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人間兵器、自由を願う  作者: 胡麻かるび
第3章「人間兵器、本質を探る」
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204話 決死の逃走劇Ⅴ


 アーセナル・マギアは火球(ファイアボール)の衝撃で蛇行して、車体が大きく傾いた。


「イヤァァァアアアアアッ!?」


 リリスが絶叫を上げてヴェノムにしがみつく。

 ヴェノムが首を絞められながらもハンドルを握るが、車体のバランスを維持することはできず――。


「チッ……! 嬢ちゃん、すまねぇ……!」


 ヴェノムは後ろに目配せしてそう言った。

 眠りにつくリンピアに謝ったようだ。

 そしてリリスを抱きかかえると、運転席の窓から身を乗り出す。


「小僧、跳べ! 横転するぞ!」

「でもリンピアは!?」

「他人の心配してる場合かよ! その嬢ちゃんは存外頑丈だ。おまえの方がやべぇだろ」


 ヴェノムはそう言うと、リリスを小脇に抱えて凄まじい跳躍力でアーセナル・マギアを放棄した。


 マジか……。

 リンピアを一瞥する。

 頑丈って言ったって、放ってはおけない。


「くそ……!」


 傾いていく荷台でリンピアを肩に担ぐ。

 背丈が小さくなった分、担いだつもりでもただ腕を肩にかけさせる程度にしかならなかった。


「んんんんんっ! ――っらぁ!」


 ほぼ垂直になった荷台を精一杯蹴って跳んだ。

 しかし、頭で考えている動きと今の俺の運動能力がかけ離れすぎていて、全然跳べずじまいで。


「わぁあああっ!」


 俺とリンピアは横転する車体から投げ出される。


 本当に無力なガキみたいだ。

 でも、せめて――。

 瞬発的にリンピアの頭を包むように守って、空中に投げ出された。


 車体は横滑りして木々にぶつかり、大きくひしゃげるとブロック状の細片に分裂して消えた。

 俺は投げ出された拍子に木に背中を強打した。

 その前からリンピアが押しつけるように俺にぶつかる。


 二人して木の根元に滑り落ちて、なんとか事なきを得た。


「……っ」


 いや、事なきは得ていない。

 背中の痛みが凄まじい。

 目の前では膝の上で眠りこけるリンピア。いつまで寝てるんだろう、この女は……。


「いてぇ……」


 自分の腕があらぬ方向に捻じ曲がっていた。

 この魔物の生命力がどんなものかわからないが、もう再起不能なんじゃなかろうか……?

 ソードのような人間兵器とは訳が違うんだ。



 ――ぞわり。


 ふと背筋に悪寒が走る。


 目の前を見ると、めらめらと濃紺色のオーラを滾らせた男が優雅に歩いてきた。

 その男は事もなげに腕を翳している。

 メイガスだ……!


「やば……」


 咄嗟に俺は、眠りこけるリンピアを片腕と膝の力で横に放り投げた。


 直後、メイガスは翳した手をぎゅっと握った。

 その造作もない静かな動作。

 それだけでメイガスの全身に滾っていた濃紺の魔力がぐっと凝集した。そして――。


「ギ――――ッ」


 上から巨大な壁でも降ってきたのかと思った。

 胴体は可動域を超えて無理にねじ曲げられ、ぺちゃんこになるまで押し潰される。


 その不快な感触と扁平になる視界……。

 意識が地中に押し込まれるように途切れた。

 そしてモニターを切ったかのように、視界はぶつんと消えた。





「――ハッ」


 気づいたときには真っ暗な空間にいた。


「ハァ……ハァ……」


 ……夢? まさか?

 不安になって手のひらを見る。

 そこには大人の手がある。

 どうやら俺は今、真っ暗な空間で胡坐を掻いて座っているようだ。


 腕の筋肉。長くしなやかな脚部。浅黒い肌。

 間違いない。ソードの体だ。


「え、マジで夢だったのか……?」


 もしそうなら生々しい悪夢だった。

 でも夢だとしたら、どこから……?


 ケアが裏切ったところから?

 それとも魔王城に向かったとき?

 いや、ゲーム世界に入ったときから――。

 

「……!?」


 気づいたら、胡坐を掻いた足の間に、ゲームのコントローラーが転がっていた。

 目の前にはモニターも。

 そこには


 『 ‐GAME OVER‐

  Try again? Press any button.』


 という文字が。



「え……?」



「――クハハハ! 残念だったのぅ!」



「は? え……?」


 聞き覚えのある金切り声に困惑して振り向く。

 真後ろにピンクの髪の女が仁王立ちしていた。

 しかも、いつものジャージ姿で。


「プリマローズ!?」

「なんじゃその超絶美少女魔王に一目惚れして思わず土下座で付き合ってと言う寸前のような顔は?」

「どんなピンポイントな顔だよ!」

「違うのか?」

「ちげぇよ!」


 いつも通りのプリマローズで混乱する。

 おまえ、死んだんじゃなかったのか……?


