205話 気づいた性質
9月以降は3章完結まで平日17:00に連続更新します。
飛び出したはいいが、どうすれば……。
メイガスは無謀にも立ち塞がる俺を不思議そうに見ている。
「メイガス……」
「キミは? 僕を知ってる……?」
ソードやシールのように〝闇落ち戦士〟って出で立ちじゃないのに、その濃紺の瞳が心の底を見透かしてきそうで、すごい殺気だ。
何か武器を出さないと――。
震える手をやや上げてみるが、ソードだったときのように【抜刃】が使えるわけじゃない。
プリマローズの体の一部だと聞いているが、あいつがやっていたみたいに『紅き薔薇の棘』という紅蓮の剣を呼び出せるわけでもなかった。
「邪魔だから退いてよ」
メイガスがそう言うと、俺のことなど蹴り飛ばすつもりなのか、平然と歩いて向かってきた。
その先にはリンピアがいる。
「ダメだ! 行かせない!」
メイガスの腰にしがみつき、足を止めさせる。
「……なんだろう、この魔物。厄介なNPCではないし、一捻りで殺せるけれど、理由もわからず守護者を守ろうとする動きそのものが気色悪い」
メイガスは早口で俺を罵倒した。
「でも、その前に――」
俺を殺すことより、そこからでも魔術の届く範囲にいるリンピアを仕留めることを優先したようだ。
また手を翳して濃紺色の魔力を滾らせている。
何か魔素を行使するつもりだ。
「させるかっ……」
メイガスの体をよじ登り、その目を両手で塞ぐ。
ひどく幼稚な魔術の防ぎ方だ。
視界さえ遮ってしまえば、魔法はその目標を失って正確に放てなくなる。
「虫唾が走る」
メイガスはそれだけ囁くと、指をパチンと弾いて基礎魔術を使った。
アイスドロップだ。
鋭利な氷の結晶が、俺の喉元に出現して、間髪入れずに差し込まれる。
ずぶ――。
平たい氷が俺の首を切断した。
モニターを切るようにぶちんと視界が切れた。
◆
「――ッ!」
がばりと起きあがる。
コントローラーを握りしめた状態で、喉から滝のような汗が流れていく。
「もう来たか。よっぽど妾が恋しいらしいのぅ」
「プリマローズ……?」
「そうじゃ。そなたの最愛の女じゃ」
「それは違うだろ」
隣にはプリマローズが立っている。
さっき俺がゲームを始めたときの姿勢のままだ。
「なんとなくわかってきた。これ、すごい没入感のあるゲームなんだな?」
「最初からそうじゃと言ってるじゃろう」
「でも、おまえは死んだんだな?」
「……それも否定せぬ」
「どういうことなんだ? 俺は死んでもこうやってやり直せるみたいだが、なのにおまえは――」
俺はプリマローズの姿を今一度吟味した。
特に異変はない。
ジャージ姿にピンクの長い巻き髪。
白い二本の角と猫目のような瞳孔の赤い瞳。
プリマローズ・プリマローズだ。
「妾は余計なヒントを出せぬ。それがルールじゃ」
「そのルールはどこで決まったことだ? この空間は一体どこなんだ?」
「……」
俺が矢継ぎ早に質問するのに、プリマローズは困ったように目を瞑った。
「ゲームを攻略しろ。女神を倒すのじゃ」
「もちろんだ。それでプリマは生き返……」
また質問しようとしたとき、プリマローズは俺を送り出すためにコントローラーを勝手にいじってボタンを連打した。
◆
また復活した。
メイガスの背中にしがみついた状態で。
「うわ!?」
急に俺が復活したことでメイガスも驚いていた。
俺は無我夢中でメイガスにしがみついて、両目を塞いだ。
メイガスは触覚で俺がどこにいるのか感じているようで、またしてもアイスドロップで俺の首を切断しようと指を弾いた。
「邪魔だよ」
パチン――。指の音が響く。
俺はまた死を覚悟した。
もしかしてこれ、メイガスが諦めるまで永遠と死とリプレイを繰り返すことになるのだろうか。
そう思ったが――。
「う……?」
喉元にアイスドロップが差し込まれたと思った。
だが、俺の喉でその氷の刃は停まっている。
刺さらない……!
「あれ? なんで?」
メイガスは困惑している。
俺も戸惑ったが、メイガスが驚いている姿が見られて逆に冷静になった。
効かないならちょうどいい!
