199話 黒い獣vs毒の勇者
遠くで黒い葡萄の房のようなものが破裂した。
時間差で襲ってくる爆風に思わず目を瞑る。
「きゃあっ」
「うう……!」
その爆風は凄まじいもので、爆発に巻き込まれない距離にいる俺やリリスも吹き飛ばされそうになるほどだった。
リリスは俺の体にしがみついて堪えている。
俺も地面に這って、なんとか持ちこたえた。
風のせいで目も開けられず、周囲がどうなっているのか確認もできないまま、
「――見つけたぜ」
頭上から、ぶっきらぼうな口調にしてはいやに美声な男の声が聞こえた。
見上げると、長身痩躯の男がいる。
長竿の剣を携えているが、おんぼろの外套姿やそのシルエットには見覚えがある。
布を眼帯代わりに頭に巻き付けていて双眸は見えないが、俺はその男が誰か瞬時に理解した。
「七号……!」
ヴェノムは、俺の隣でうつ伏せになるリリスの首根っこを掴んで、軽々と持ち上げた。
「ひゃっ……! だ、誰よっ」
「俺がわかんねえのかい?」
「知らない知らない! 怖いからおろしてっ」
「……」
ヴェノムは不服そうに口角を下げた。
「おまえ、リリスだよな? リリスなんだよな? そんな妙ちくりんな格好してても俺が見間違えることはねぇ。絶対にリリスだ。だろ?」
「そっ、そうだけれど、あたしはあんたなんか知らないのだわー!」
「ふむ……」
ヴェノムが残念そうにリリスを地面に下ろそうとした直後、あろうことかリリスを乱暴に投げ飛ばした。
「ぎゃああっ!?」
いきなりの奇行だったが、なぜ投げ飛ばしたのか、直後には答えがわかった。
――ギィィィ……ン!
ぶつかり合う金属音。
五本の剣へと変貌した黒腕を、ヴェノムの長い剣が受け止めていた。
とんでもない速度で、俺は一瞬何が起きたのか理解できなかった。
剣を振るった黒腕はソードのものだった。
そのソードの強襲を、ヴェノムはお飾りのような剣一本で受け、鬩ぎ合っている。
「ソードじゃねぇか。何のつもりだ? えぇ?」
「ただ魔物ヲ狩ろうとしタだけだろうガ。邪魔するなよ。ヴェノム」
「へぇ……。ちょっと見ねェうちに、臭ぇヘドロまみれの体になったもんだなぁお前」
互いの腕力は同等なのか、剣を押しつけ合う状態で二人は固まっていた。
ソードが自由な左腕をかざした。
かざした先にはリリスがいる。
その動作であいつが何をしようとしているのか察した俺は、咄嗟に駆け出して、リリスの手を引いた。
「どうしたのよモブっ」
「いいから逃げるぞ!」
「あぁー! こんなことになるならついてくるんじゃなかったわっ」
リリスは文句を垂れながらも、足を引きずりながらも俺に手を引かれて走り出した。
俺たちはヴェノムを挟むようにしてソードの視線を遮り、そのまま距離を取って離れた。
「チッ……」
ソードがかざした腕を引っ込めた。
【抜刃】も遠隔で放つときは魔術と同じで、射出地点を目視していないと狙えないはずだ。
その性質をついた。
「っ……ここには、おまえの援護に来たはずだったんだがなぁ……」
ヴェノムがソードの背後で串刺しされているリンピアや、遠くで復活し始めたシールやアーチェを横目で確認しながら言う。
「こりゃ全滅エンドってとこかい? みんな揃いも揃って狂ってやがる」
「狂ッてんノはお前ノ方だよ、ヴェノム」
ソードが勢いよく剣を振るってヴェノムを押し返した。
「なんデ魔族ヲ助けルんだ? あイつらハ俺たちニとってただノ害悪だっタはずだ」
「だった、な。おまえ、本当にソードか? 魔族なんかもうとっくの昔に絶滅しちまったってことを忘れたかい?」
