208話 青の絆Ⅰ
頭を抱えながら最善を模索する。
また変な女に絡まれてしまったが、ゲームの世界ではシールを救い出す重要な局面なのだ。
ゲームの方がシリアスなのは皮肉すぎる……。
考えろ考えろ考えろ。
シールの憑依を解放してやる方法のうち、力業が無理であれば、やはり情に訴えかけるしかないのだろうか。
いや、幸いにも、今の俺は単騎。
守るべき仲間はいない。
シールが俺の【耐性】に気づかないかぎり、何度も挑戦することができる。
それに、あの狙撃銃はもう無効化したのだ。
死ぬことを前提に、シールの攻撃のすべてを無効化するまで挑み続けて、少しずつダメージを積んで倒すか……?
今のシールは手負いなのだ。
気合いでその生命力を凌駕できるんじゃ……。
「そなた……なぜ妾のことを無視するのじゃ?」
「無視っていうか」
水の精霊が不服そうに詰る。
「悪いけど、これはあんたが期待するような情事とは別の問題だ。シールをどう倒すか、それを考える方がよっぽどまともな作戦だと思う」
「先ほどげぇむの中では、そなたもあの娘の心に取り入ろうと策を巡らせていたではあらぬか?」
「なんでそれを知ってるんだよっ!」
心を見透かされた気分になって慌てる。
「ほほ。妾はそなたの一部じゃ。その心の機微、私欲、情動……すべて手に取るようにわかる」
「マジで!? 嫌だなそれ!」
「妾だけではあらぬ。他の精霊たちも、また〝あの男〟も同じように、そなたの心は丸見えじゃ。ゆえに隠し事など無駄というものぞ。観念して妾の提案に乗るのじゃ、この青二才」
「……」
え……。
これまさか『パンテオン・リベンジェス・オンライ』をプレイしている限り、ずっとこんな感じで老輩どもに指示され続けるのか?
手助けしないってプリマも言ってたよな?
あれは何のルールだったんだ?
しかも心の中まで見透かされているなんて、小恥ずかしくて死にたい。
「何を照れておる。我らとそなたの仲じゃ。同郷の氏族に文机の中のらぶれたぁや黒歴史のぉとを見られた程度のことよな。隠れたるより現るるはなしじゃ。さぁこの恋愛げぇむ、攻略にはこの娘の想いをまず――」
「いつからパンテオンは恋愛ゲームになった!」
アンダインは肌をすり寄せ、手を伸ばした。
俺は抵抗してコントローラーを遠ざけた。
「やめろ! あんたに何がわかる!?」
「わかるぞ。そなたが抱く特別な感情、この娘と悠久のときを共に過ごしたゆえの賜物じゃ。その積年の想いを打ち明けるときが来たのじゃ。照れることはない」
「違……っ!」
きっとリリスやアンダインの言うように、俺は自分の感情に蓋をしていただけかもしれない。
人間兵器だから感情は持ち合わせてない、と。
それが間違いだったとしても、もう手遅れだ。
「今の俺はシールが好きだった男じゃない。あいつはソードという剣の勇者に想いを寄せていたんだ。その体から切り離された俺は、シールにとって何者でもない、見かけたら即射撃して殺すようなモブだ!」
そう訴えると、アンダインは目を丸くして、少しすると愉快そうに笑い出した。
「くくく。そんなことで悩んでおったのか、おぬし。本当に青二才なのじゃな?」
「なんだと! 事実だろ」
「いいや。履き違えておる。そなたは本当の愛というものを理解しておらぬ。外面に囚われているようじゃ、まだまだよ」
アンダインがゲームモニターに目配せした。
そこでは土手っ腹に大穴が開いた黒い魔物と、それを撃ち殺した青い髪の女が対立している。
「外見などただの飾りじゃ。女が心底から男に惚れるとき、その中身――魂を見ておる。そなたがこの娘のことを真に理解しているのなら、それくらい解っているじゃろう?」
「……」
アンダインが目を細め、俺を見定めた。
その挑発的な視線に俺もはっとなる。
シールは……どうだろう。
俺に向けてきた感情は、剣の勇者ソードに対する憧れからくるものだっただろうか。
俺が、剣の勇者だから惚れていただろうか?
〝私があなたの目になるから。二人で走りきるよ!〟
現代で最初に再会したときを思い出す。
あれはアーセナルドッグ・レーシングの最終レース中だった。ミクラゲの罠に嵌まった俺を水中から引っ張り出して助けてくれた。
その振る舞いは、情けないパートナーに世話を焼く姉のようなものだった。
〝ソード、変な気は起こさないでよね〟
〝瘴化汚染が起きないように聖堂教会も監視してるから、ソードが何かする必要はないからね〟
俺がラクトール村を発つとき、王都でまた怪しい事件に首を突っ込まないよう忠告もくれた。
シールはいつも俺を気遣っていた。
頑張らなくていいと優しい声もかけてくれた。
そして結局変な事件に首を突っ込む俺に、嫌な顔一つせず付き合ってくれた。
そこに愛情がないわけないじゃないか。
もし人間兵器が一切の感情を持たない存在だとしたら、合理的な判断の下、俺のような同胞などすぐ見限って、もっと効率的に脅威を刈り取っていたことだろう。
あのロアのように……。
ロアは俺をあっさり置いていった。
あいつは合理主義者だ。
シールとロアはまるで違う。
同じような青い色の髪をしていることが奇妙だが――いや、もしかしてロアの父親が俺だと知らされたようにロアの母親も……まぁそういうことなのかもしれないが、今はそれは考えないようにしておく。
とにかくシールの感情は本物だった。
剣の勇者だからと俺に惚れていたんじゃない。
〝ソードは忘れちゃってるかもしれないけどさ、私たち、昔は人間の真似事をして、夫婦みたいに生活してた頃もあったんだよ〟
〝私、あのシーリッツの孤海の島での暮らし、好きだったな〟
ゲームを始めてから不思議なことを言われた。
それは勇者の運命とは拮抗する願望だ。
憑依になる前、シールがはにかんだ顔で思い浮かべていた過去は――。
〝ソードと二人で生活するのがってこと〟
そんな戦いとは無縁のひとときの平穏。
あいつは俺と過ごす毎日を願っていた。
戦いに明け暮れる日々なんて求めていない。
だからだろうか――。
〝ねぇ、これは特に深い意味はないんだけど〟
ゲームモニターに映るシールの顔は、苦痛に満ちているように見える。
喘鳴とともに悶えていた理由は、シールの本当の気持ちと、憑依として戦いに興じる自らの行動とで矛盾に苛まれているからだ。
〝今ここで、抱きしめてくれない?〟
あのときの俺は、ちゃんとその願いを理解していなかった。
よそよそしく、人の真似事に付き合わされただけだと、ぎこちない抱擁を返した。
〝なんだか、こういう日が続けばいいなって、思っちゃった〟
ごめん……。俺が未熟だった。
今のシールは自家撞着に苦しんでいる。
それを助けられるのは、あいつの気持ちに触れてきた俺だけだ。過去の存在である憑依のソードに、それができるはずはなかった。
シールの願いは『150話 人の真似事』にて。
次回更新は2021/9/9(木)17:00です。




