜にできたところだったのよっ」

「バカ、効いてねぇよ! それに、もし虜にしたら、おまえ死ぬぞ多分!」


 あの砲撃は射手の感情を表わしている。

 ヴェノムとメイガスの攻戦が始まったとき、サポートとして控えていたのだろうが、リリスの暴挙でフライング(・・・・・)したのだ。


 ある意味、リリスのおかげで看破できたとも言える。


 複雑な気分でヴェノムは茂みに飛び込む。

 メイガスの次の手を読みつつ、頭の中では二つの考えが芽生えて、ぐるぐるととぐろを巻いて思考を掻き乱していた。


 一つ目――。

 メイガスとアーチェ、欠陥のない布陣のように思えるが、今までになかった弱点を見つけた。

 それは〝感情〟だ。

 人間に効くような心理戦が有効かもしれない。


 二つ目――。

 リリスのことを考えたら、このゲーム世界を肯定すべきなのだろうかという考え。

 奴らの一味に加われば、リリスは好きな自分でいられるのかもしれない。


 ヴェノムは悔しそうに下唇を噛むリリスをぼんやり眺め、己の決断が揺らぐのを感じていた。


次回更新は2021/9/15(水)17:00です。

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