209話 青の絆Ⅱ
シールとのことを振り返る最中、アンダインにはいろいろとアドバイスをもらったが、実のところほとんど聞いてなかった。
大事なことは、形じゃないということだ。
俺は姿や見た目に囚われすぎていた。
贖罪がしたいなら、自分のことなんて捨て置いてシールの苦悶に寄り添わなきゃいけない。
――俺は『パンテオン・リベンジェス・オンライン』を再開した。
林の間に切り開かれた空間に戻る。
シールは、体を爆散させた俺がすぐ復活してきたことに戸惑っているようだったが、興味を失ったのか視線を反らした。
同じ魔物が発生しただけだと思ったのか。
でも、近づくには都合がいい。
「シール!」
名前を呼びながら駆け寄る。
俺が大岩のもとに近づいたところで、シールはゆらりと立ち上がり、空を仰いだ。
「そろソろヴェノムの確保ニ行かナいと……」
「待て! まだ行くな!」
シールの服の袖にしがみつき、注意を引かせるためにぶんぶんと振った。
「……?」
そこでシールがようやく俺に気づく。
不思議そうに小首を傾げたシールは、造作もなく【護りの盾】を呼び出すと、大岩との間に俺を挟んで圧迫させた。
「ゲ――」
メイガスの【永久歪み】のときのように、ぺしゃんこに潰された俺は圧死した。
◆
「早い帰りじゃのう」
アンダインが漆黒の空間に戻った俺を嘲るように言った。
「うるさい! こっからだよ」
コントローラーを握り直す。
シールの攻撃はいずれ俺に通らなくなるはず。
それまで攻めまくるしかない。
「褒めておるのじゃ。その行儀のない所作、情熱的ですこぶる良い。昂ぶってくるぞ」
「俺には手段がないんだ。気合いでやるさ」
「ほほう。手段ならいくらでもあるというに、その偏執はげぇむの本質を見失うぞ」
「うん……?」
アンダインが気になることを言った。
振り返ると、その魔生物は口が滑ったと言わんばかりに手で口を覆っていた。
「俺にも人間兵器に抗う武器があるんだな?」
「ふふふ……乙女の失言を取り沙汰すは無頼な男のすることぞ。よもや妾がすべてを語れぬこと、忘れたのではあるまいな?」
「いや追及する気はねぇ。ただ、あるんだってことがわかった。それで十分だ」
ボタンを連打してゲームを再開する。
◆
戻った――。
潰されても原型のまま復活した俺に、いよいよシールも異様さを感じ始めたようだ。
「こノ魔物……なんナの?」
気づかれる前に動く。
俺はすぐシールのもとに駆け寄り、またその袖にしがみついた。
「シール、聞いてくれ。俺はソードだ!」
「…………」
「今の時代でお前と過ごしてたソードだよ」
この訴えがどこまで通用するかわからない。
でも、憑依でも言葉は通じる。
今はそれに賭けるしかなかった。
「尤もお前と長く連れ添ったのは俺じゃなくて、あっちのソードだろうが。でも、アーセナル・ドッグ・レーシングで一緒に優勝を勝ち取ったのも、王都のオートマタ事件で立ちはだかったアーチェを出し抜いたのも俺だ!」
その冒険の数々は、偽物じゃなかった。
俺自身が何者かわからなくなったとしても、剣の勇者の器を借りた別人だったとしても、その思い出は俺のものなんだ。
「わかってる。シールはずっと俺を心配してくれていたのに、俺はお前に甘えて負担ばかりかけてきた。それは悪かったと思ってる。すまねえ!」
矢継ぎ早に謝るしかなかった。
シールが次の行動に出る前に、俺の想いをぶつけないと何も始まらない。ちゃんと伝わるかどうかは二の次だ。
「シールのやりたかったこと、聞いてたよ。この世界に来て初めて本音を言ってくれたよな? そんな姿になっても、本当はお前――」
直後、シールは硬質化した脚部で俺の頭にローキックをかましてきた。
