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人間兵器、自由を願う  作者: 胡麻かるび
第3章「人間兵器、本質を探る」
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211話 約束と命名


 自分と向き合えたところで、次にすべきことも決まっている。


 ヴェノムのもとへ行こう。

 今にも、後を追った人間兵器二人から歯牙にかけられているかもしれないのだ。


 俺は林の向こうを眺め、行く方角を考えてからシールに向き直った。


「シール。メイガスとアーチェの足取りはわからないか? さっき空を飛んでどこかに向かおうとしてただろ」

「うーんと……ぼんやりとだけど、わかるよ」


 シールはまだ放心していた。

 正気に戻って邪気が消えた反面、その反動で頭がふわふわしている様子だ。


「さっきまで不思議な感覚だった……。なんか、みんなと繋がっているような……」

「みんなって人間兵器のみんなと?」

「うん……。どんな気持ちで、何を考えてて、どこに向かおうとしてるのか見えるっていうか」


 シール曰く、憑依(ヨリマシ)として魔素に汚染されていた状態では、他の人間兵器の動きが手に取るようにわかったらしい。

 それが今では何も見えてこないとか。


「それは一体どういう……」

「わからないよ。シンクロって言葉がぴったりかもしれない……。別々の存在なのに同じ存在のような」


 アークヴィランの性質は、みんな同じだ。

 奴らは無自覚に星の侵略を企てる。

 もしアークヴィランの魔素がそれぞれ別個の能力を持ちながら、共通理念(シンパシー)みたいなものを送り合い、同調しているとしたらどうだろう。


 それを『脱魂(トランス)』が統率する。

 今はその役目をケアが担い、憑依に堕ちた人間兵器に指令を送っていると考えられる。


「今は平気か……? 謎の電波を感じたりとか」

「うん……。というか、ごめん。実は……」

「どうした?」


 シールは申し訳なさそうに目を反らした。


 想いを打ち明け合った仲だ。

 今更なにを話されても驚くことはない。

 シールは耳元から垂れる青いもみあげを指先でいじり、もじもじしながら答えた。


「私、何もできなくなっちゃった」

「うん……?」

「できないの。【護りの盾(プロテクション)】も【蜃気楼(エクステリア)】も……。もちろん【翼竜(トウテツ)】も、この世界で新しくできるようになった力も全部」

「……」


 シールは恥じるように矢継ぎ早に続けた。


「さっきまで――憑依(ヨリマシ)になってたときまで、自分がどんな力を使っていたかも覚えてる。でも今は魔素を発現できない」


 シールの赤い瞳には懺悔の色も浮かんでいる。

 俺に向けた殺意も思い出したのだろう。


 さっきまでのシールは物凄い姿だったからな。

 ケアが名付けた【擬・飛翔鎧(デルタ・プロテクト)】――あれはまさに人間兵器というより戦闘機そのもので、銃もミサイルも放つわ、装甲も硬いわ、変形もするわで浪漫を詰め込んだような姿をしていた。


