表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
人間兵器、自由を願う  作者: 胡麻かるび
第3章「人間兵器、本質を探る」
211/249

207話 青との遭遇


「さて――」


 ロアはそう言うと、リンピアを抱きかかえた。


「では、俺たちは先を急ぐ。メンテナンスが明ける前にはケアの正体を暴いておきたいのでね」

「メンテナンス……。そういえば今って『パンテオン』はメンテ中だったか」


 思えば、他のプレイヤーを一切見かけない。

 俺たちが魔族排球に挑むタイミングでメンテナンスに突入していたことを思い出した。


「それが何か関係あんのか?」

「俺の仮説が正しければ、とあるプレイヤーが所有するアイテムに、ケアがこの世界で為し得ようとした目的のすべてが詰まっている。魔王が消え、剣の勇者も手中に収めた今、それを奪い返すのではないか、とな」

「アイテム……? 誰のことだ?」

「些か話しすぎた。これ以上は無用な会話だ。――あんたは気をつけることだ。プレイヤーは何も考えずに魔物を殺す。彼らはゲーム感覚であんたを殺すだろう」


 ロアはそれだけ言い残し、跳びあがった。

 林道に犇めく木々を飛び越えていく。


「あ……! おい!」


 マジで行ってしまった。

 俺を連れていくでも、ヴェノムを助けにいくでもない。さっき言っていたクレアティオ・エクシィーロという古代都市に向かったのだろう。

 アガスティアの大樹の記録を覗き見に――。


「くそ~! 俺は用済みかよっ!」


 頼られる立場じゃないから仕方ないか。

 幸いにもロアは明け透けに情報を出した。

 俺が無力な子どもだと思って、自慢の推理を披露したんだろう。


「行くしかないか……!」


 無謀だとしても、ヴェノムの許に向かおう。

 俺はロアとは違う。

 仲間が闇堕ちするのをこれ以上見たくない。





 メイガスとアーチェが向かった方向へ走る。

 ゲームの林道といっても、細部まで表現されていて、俺はその世界のNPCなのだから、普通に木々が進行を妨げてきた。


「五感も当てにならないな……」


 耳を澄ませても何も聞こえてこない。

 メイガスとアーチェが、ヴェノムに追いついたかどうかわからない。


 しかも、だんだん自分がどこに進んでいるのかわからなくなってくる。


 アシもないし、自前の体力も怪しいところだ。

 このままメンテナンスが終わって通常のプレイヤーがログインし直してきたらどうなるだろう。


 今の俺はモブのような見た目をしている。

 ロアの言うように問答無用で倒されるだろう。

 魔王の【耐性】という性質があるから、倒されれば倒されるほど硬くはなる。……が、プレイヤーと戦う意味はない。


 時間もないし、移動手段もない。

 にっちもさっちも行かないじゃないか。


「どうする……」


 ふと頭上を見上げる――。

 木々の切れ目から覗く空は、一筋の飛行機雲のようなものが走っているのが見えた。


 あれは……。


 プレイヤーはまだログインできないはずだ。

 もし空を飛ぶ存在がいるとしたら、この状況でも意思を持って自由に動ける存在。つまり、人間兵器しかいない。


「シールか」


 もしシールが単独で、ロアかヴェノムのどちらかを追っているとしたら、あの飛行機雲は道標になる。


 しかも、どうやら高度をどんどん下げているのか、その飛行物体の影は大きくなっているように思う。


 追いかけるぞ……!

 メイガス・アーチェコンビは見失ったが、シールが出す飛行機雲なら追いかけられる。





 追いかけると、思いの外、すぐ追いついた。

 シールが残した飛行機雲の痕跡を辿ると、林道の間の拓けた空間で、シールを発見した。


 真ん中に大岩があって、そこに背を預けながら武装を解いたシールが息を荒げ、休憩している。


 もしかして、疲れたのか?


「ハァ……ハァ……アアァァ……アア」


 俺は木陰からその様子を観察していた。

 なんであいつ、あんなに苦しそうなんだ?

 青い長髪は力なく垂れ、目元は黒いバイザーに覆われて見ることできない。


 今、どんな目をしているんだろうか。


 ソードからコピーした【狂戦士】は解除されているのに、身に纏うコンバットスーツのところどころには粘り気のある黒いドロドロが付着して、それが黒い湯気を立てていた。


「ウ……ウウゥゥ……アアア……」


 シールがさらに呻り、小刻みに震えている。

 よく見ると、服も切れ込みが入っていて、満身創痍な様子が窺えた。


 ロアの所業だろうか……?

 それとも、魔素の使いすぎによる消耗?

 あるいはその両方かもしれない。


「……」



 ――これは、勝てるのでは?



 そんな野心が湧く。

 ソードとしての感覚でいえば、きっと何も考えず戦いに挑み、組み伏せていたことだろう。


 でも、ちょっと冷静になろう……。

 シールが単騎でそこにいて、さらには深手を負っている今は絶好のチャンス。逃す手はない。

 非力な俺がシールに勝つ方法があるとしたら、知恵を絞ることだ。


 満身創痍でもあいつは強いからな。

 だからこそ今が正念場――。


 一方で、俺はシールを倒すことを望んでない。

 憑依(ヨリマシ)から解放してやりたいだけだ。

 その方法は……?


 憑依から解放してやる方法で思いつくのは、パペットにやった方法。


 ――【狂剣舞】による、魔素喰い。


 でも、もうアレは使えない。

 あくまでアレは【狂剣士】を乗り越えたソードの力だからだ。あの力で魔素ごと喰らう荒療治が一番手っ取り早いんだが……。


 力技じゃなくても、もう一つある。

 アーチェにやった方法だ。

 簡単に言えば、情に(・・)訴えかけること。

 アーチェが憑依(ヨリマシ)の精神支配から脱却できたのは、メイガスという心の拠り所に会えるかもしれないと希望を持てたことだ。


 あの方法で、シールも……。


 それにはシールが憑依(ヨリマシ)に堕ちてしまった原因を考える必要がある。

 あいつが闇堕ちした原因は……?


