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人間兵器、自由を願う  作者: 胡麻かるび
第3章「人間兵器、本質を探る」
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201話 決死の逃走劇Ⅱ


 今となっては人間兵器の首魁となった五号(ケア)

 その女が苦悶に満ちた表情で立ちはだかった。

 ヴェノムも、仲間の治癒術士が突然登場したことに、何事かとアーセナル・マギアに乗りかけていた体を止め、振り返った。


「その声……DBか?」


 ヴェノムが問いかける。

 黒い眼帯で隠された両目からは見えていないのだろうか。だが、モブの魔物と化した俺には気づいていたし、リリスの存在も認識していた。


 今のヴェノムは目が使えなくても、物を視認する手法があるように思える。

 なのに、ケアのことはわからないのか……?


「ええ、私――ケアよ」

「騙されないでってのは、どういうこった?」

「言葉の通りよ。あなたが今味方しているのは、守護者と名乗る異邦の者たちでしょう……?」

「……」


 ヴェノムは返事をしなかった。


「彼らは人間兵器を滅ぼそうと画策しているの。それを察知した私は、防衛のためにアークヴィランの力を利用してこの世界に避難してきた。他の仲間も誘い入れながらね」


 ケアが湖岸の方に目配せした。

 そこでは、ロアが人間兵器たち四人を相手取って派手な戦闘音を高鳴らせている。

 劣勢であるはずのロアは、驚異的な戦闘技能で人間兵器たちを翻弄していた。


「見て……。強敵よ。下手すれば負けるのはこちらかもしれない。ゲームの中は良い避難所だったのに、それも嗅ぎつけられてご覧のザマ。――今は旧来の仲間たちで結託する必要があるわ」


 ケアは苦悶の表情でヴェノムを説得する。

 ――尤もらしい理由だ。

 後から参戦したヴェノムは、詳しい経緯もよくわかっていないかもしれなかった。だから、昔のよしみで情緒に訴えかければ、仲間に引き込める可能性もある。


 一号(ソード)二号(アーチェ)三号(シール)六号(メイガス)と、四人もの人間兵器を手中に収めながら、まだ足りないか。


「つまりはオレに、あの牧師見習いを討つ手伝いをしろって言いたいのか?」

「牧師見習い?」

「……牧師、見習い?」


 ケアが目を丸くした。

 俺もまったく同じことで反応してしまった。


「……え、ええ。肩書きはなんだっていいわ。今は人間兵器のピンチなの。ヴェノムも助けて」

「そうかい。そいつはひでぇな」


 ヴェノムは戦う四人の仲間を遠目に見やった。


 まずい……。

 ヴェノムは俺が知るかぎり、あっさりした性格の男だ。普段からぶっきらぼうな態度だが、本質的に淡泊な気質なのだろう。

 そんな男ならケアから聞いたことを鵜呑みにして、簡単に絆されるかもしれない。

 元より人間兵器の味方なわけだし。


 俺はヴェノムになんて言うべきだろうか。

 騙されるな? ケアこそ黒幕だ?

 だが、今の姿の俺がそう叫んだところで、逆効果になるのではないか?

