21話 迫害のセイレーンⅠ
その塔は、近づいても輪郭が分かりにくかった。
何かしらの魔術で加工しているのだろう。
塔はそれほど大きくないが、人が一人住むのにはちょうどいい程度のサイズだ。
「なんだか、この辺だけ涼しいですね」
「きっと塔自体が氷の魔法でできた構造物だ。そこに魔術を重ねがけして普通の人間に見えづらくさせてる。秘密基地みたいなもんか」
海岸に塔があるなんて、まるで灯台のようだ。
昔は灯台なんてなかった気がする。
この塔の主は、何の目的で、こんな所に建てたのだろう。
さっきサメから俺を助けようとしたのも何故だ?
「たのもう!」
俺は塔の入り口と思しき場所を叩いた。
ぶ厚い氷でできていて音は鳴らなかった。
しかし、中の人物は俺が来たことに気づいたようで、入り口の戸を開けることはなかったが、変わりに不可視の魔術を解いた。
目の前に、はっきりと氷の塔が出現する。
壁が透過して中身が見えた。
――内部に椅子のような氷の彫刻に座る青い肌の人物がいた。
「ごきげんよう。よく塔にお気づきになりました」
その人物は、脚が水のように溶けて、くっついている。
まるで魚の尾びれのように。
精霊のセイレーン族だ。
「セイレーンか。アンタ、さっきサメに攻撃してたな?」
「あら? そこまでお気づきなんて。目が良いのですわね」
上流階級の貴婦人のような振舞いだ。
笑い方も上品だった。
「ふふ。長年、人々が手を焼いていたクシャーケーンをあっさり倒してしまうんですもの。それは只者ではありませんわよね」
「クシャーケーン?」
「先ほど貴方が斃したアークヴィランですわ。
アークヴィラン45号『クシャーケーン』。
見た目はサメとイカの融合体で、両者の性質を備えています。おまけに【潜水】という能力を使い、海だけでなく浜や地面、鋼鉄の大地ですら潜伏できるので、どこまでも泳いでいきます」
シズクが興奮して鼻息荒く反応した。
「もしかしてっ、あれがクラーケンとサメのキメラがハリケーンに乗って暴れるB級映画のモデルになったアークヴィランですか」
「……お嬢さん、なかなか通ですわね」
「もちろん全シリーズ観てます」
一体、何の会話をしているんだ。
ていうか、アークヴィランって娯楽のネタにもされてるのか。
まぁいい。能力は【潜水】か。
【超新星】より使えそうで安心した。
あんな雑魚、他の人間兵器が先に倒しててもいいもんだけど。
ひとまず自己紹介することにした。
「支援ありがとな。俺の名前はソードだ」
「わたくしはエレノアと申します」
「シズクです」
三人で軽く自己紹介を済ませた。
さっそく本題に入る。
「セイレーンがなんでこんな場所にいる?」
セイレーンは伝承の通り、海に棲むのが定番だ。
彼女たちの歌声には魔力があり、船員に催眠をかけて船を落とし、乗組員や積み荷を略奪して糧とする。
わざわざ海岸に根城を作って暮らすなんて聞いたことがない。
それもアークヴィランの影響だろうか。
「複雑な事情があるのです」
エレノアは悟った表情で遠くを眺めた。
「ここから南に行くとシーポートという街があります」
「シーポートといえば港町ですね?」
「ええ。シーポートは貿易港という特性から、いろんな種族が暮らしていますわ。わたくしのようなセイレーンも、少数ですが……」
エレノアは悲しむように言葉を濁した。
俺は違和感を覚えた。
「セイレーンが街に暮らす? ますます分からねえ。アンタらは元々、海の魔物だろう。精霊族だし、人間と共存なんて変な話だ」
「ああ。なんと懐かしい話ですわね」
それは昔話だとエレノアは否定する。
5000年経った今では事情が違うようだ。
「すべてはアークヴィランの襲来のせい。アレの出現は、わたくしたち精霊族にも厄災をもたらしました――」
ふと、プリマローズの言葉を思い出した。
アークヴィランについて教えられたときの事だ。
"妾のような魔族は、この星の魔力から生まれた突然変異体のようなもの。云うなれば、自然界の申し子。侵略者であるアークヴィランにとって、いの一番に排除する対象だったのじゃろう"
"アレは妾のような自然界に近しい土着生物に対し、敏感に反応して襲いかかる。魔族、神族、精霊族、妖精族などな"
なるほど。
精霊族のセイレーンにもアークヴィランは天敵なんだ。
「海にも多種多様のアークヴィランがいて危険なのです」
「人間社会に溶け込むしか生きる術がなかった、と?」
「その通りです。ただ、先代の悪事が原因でわたくしたちは蔑まれ、迫害されています。街での人間からの偏見と侮蔑は日常茶飯事で」
プリマローズと一緒だった。
古代で"悪者"だった種族は、アークヴィランという新種の悪性生物によって生き辛い時代となっていた。
シズクは視線を逸らして聞いていた。
同じ人間として申し訳なくなったのだろうか。
思っていたより人間が絡んだ複雑な事情がありそうだった。