「さて、冗談半分はさておきじゃな――」

「半分は本気か!」

「本気だったらいいのぅという妾の願いじゃ。――なに、死人の願い事くらい多少付き合ってくれてもよかろう?」

「む……」


 やっぱり死んでるんだ。

 じゃあ、ここは死後の世界か?

 俺も死んだから、プリマローズと同じ世界に辿り着いたってことだろうか。


 このゲームコントーラーとモニターは、まさかこの悪逆魔王の接待用に用意されたゲーム?


 地獄だ……。

 生前は善行を積んだつもりだったのだが。


「何を早とちりしておる知らんがの……」


 プリマローズはピンクの巻き髪を手で払って、肩に流した。


「――おぬし、なにを本気になっておるのだ?」

「あぁん?」

「さっきのヴェノムや淫売魔族、守護者の女と逃げていたときの話じゃ」

「……」


 それは、俺が死ぬ直前の話だ。

 プリマローズは、俺が少年の姿であそこに舞い戻ったときから林道までの逃走劇の一幕まで、すべて見ていたのか。


「ほれほれ、もう一度さっさと挑まぬか」


 プリマローズは俺の股間をまさぐると、コントローラーを拾い上げて俺に渡してきた。

 渡すついでにボタンを適当に押してきた。

 すると、黒くて『GAME OVER』と表示されていたモニターが明るくなり、さっきヴェノムがマギアを走らせていた林道が描写されたゲーム画面が表示される。


 視界の奥に、メイガスもいた。

 一時停止した状態で止まり、その世界では俺だった魔物少年がぺちゃんこになって死んで、ふざけた天使の輪とともに『You're dead』の文字が。


「こいつは……一体……?」

「おぬし、〝怖くない〟と言ってたではないか」

「いや……ちょっと待て。混乱してるんだ」

「いいから、ゲームはとことん遊び尽くすもんじゃぞっ」


 プリマローズは、にこりと愛嬌全開で微笑んだ。

 意味がわからず困り顔を向けていると、


「ったく。ここからは一人じゃと言ったのに……。仕方ない。ほんのちょっと攻略ヒントを出そうぞ」


 真剣な顔に戻り、座っている俺の隣に立つプリマローズ。


「お、おう……?」

「おぬしの新しい体は妾の一部でできている」

「この黒い魔物か?」

「そうじゃ。……それがヒントじゃ」

「だからなんだ!?」

「これ以上はダメじゃ。どれだけおぬしが妾を誑かそうとルールはルールじゃ」


 そう言うと、プリマローズはコントローラーを握る俺の手を上から包み込んできて、無理矢理ボタンを押させてきた。


「――安心せい。妾の愛剣と血肉じゃぞ」


 やけに優しい声でプリマローズは耳元で囁いた。

 直後、モニターの光が強まり、視界は真っ白に包まれる。





「ぁ……!?」


 気づくとあの林道にいた。

 手足は漆黒のオーラが漂っている。

 あの魔物少年の体に戻った……?


 しかも、五体満足だ。

 俺は木に背をもたれかけたままで、前からはメイガスが歩いて近づいてきていた。


「……おや? 復活した?」


 メイガスが困惑しながら俺を見ていた。


「おかしいな。僕の【永久歪み(パンタレイ)】で確実にぺちゃんこにしたはずなのにな?」


 メイガスは俺を不審そうに見ている。

 時間が巻き戻ったわけじゃなさそうだ。

 ということは、メイガスが重力で俺を捻り潰した直後には復活を果たしたということか。


 しかも、さっきのプリマローズの言葉――。



 〝おぬし、なにを本気になっておるのだ?〟



「そうか……」


 これはゲームの世界だった。

 俺はまるで現実世界のことのように、必死に生き残ることばかり考えていた。


 ソードとして『パンテオン・リベンジェス・オンライン』に閉じ込められたときは、一応そのリスク管理もしていた。

 ゲームで死んだらどうなるか不安だったからだ。

 でも、そもそもソードが強すぎて死ぬリスクは少なかったし、仲間やプリマローズを助け出そうと夢中になるうち、この世界の本質を忘れていた。


 今の俺はゲームキャラクターの一匹なんだ。

 一介のモブで、その性質はNPCと変わらない。


 その命は、あまりにも軽い(・・)――。



「無限湧きするタイプのモブなのかな? まぁどうでもいいか」


 メイガスは吐き捨てるようにそう言うと、俺から視線を外して、その近くで寝転がるリンピアに目を向けた。


 狙いはリンピアか。

 人間兵器(ヤツら)にとって排除すべき敵は守護者。

 ヴェノムと引き離せた今、殺すにはちょうどいい機会なのだろう。


「待て!」


 俺はすくりと立ち上がって通せんぼした。

 心なしか、さっきより体が軽い気がする……?



 〝おぬしの新しい体は妾の一部でできている〟


 〝……それがヒントじゃ〟



 もしかして、ただの雑魚ってわけでもないのか。


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