「ハ……?」
「――それとも何か? アークヴィランに乗っ取らて記憶が混同しちまってる、とか?」
「くっ、うぅ……!」
ソードが目を剥いて頭を押さえた。
何かに気づいて、苦しそうに悶えている。
ヴェノムはそれをチャンスと見たか、外套の懐中に手を突っ込んだ。秘策の能力を使うつもりのようだ。
そこに、狙撃の弾丸が撃ち抜かれる――。
「……!」
ヴェノムは咄嗟に気づき、長剣を振るって銃弾を切り捨てた。
シールからの援護射撃だろう。
復活したソードが首を振って、腕から突き出した剣の本数を増やした。もはや剣技において互いに邪魔し合いそうなほどソードの体中から剣戟の本数が増していた。
「お前こソなんダ……? その剣ノ腕……剣術なんカ知らないダろう?」
「さてね。このゲームに来てから、やけに剣が手に馴染む。シールやアーチェがあんな風にジョブチェンジしたように、俺もこっちの方が向いてんのかもしれねぇ。――試してみるかい?」
挑発的に剣を構えるヴェノム。
ソードはそれを見て、瘴気をさらに滾らせた。
「なメんなよ――」
ソードが挑発に乗り、足を踏み込む。
それを見て、ヴェノムは口元を釣り上げた。
――ああ、間違いない。ハッタリだ。
俺はその二人の局面を見ていて気づいた。
ヴェノムは最初からソードを倒す気がない。
時間稼ぎと体力の消耗を誘っている。
その証拠に、ヴェノムがソードやシールの狙撃を引き受けている間に、また別の何者かが串刺しにされているリンピアを救い出していた。
何者かはヴェノムと同じような外套を羽織り、フードも目深に被って正体がわからない。
何者かは、リンピアを気遣うように体を擦り、無事を確認をしている。
リンピアは何度か頷いて返答していた。
大丈夫そうだ。何者かがすくりと立ち上がり、ソードの背を睨んでいた。
ソードが構えてヴェノムへ向かう刹那――。
その何者かが、その場からふっと姿を消した。
「――こちらだ」
何者かがソードの背後に、急に現れる。
声をかけるや否や、殺気を感じたソードが振り向きかけた直後、裏拳でその後頭部が殴られた。
衝撃で、ソードは前方につんのめるようにして吹き飛ばされ、相当強い衝撃だったのか、砂埃を撒き散らしながら転がっていく。
何者かは、正統な武芸者のように整然と立ち尽くしている。
静かな動きだが、とんでもないパワーだ。
「はぁ……。よかった。もうちっと遅けりゃ、さすがの俺も慣れない剣で、あいつのバカみたいな数の剣の相手にしなきゃならなかったからな。下手すりゃ死んでたところだったぜ」
ヴェノムが胸をなで下ろしながら呟いた。
「すまない。リンピアに作戦を伝えていた。あとはこちらで引き受けよう」
何者は外套を脱ぎ捨て、素顔を晒した。
そこには青い髪に白い肌、冷酷そうな赤の瞳を宿した男がいた。
驚いた。
エスス魔術相談所にいた、あの男だ。
冷めた態度で、絶対に俺とはそりは合わないだろうなと思っていた男、ロアである。
なぜロアが此処に――。
「気になさらんなって。あんた、人間兵器なんかよりよっぽど情が深いわ。優男は大変だねぇ」
「キミの邪推があるな。オレは怪異の滅却にしか興味がない」
「へへ、だいぶあんたのことがわかってきたよ。そういう姿勢は嫌いじゃないね」
「……」
ロアはもう何も語ることはないと、短く呻るとまたすぐその場から消えた。
直後、遠くから轟音が響いてきた。
吹き飛ばされていったソードに追撃をくわえにいったようだ。
申し合わせたように、ヴェノムも駆け出す。
俺たちの方に向かってきた。