 俺に【耐性】と【吸収】の性質がなければ、どう足掻いても敵わなかっただろう。


 そんな自分を覚えている、ということはシールも内心、混乱しているはずだった。


「むしろ良かったんじゃないか?」

「え……?」

「魔素がないってことはもう憑依(ヨリマシ)になる心配もないってことだ」

「でも、もう私、役立たずかもしれない」

「そんなことないだろ」

「盾もないし、変装もできないんだよ……」


 悄然とした様子で上目遣いに訴えるシール。

 強い不安を抱えていそうだ。

 突然、自分のアイデンティティが失われたら、そりゃショックも大きいか。


「シール、そんなこといったら俺なんかもう人間兵器ですらない。最強の剣士だった男が、今じゃただのモブだぞ?」

「そうだけど……」

「そんなザマで、このゲームでは勇者ポジションにある人間兵器を倒そうとしてるんだ。プリマから貰った力だって、手探りで使って――」


 言いかけて、途中で止めた。

 悲劇自慢なんかしても何の意味もない。


「とにかくシールはシールだ。もう戦う必要なんかないし、それを望んでいたのを俺も知ってる」

「うん。またあの島でのんびり暮らしたいよ」

「じゃあ、いいじゃないか」

「……なら、約束してほしいんだけど」


 シールが一歩、俺に近づいて小指を立てた。

 指切りげんまんをしたいようだ。

 相棒との約束を守れた試しのない男に、諦めずにまだ甲斐性を求めている。でも俺も変わった。今度こそ守れるかもしれない。


「私は、あなたと一緒に生きたい」

「おおう……」


 すごく漠然とした抽象的な願いだった。


「ソードじゃないよ。あなただよ。わかる?」


 また一歩、シールが近づいてきた。

 端麗な容姿をした青髪のエルフに至近距離で見つめられて動揺してしまう。


 黒い魔物がエルフに言い寄られているのだ。

 傍から見たら滑稽な状況だろう。


「だからこの事件を解決したら、またあの孤島で過ごす。もう戦わない。いい?」

「わかった。俺は俺として、ちゃんとシールと一緒にいる。俺はもう剣の勇者(ソード)じゃないし、戦う理由は自分のためにしかないから」

「よかった。じゃあ――」


 ほっとした様子のシールは、俺の小指を強引に小指で手繰り寄せて指切りげんまんをした。


「まぎらわしいから憑依(ヨリマシ)のソードと区別するために別の名前で呼びたいかな」

「名案だ。ソードはコードネームだったし、どんな呼び方だって俺はいいよ」

「そうねぇ……」


 シールは周囲を見渡しながら逡巡した。


「あ、名無しのジャックくん。どう?」

「それはちょっとどうかな……」


 自分が誰かわからない今、ぴったりな名前な気もするが、それは結局、名無しってことだ。


「なんでもいいって言ったじゃない」

「そうだけど、なんだろう。本能的に受け入れられない感じがする」

「じゃあ名無しのジョン」

「同じじゃないかっ!」


 ジト目を向けるシール。

 俺の注文が多いことに気分を害したようだ。

 だって変な名前ばかりだし。

 ペットの名前かよ。


「あ、そうだ。この体は魔王の一部から生まれたんだ。そこから取ってローズ……これは女の子っぽいか。プリマロロから取って〝ロロ〟とかどうだろう」


 自己防衛のためにそう提案した。

 悪くないネーミングセンスだと思う。

 呼びやすいし、由来もちゃんとしてる。


「プリプリの名前から取るのは、呼ぶ方の私が嫌よ。やっぱりジャック。これで決まり。返品は受け付けません」

「えぇー……」


 名前にこだわりのない俺でも、その響きには違和感を覚えてしまう。


 どうしてだろう。

 その名前は心の奥底に眠る自分自身の本質を撫でられるようで、こそばゆいのだ。


「ジャック。……うん、なかなか馴染みやすい」

「もう好きにしてくれ」


 俺は諦めて受け入れた。

 何者でもなく、実力も不明確な自分には確かにちょうどいい名前ではある。


「さぁ……少し話しすぎたか。そろそろあいつらを追いかけないと」

「そうね……。私も向かった先はなんとなく把握してるけど、手段がないよ」


 シールは肩をすくめた。

 手段というのは、シールの【翼竜】や【擬・飛翔鎧】がもう使えないという意味だろう。

 歩いて向かったって、着く頃にはもうヴェノムはメイガスとアーチェの餌食になっているかもしれない。


 でも、俺にも反論がある。


「シールが言ってたことで、俺も気づいたことがあるんだが……」

「なに、ジャック?」


 さっそくその名前を使ってきた。

 こそばゆい。


「これだ」


 手先から薔薇の蔓が伸ばす。

 腕から俺という魔物の養分を吸うように巻き付いた蔓と、その先から花が咲くように開花する剣柄が現れた。


 そしてシールの魔素を吸収して成長したショートソードと同じ剣が、その花弁から伸びた。


「それって『紅き薔薇の棘』……?」

「この剣、シールの魔素を吸って成長したんだ。それで思ったんだけど、もしかして剣にその魔素の力が宿ってないかって……」

「……!」


 シールも目を見開く。

 仮説を確かめるには検証しかない。

 俺はさっそくその剣を逆手に持ち替えて、力を引き出すための準備をした。


次回更新は2021/9/14(火)17:00です。

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