 そもそも人間兵器に情なんてないはずだ。

 感情を持たない兵器として生まれたんだ。情に訴えかけるなんて馬鹿げてる。

 だから――。



 〝シールとは良きパートナーだ。こと戦闘においては剣と盾で相性がいいからな〟


 〝わぁ……。女心をわかってなさすぎて引く〟



 ふとリリスに言われた言葉を思い出した。



 〝――なんだかソードさんの物言いは、まるでそれに気づかないフリしているみたいに聞こえるわ〟


 〝素直に自分自身が思ったことを受け止めていくといいよ。つらいときに、それが頑張る糧になるはずだわよ〟



 つらいときに、それが頑張る糧になる……。

 なんだろう。あのときのリリスの言葉が今の俺に、見事に突き刺さる。


 シールが憑依(ヨリマシ)と化したのは、俺が感情を受け入れなかったから、なのか?


 でも、今の俺に何ができる……?

 原因に気づけたとして、もう俺はシールが想いを向けていたソードじゃない。その俺がシールの感情に寄り添う方法なんて――。



「……!」


 突然、殺気が充満した。

 背筋が凍りつくような感覚に襲われる。


 ――刹那、空気を切り裂く銃声。


 シールが俺を見ていた。

 唇を噛み締め、その慟哭が目元のバイザーでは隠しきれず、まざまざと俺に怒りを向けていた。

 その腕には大型の狙撃銃が抱えられている。


「あ……」


 気づいたときには体が弾け飛んでいる。

 無惨に胴体に大穴が開き、体を構成していた黒い魔力は後方に吹き飛んでいた。


「フー……フー……。魔物、カ……」


 シールは力尽きる俺を見て、そう呟いた。


 ほら見ろ。

 あいつにとっての俺はもう何でもない存在だ。

 ソード本人も憑依になってしまったし、もうシールを救い出す方法はないんじゃないか……?





 漆黒の空間に呼び戻される。

 あのゲーミングルームだ。

 目の前のモニターには、林の中の空間で、胴体が吹き飛んだ俺と、狙撃銃を構えるシールが映った状態で停まっていた。


「……」


 何度目だろう。

 もう一度、コントローラーを握ってシールに挑むことは簡単だ。ボタンを連打すればいい。

 でも、どうしてか指が動かない。

 単純に倒すことだけを考えるなら何度だって挑戦するだろう。でも、今の俺はさらに難易度の高いことを考えている。


 どうやってシールを(ほだ)すか――。



「お困りのようじゃのぅ」



 聞き慣れた声が投げかけられる。

 プリマローズの声だ。

 そういえば、ここには愛の伝道師がいる。


 シールとのことを相談するか……?


 いやぁ、それはちょっと遠慮したい。

 暴走機関じみたプリマの助言なんて、あてにならなさそうだし。憎まれ口でも叩こうかと後ろを振り向く――。


「え……?」


 そこにいたのはプリマローズではなかった。

 ピンク髪の少女の姿を想像して振り向いたが、そこにいたのは青い髪に青い肌、全身水のように透き通った不思議な魔生物のお姉さんがいた。


 グラマラスな見た目で妖艶な雰囲気だ。


「ど、どちらさん?」

「およよ……。妾のことを忘れたとは……。なんと哀しき運命ぞ……」

「知るかよっ。人間兵器はみんな記憶障害だ!」

「わかっておったが……斯くもあっさり事実を突きつけられると寂寥に駆られて身も心も凍りつきそうじゃ……ああ~」


 魔生物のお姉さんは水面のような艶めかしい肌をパキパキと凍らせ始めた。


「待て待て! 登場してすぐ死ぬなっ!」

「ほほほ。冗談じゃ」


 すぐ凍り付く体を水に戻し、屈託なく笑うお姉さんの姿にプリマローズの面影を感じた。


「……もしかして、おまえ……精霊か?」

「左様。さすがは聡明叡知を極めし稀代の魔術師の末裔じゃ。察しがいいのう」

「だってなんか、プリマローズに似てるし」


 リンピアが説明していた。

 数千年前から始まった魔王封印の儀式は、厄災の元凶だった『災禍の化身』を精霊に融合させて魔王を誕生させ、それに七人の勇者たちを戦わせることで編み出した。


 原型となった精霊たちがプリマローズと似ていても不思議じゃない。――というか、精霊たちと『災禍の化身』の人格が溶け合って魔王が誕生したのだ。


 ここにいるのはそのオリジナルの一人だろう。


「妾は水の精霊アンダインじゃ。そなたの悩みは恋愛絡みとみた。人間たちに〝らぶ〟を伝え、後代に血を継ぐ愛の育み方を伝授したのも妾の功績なのじゃ。――そんな愛の伝道師と名高い妾が適任と見て表層に出てきたというわけじゃ。妾が直々に、そなたの恋路を応援しようぞ。ふふふ」


 淫蕩な目を向けるアンダイン。

 俺は言葉を失う。


「えーっと……手助けしないんじゃないのか?」

「げぇむの手伝いはせぬ。妾がするのはそなたと愛を語らうだけじゃ。るぅる違反にはならぬじゃろう」

「ええ……」


 もしかしたらプリマローズ以上に厄介なやつが現れたかもしれない。


 いや、プリマローズが拗らせていた愛情の原型がこの精霊にあるとしたら、その根源。

 耳を傾けたらヤバいんじゃないのか……?


次回更新は2021/9/8(水)17:00です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