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人間兵器、自由を願う  作者: 胡麻かるび
第3章「人間兵器、本質を探る」
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200話 決死の逃走劇Ⅰ


「大丈夫か? ――そっちのおまえも」


 ヴェノムは怯えるリリスに声をかけたが、ようやく俺の存在を認識したようにこっちを向いた。

 小さなモブの魔物にしか見えてないんだ。


「こっちのセリフだ。ヴェノムも大丈夫か?」

「おぉ……? お、おお……。リリスは俺を覚えてねぇのに、おまえさんは俺がわかるのな?」


 ヴェノムが戸惑っている。

 まだ俺のことに気づいていないようだ。


「信じてもらえないかもしれないが」


 お前の知るソードはこの俺だ。

 そう言いかけたとき、足を引きずりながら杖で体を支えるリンピアが近づいてきていた。

 ぎょっとして俺も押し黙る。

 血をぼたぼたと垂らして苦悶の表情を浮かべているが、凄惨な印象とは裏腹に、その足取りはしっかりしている。


「くっ……。ごめんなさい。不覚でした……」


 リンピアは息も絶え絶えに、開口一番に謝ってきた。


「無理すんなよ、お嬢さん。一人でよくやった」

「いいえ……。守護者として人間兵器の抑止力となるのがこの私の役目……。もっとうまく立ち回れたと思いますが、やはりアークヴィランの力が重なると――げほっ、げほっ」


 リンピアは喋りながら、さらに吐血した。

 普通の人間なら死に至るような重体だというのに、言葉や息遣いはしっかりしている。


 ゲームのアイテムなのか、ヴェノムは外套から青い液体入りの瓶を出してリンピアに渡す。それを一口だけ飲み、残りを傷口に乱雑に振りかけるリンピア。

 もはや野戦の戦士のような素振りだ。

 リンピアの強者らしさを伺わせる。


「なんだか、あたしは誰が誰なのかわからないのだけれど……」


 この状況でリリスが一番困惑している。

 彼女は涙まじりの表情で、ヴェノムやリンピアのような強者の存在に怯えていた。

 ヴェノムが顔をのぞき込み、訴えた。


「俺はヴェノムだ。リアルの世界じゃ、おまえと共同生活を送ってた仲だった。なんで覚えてねぇのか知らんが、そのうち思い出すだろ」

「リアル……? あたしが外の世界に……?」


 リリスはさらに困惑していた。

 俺も意味がわからなかった。

 リリスはゲームのイベントボスとしてプログラムされたキャラクターのはずだ。彼女自身、それを自覚している。

 ヴェノムがリリスを知っていることも謎だし、現実世界にいたということは、リリスがプレイヤー側であるということになる。


 ――プレイヤーがNPCとしてボスに……?


 戸惑いつつもプリマローズを思い出した。

 プリマローズも現実に存在していたのに、ゲームに取り込まれてから魔王という役割でNPCを演じさせられていた。


 ヴェノムは真っ直ぐな目を向けている。

 リリスは困惑しているようだった。


「俺を信じろ。きっと外に出れば思い出すさ」

「よくわからないのだけれど……。今、あたしが信じられるのはこの子くらいなのだわ」

「んん?」


 リリスは俺の腕を指先でつまんだ。

 ヴェノムが俺に視線を移す。


「この魔物が?」

「さっき助けてくれたのよ。それに、なんだかこの子、ソードさんの――」


 リリスがそう言いかけたとき、リンピアが震える体をよろめかせながら口を挟んだ。


「お話は……この戦線を脱してからでもいいですか……?」


 確かに今は四方八方に敵がいる状況だ。

 ロアがどこまで暴れてくれているのか分からないし、五人の人間兵器相手にどこまで力が通用するのかもわからない。

 渡り合えたとしても、一人で引きつけることは現実的に厳しいだろう。


 手の空いた人間兵器が、俺たちの方に襲撃してくる可能性もある。


「お、おう。すまねぇな」

「私の【無の存在証明】を使ってアシを用意するので……それでおそらく私の魔力は一旦、底を突きます。離脱までの防衛はヴェノムさんに……」


 リンピアは今にも消え入りそうな声だった。

 人間兵器は魔力が尽きたら、外気のマナを取り込んで回復するまで全機能を停止する。

 リンピアももし同じなら、きっと彼女は機能停止――すなわち寝ることになるだろう。


「時間、か……。ごめんなさい。それまでなんとか……」


 リンピアが遠くを見やってそう呟いた。

 俺たちに言っているようで、遠くで戦っているロアに向けて言っているようだった。


 時間――。

 その聖域に踏み込む存在が、敵の中にいる。

 時間を止められたら、やられたい放題だ。そんな最強の魔素が存在することも、それをケアが取り込んでいることにも驚きだ。


 戦闘音は俺たちの居る場所まで届いてくる。

 剣戟が重なる甲高い音も響いてくるが、他にも爆裂音も聞こえた。ソード以外に、シールやメイガス、アーチェも加勢しているのだろう。


 その中に、ケアもいるのだろうか。

 俺がこの体で戻って以来、ケアを見てない。

 どこにいるかわからないのが、すわ怖ろしい。



 リンピアは、懐から絵筆を取り出し、徐ろに虚空に向けて絵を描き始めた。

 俺がケアやアーチェとともに、魔王城に来るまでに使った荷台付きの大型車と同じものだった。


 描き終えたリンピアが意識を失って倒れる。

 ヴェノムがリンピアを抱えて荷台に乗せ、助手席にリリスが乗るように指示した。


「おまえは……」


 俺はどうすべきかわからずに止まっていると、ヴェノムがこっちを見た。


「リリスを守ろうとしてたのは俺も見てた。ありがとな」

「……」


 ヴェノムには何から説明すればいいのか。

 俺がソードであるということもまだ気づいていないし、一方でリリスがイベントボスのNPCだったという状況についても、彼女が現実世界に存在していたという事実も、俺が納得して説明できるほど、事情を噛み砕けていない。


 ヴェノムは時間のことを思い出したようで、荷台に眠るリンピアを一瞥した。


「お嬢の様子も見ててくれねぇか?」


 俺は頷き、荷台に乗り込もうとするが、背が低すぎて乗り上がることはできない。


「なっ……ったく。ガキはしょうがねぇなぁ」


 ヴェノムは俺の体を抱きかかえて荷台に載せようとしてくれる。まるで我が子を抱えるパパのような有り様だ。


 そうして俺を抱きかかえたとき、



「騙されないで、ヴェノム」



 悪魔の囁きが投げかけられた。

 声の方を見ると、薄紫色の髪の女――。

 このゲームを支配する女王が再来したのだ。


「あぁん?」


 ヴェノムは振り返る。

 かつての仲間の方に。


「ケア……」


 五号(ケア)は悠然とそこに立っていた。

 また仲間を誑かしに来たのか。


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