早すぎて目で追えない。
衝撃が脳天を響かせるまで何をされたのかわからないほどだ。
「ブッ――!」
蹴り飛ばされて大岩に頭を強打した。
でも――。
「――ガハッ……ハッ……ア!」
四つん這いになって嗚咽する。
胴体から首が千切れそうだった。
でも、なんとか耐えた。
これまで受けてきた攻撃で、確実に物理耐性が高まっている。
「変なこトを言う魔物ね」
シールは冷淡な声で呟いた。
その返答には俺の声が届いた形跡はない。
そりゃ、そんな簡単にいかないよな。
「クッ……うう……」
軋む体に鞭を打って立ち上がる。
シールが俺に注意を向けた。チャンスだ。
少なくとも、これで俺が次に死ぬまではシールも俺の悪足掻きに付き合ってくれるはず。
気を引くだけでも死に物狂いだった。
「それニしテも……」
シールは狙撃銃を両腕に抱え、銃口を俺に向けた。
「真っ当ナ魔物、久しぶリに見たわ。ここニ来るまで一匹モ見なかったのに」
確かに、言われてみればそうだ。
俺も『パンテオン』をプレイしてからいくつも魔物を見たが、メンテナンスに突入してから雑魚の魔物を見ていなかった。
メンテナンス中は湧かない仕様なのだろうか。
シールは憑依化しても洞察力がある。
「バグかしら? でモ……」
シールは狙撃銃を構えて俺に向けて撃った。
射撃もだいぶ慣れたもので、正確に俺を狙い、射貫いてきた。
――ガン!
弾の残響が林に響き渡る。
しかし、その物理攻撃はもう俺に通じない。
最初のように体が弾け飛ばなかったことに意外な反応を見せるシール。
「どういウこと? ……っ」
シールは続けて二発目、三発目と俺に銃弾を撃ち込んできた。だが、その弾は悉く、俺の体に当たると同時に破裂して消えていった。
「こノ魔物――」
「もうそれは通じないぜ!」
間髪入れずに俺は攻めに転じた。
シールが困惑して一瞬の隙を見せている。
チャンスだ。
得物がなくて素手である以上、殴りかかるしかない。
「おおおおおおっ!」
「……ふん」
身体能力が桁違いすぎた。
俺の凡愚な足ではシールに間合いを詰めるまで時間がかかる。
シールはその俺の動きをじっと待つ。
俺は覚えている近接格闘でシールに挑むも、その動きは従前のソードだった頃よりキレが劣り、思うように動けない。
シールは銃身を背中に回して素手になると、俺と同じく空拳となって体術を振るってきた。
「……っ!」
「雑魚ガ張リ合ったっテね」
俺のパンチは、シールの腕で流されて、もう一方の手で腕をへし折られる。バキりと嫌な音が体を伝い、腕が使い物にならなくなったことを痛感した。
「あぁあああああっ! ――ギャ」
痛みに打ち震えていたときに正面からシールの回し蹴りが飛んできた。
盛大に後方へと吹き飛ばされる。
体が上下反転して、逆立ち状態になった瞬間、俺は機転を利かせてまだ可動する方の手で地面に触れてハンドスプリングの要領で姿勢を戻した。
まだ死んでない。
着実に身体の防御力は上がっている……!
「大丈夫……だ……。動きは覚えてる」
ソードとしての経験が活きていた。
体術の各種は覚えているし、攻撃を受ければ受けるほど、ぼんやりとしていた戦闘術の一つ一つを思い出してきていた。
「……」
シールはそんな俺を不思議そうに見ていた。
――否、黒のバイザーに覆われた目元では、シールが何を見ているかわからなかったが、それでも俺のことを〝対戦相手〟と認識してくれていることだけはわかった。
上出来だ。
たとえ勝てなくても足止めができればいい。
想いをぶつけて、シールを正気に戻せればいいんだから。
次回更新は2021/9/10(金)17:00です。




