203話 決死の逃走劇Ⅳ
まず俺が警戒したのは他の人間兵器だった。
アーセナル・マギアに乗って治癒術士を引き離して走ってきたのだから、ケアが先回りしているとは考えにくい。
すなわち、林道の正面に立ちはだかった魔術師の他、俺たちの逃走を阻止できるのは、剣士、盾兵、弓兵の三体だ。
そのうち、ロアが引きつけて戦えたのは、どの人間兵器だろう……。
あいつのことだ。
冷めたフリして意外と身内贔屓や怨恨を引きずるタイプみたいだし、もし真っ先に戦うとしたら俺――。
そのソードを守ろうとして狂愛的なシールが援護に入ったと考えると、メイガスを支援するのはアーチェということになる。
尤もソードとシールが、ロアを振り切っていたら結局四人と戦わなければならないが……。
でも、その可能性は低そうだ。
剣士と盾兵は近接戦を好む脳筋カップル。
あいつらが敵を屠るとき、ちまちまと物陰から攻撃してくることは絶対にない。圧倒的パワーで正面から蹂躙するはずだ。
俺だったら間違いなくそうする。
つまり、メイガスが前線に現れたことは、ソードとシールが此処に辿り着いていない証明。
この場の戦闘で考慮すべきはメイガスとアーチェの二人だ。
故に、これは魔術師二人を振り切る戦いだ。
「どうすんだ、小僧!」
ヴェノムが荷台の俺にそう呼びかけた。
運転するアーセナル・マギアはぐんぐんとスピードを上げて、林道の正面で腕を突き出して構えるメイガスを轢く勢いで加速し続けている。
「メイガスの専売特許は【転移孔】だ。このまま直進すれば、亜空間の餌食になる」
メイガスは基本魔術として炎や水、雷といった自然界の元素を生み出す魔術を使う他、魔素由来の【転移孔】という空間魔法と【永久歪み】という重力魔法を使いこなす。
捕捉されたら最後、標的は亜空間の開閉で裁断されるか、荷重によってぺしゃんこに潰れる。
最上級にエグい死に方をするのだ。
「じゃあ林の中に突入すっか!?」
「視界を遮るためには――」
林は死角が多い。
魔術師の弱点は視覚を封じることだ。
だが、その欠点をメイガスみたいな頭のキレるヤツが考えていないはずがなかった。
「……」
林からアーチェの奇襲が……?
いや、最初から奇襲をかけるつもりならメイガスが姿を見せる必要はないのだ。
「そうか……」
「なんだ!?」
「あいつら、ヴェノムを諦めてないんだ」
奴らの司令塔はケアだ。
仲間を勧誘することが目的だとしたら、俺たちを倒すことより、ヴェノムを捕らえることを優先してくるだろう。
「ヴェノム、【焼夷繭】と【王の水】はあとどれくらい残ってる!?」
「あと……そうだな、あぁ~」
ヴェノムは煩わしくなったのか、ハンドルを握りながら外套を脱ぎ捨てて、その内側を助手席のリリスの膝の上に広げた。
外套を脱いだヴェノムのインナーは、黒を基調としたコンバットスーツで、身軽な暗殺者然とした格好をしていた。
「リリスが数えてくれ!」
「え、えええ~っと……爆弾五つと瓶二つ刺さってるのだわ」
「だそうだ!」
ヴェノムは荷台の俺と、正面のメイガスを何度も見比べて判断を促している。
メイガスの許までもう距離が迫っている。
「そのコート、俺に貸してくれ」
俺はリリスから外套受け取って羽織ると、荷台に眠るリンピアの腰から魔術ロッドを拝借して荷台の最後部の縁に向かった。
「おい! 曲がんのか? 突っ込むか!?」
「突っ込め! 林の中は罠だ!」
「マジかよ。信じるぞ!?」
俺は荷台の縁に魔術ロッドの先端を引っかけて身を乗り出し、車体の外側に体を張りだした。
前方では、メイガスが不敵に笑いながら腕を突き出した。
手のひらの先で【転移孔】の裂け目をつくって、今まさに亜空間を開通させようとしている。
やっぱり【永久歪み】は使わないか。
車体を潰せばヴェノムも殺すことになる。
その一撃必殺の重力魔法を使わないのは、やはりヴェノムの確保を優先している証拠だ。
俺はぶかぶかの外套を風で翻しながら、大きく手を広げた。
当然、メイガスも俺の存在に気づいた。
向こうは一瞥だけして目を反らす。
取るに足らない存在だと思ったのだろう。
俺のことはその程度の扱いで構わないが、人間兵器がつくる爆薬ならどうだろうな。
「メイガス!」
俺は叫ぶ。
片手で魔術ロッドという命綱を握り占め、もう片方の手で【焼夷繭】を一房掴み上げた。
最大限の凶器アピールだ。
「……ッ!」
メイガスが開通しかけた【転移孔】の切れ目を閉じた。
「よし。さすがに開通できないよな?」
亜空間の中への攻撃は、そのまま術者の肉体内部への攻撃に繋がる。もし俺たちを【転移孔】に通したとき、爆弾でも放り込まれようものならメイガスもタダじゃ済まない。
この弱点を知ってるのは、ひょんなことから俺とパペットだけだ。
メイガスも、きっとヴェノムがその弱点を知らないと踏んで、林に進路を変えることを誘う算段だったのだろう。
そのままヴェノムは、メイガスを轢き殺す勢いでアーセナル・マギアを突っ込ませた。
メイガスは瞬間移動したかのように消え、すぐその脇に現れて回避した。
空間魔法を回避に利用したのだ。
車体がメイガスの脇を通りすぎる間際――。
「――逃がさないよ、ヴェノム」
メイガスがそう囁いた。
まだだ。メイガスは空間魔法を駆使して、自身の走力に頼らずともどこまでも追いかけてくる。
単純思考の俺や他の近接型人間兵器とは違う。
あいつは頭脳派だ。
林の中を選ばなかった俺たちに対して、次の作戦も当然用意しているだろう。
その直後――。
「おわぁっ!?」
アーセナル・マギアの進路前方で隕石のようなものが突然着弾して爆発した。
炎魔術の火球だ。
その火力……アーチェの攻撃だろうか。
「奴ら、見境ねぇな……っ!」
ヴェノムは戦いの備え、腰の剣を乱暴に掴んで運転席から身を乗り出そうとしている。
ダメだ、ヴェノム……。
この逃走劇でおまえが戦っちゃいけない。
奴らの狙いは旧来の仲間の勧誘だ。
最悪、強引に拉致して、あとでリリスを餌にしたり、別の手段を講じたりして、ヴェノムを懐柔することだろう。
奴ら人間兵器と唯一対等に戦えるのもヴェノムだが、守るべき姫もヴェノムなのだ……。