 結局、今の俺は雑魚の魔物に過ぎない。


 どう訴えてもケアの言葉に負ける気がする。

 そうこうするうちに、ヴェノムは外套の裏に忍ばせていた【焼夷繭】の状態をチェックしたり、【王の水】入りの瓶の本数を数えたりして、戦闘準備をし始めていた。


 そんなヴェノムを見て、ケアは満足そうに笑顔を向けて語りかける。


「ヴェノムとの協力はセイレーンの棲み家をつくったとき以来かしら。あの改築が懐かしいわね」

「あったねぇ。あんときはお人好しのソードの毒気に当てられて、無駄にオレの能力を使っちまったもんだ」

「そのソードも今はあの守護者の男と戦ってる。手助けしてあげて」

「……」


 ヴェノムは装備のチェックを終えて、外套を着込んだ。


 チェックの合間に見つけたのか、ヴェノムはどこからともなくキャップ帽を掴みあげると、俺の方まで歩いてきて、唐突に被せてきた。


「わっ……なんだ?」

「乗りな」


 ヴェノムは小声でそう囁くと顎で合図し、俺を車体(マギア)の荷台に乗るように促した。


 そのサインで俺もすべて察した。

 俺はケアから隠れるようにして、両手を伸ばして荷台の縁を掴み、懸垂の要領で乗り込んだ。


 緩慢な態度を見せるヴェノムに辟易したのか、ケアが焦るように捲し立てた。


「何をしているの? 早くみんなを助けに――」

「準備していたんだ。戦いの」

「そう……。まぁ、あなたは飛び道具で戦うタイプの兵器だったものね」

「そうだ。オレの技術は欺瞞だらけでね。騙し合いなら他の連中もやるが、道具の使い方って意味じゃまだまだオレの専売特許だよ」


 ヴェノムはケアの注意を引きつけながら、アーセナル・マギアの運転席の隣に近づいて、咄嗟に懐に手を突っ込んだ。


「こんな風に」


 ほい、と【焼夷繭】をケアに投げつける。

 ケアは唐突のヴェノムの裏切りに驚き、咄嗟に手を翳した。


 ――黒い房が爆発して、爆煙を上げる。


 放り投げたはずの場所にケアはいなかった。

 なぜかそこから数十メートルは離れた地点で、咳き込みながらケアが姿を現した。


 きっと時間を止めて距離を取ったのだ。

 爆発から逃げるために。


「ハ――アァ……ハァ……血迷ったの!?」


 ケアは疲労の色を顔を浮かべていた。

 爆発に直撃したわけでもなく、衣服も汚れていないのに、なぜか苦しそうだ。


「血迷った? 何言ってんだ、あんた」

「あなたの仲間は私たちでしょう……!? 守護者は敵。私たちの脅威よ。それに味方しようっていうの!?」

「馬鹿いってんじゃねえよ。端からオレは誰の味方でもねぇ」

「……!」


 ケアは膝を震わせている。

 立っているのもやっとのようだ。

 あれは、魔力切れの兆候だ。


 もはやケアの魔力は枯渇しかけている……?


 同じ荷台に乗った状態で眠り込むリンピアに目を向けた。俺を助けるまでの間、ケアと戦っていたのは彼女だ。

 もしかして、ケアの魔力を引き出させていたのか――。


「それに、オレの目(・・・・)には、あんたは到底DBには見えねえ。見えるのは、赤黒い靄みたいなオーブだよ。それをおまえ、味方だのケアだの……馬鹿か? 一体お前は誰なんだ」

「っ……」


 ヴェノムは黒い眼帯越しにケアを睨んでいるかのようだ。


 その威圧にケアが押し黙る。

 騒ぎに不安を覚えたリリスが、助手席から降りてきた。


「な、何の騒ぎよっ! 早く行くのだわ!」

「悪ぃな。振り切らねぇとマズい相手に捕まっちまった。リリスはシートに座ってな」


 リリスがケアを見て息を呑んだ。

 俺が記憶を抜き出されている間も含めて、リリスはすべてを見ているのだろう。

 ケアがソードと対峙している様子。


 ケアが恨めしげに言い放つ。


「その子もヴェノムのために用意したのよ」

「なんだって?」

「この世界なら、人間兵器は恒久的に自由でいられる。自らの意思で道を見つけることができる。ヴェノムにとってリリスという少女が生き甲斐だと知っていたから、この世界に導いた」

「おまえが、リリスを連れ込んだのか」


 ヴェノムの語気に怒りが滲んでいた。


「リリスはこの世界でサキュバスとして生きていける。現実のように惨めな人生を送らずに済むのよ? ――それを、あなたは台無しにしようというの?」


 ケアは別の切り口でヴェノムを誑かし始めた。

 リリスがいれば、ヴェノムはそれ以外のことはどうでもいいのだろう。二人の関係をよく知らない俺でも、ヴェノムがリリスに執着しているのは感じた。


 アーチェの場合と同じだ。


 〝アーチェの場合、私の制圧によるこちら側に回ったんじゃない。自分の意思で、こちら側に回ることを選んだ。つまりね、私の意思とは関係なく、この世界を望んでいる者もいるということ〟


 ケアが言っていたことだ。

 アーチェを引き込むために芽生えていた感情を利用したように、ヴェノムにも同じ策を用意していたのだ。


 だが、ヴェノムはそれを毅然と突き返した。


「何が台無しだ。台無しにしたのはお前だよ」

「え……?」


 ケアは困惑している。

 ヴェノムは憎らしげに口角を下げた。


「リリスはなんで記憶がない? おまえが引き込んだっていうなら、その原因もわかってんだろ」

「……記憶が消えたわけではないわ。原理はソードのときと同じよ」

「は……?」


 ケアはそれ以上答える気はないと言わんばかりに、黙って手元の辞書を開いた。


 その辞書はこのゲームにおける法則そのもの。

 それを息も絶え絶えにケアが読み上げ始めた。

 消え入りそうな魔力反応が起こり、上空に黒い瘴気が狼煙のように浮上した。


「……?」


 何か嫌な予感がする。

 気づけば、ロアと人間兵器たちが繰り広げていた戦いの音が止んでいる。


 同時に、殺気立った空気が充満していた。

 何かが迫ってきている。

 凶悪な存在が――。


「ヴェノム! ヤツらが来る!」


 俺は荷台から警告した。

 ヴェノムは咄嗟に身を翻して運転席に乗り込み、眼帯で視力を封じられているはずだが、それを意に介せずアーセナル・ボルガを運転し始めた。



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