「いててててててっ」
幼稚な攻撃だが、メイガスの長い銀髪を思い切り引っ張ってやった。
傍から見たら大人と子どものじゃれ合いに見えたことだろう。だがこっちは必死だ。
「こんのっ……!」
メイガスは今までの落ち着き払った声から、少し怒気を帯びた声に変わっていた。
俺を背負い投げで地面に投げ飛ばした。
それだけで物凄く激痛が襲う。
氷の刃が効かなかったから、もしかして体が強くなったのかと思ったが、普通に痛かった。
「なんだこの魔物!? 気味が悪いなっ!」
メイガスはリンピアへの攻撃をすっかり忘れているのか、俺に怒りの矛先を向けている。
また手を翳すと、指をパチンと弾いた。
ぶわり――。
俺の体で炎が燃え盛る。
「ガ……ッ! アアアアアアアア!?」
熱い。
普通に熱い。
死ぬほどの灼熱を体感する。
熱いし痛いしジリジリと体が爛れていく焼灼痛の中で、俺は死んだ。
◆
「はっ……!」
滝のような汗が零れる。
死んでない。俺は自分自身の体に戻った。
「おい、これ――」
「怖くないんじゃろう?」
悪魔めいたプリマローズの問いかけが、耳元で聞こえてくる。言いながらプリマローズはまた強引にコントローラーのボタンを勝手に連打してきた。
◆
「ハァ、ハァ、ハァ!」
起き上がり、体が何ともないことを確かめる。
また魔物の少年の体――。
「……」
すぐそこでメイガスが目を剥いている。
俺が何度殺しても復活してくることに驚いているようだ。
俺は、このゲーム世界において死ぬことはない。
モブだから何度でも復活できるんだ。
普通のプレイヤーだってアバターが死んだところで、また簡単に復活できる。
きっとそれと同じなんだ。
代わりに死ぬような痛みを味わうが……。
「どうして! どうしてだ! ――」
パチンとまた指を鳴らすメイガス。
今度もまた炎魔術だった。
基本のファイア。
だが、さっきはそれで簡単に燃え上がって焼死した俺は、メイガスが放つファイアを受けても何も感じなかった。
「……」
唖然とメイガスが俺を見ている。
驚きは怒りに変わり、不信感は焦りを生む。
「なんで効かなくなった!? なんだキミは!」
メイガスは取り乱して俺に何度もファイアをぶつけてきた。しかし、俺の体は燃えない。
俺自身も痛みをまるで感じない。
「これ……」
考えられることは一つだ。
一度受けた攻撃は、復活後に効かなくなる。
簡単に言えば【耐性】……?
「あ」
プリマローズのヒントを思い出した。
〝おぬしの新しい体は妾の一部でできている〟
プリマローズの体。
魔王の体の一部ということ。
待てよ。そういえば、人間兵器たちが魔王を倒すときどうやって攻略していた……?
アガスティア・ボルガによって記憶されている勇者全盛時代の七回目、八回目の冒険を思い返す。
――魔王プリマローズは、物理攻撃を当てると物理攻撃耐性が高まり、魔法攻撃を当てると魔法攻撃耐性が高まる。
攻撃を重ねるうちに、いずれほとんどダメージが通らなくなるのだ。
「今の俺は、その性質を……」
ガチガチに耐性が重なったプリマローズを元に戻す手段は〝回復魔法〟しかない。
回復されるとステータスが初期化されるのだ。
だが、人間兵器で治癒術士はただ一人。
人間兵器五号――ケアだ。
あいつから回復魔法を受けないかぎり、俺が得た
【耐性】は消えない。
そしてこの世界はゲームだから、死なない。
「消えろぉお!」
メイガスの焦りの声が耳朶を叩く。
同時に、俺は炎属性の大魔術で吹き飛ばされた。
爆発四散して体は崩壊する。
間違いなく、死んだ。
ぶつんとモニターを切るように視界が暗転する。
消えゆく意識の中、俺はようやくこの〝ゲーム〟の攻略方法に気づいた。
俺はまた別の方法で無敵になった。
いや、これから無敵になるんだ。
死に物狂いで。
魔王の攻略方法については『6話 魔王退治RTAⅡ(タイム邸)』にてソードが語っています。
次回更新は2021/9/6(月)17:00です




