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人間兵器、自由を願う  作者: 胡麻かるび
第3章「人間兵器、本質を探る」
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192話 ◆人格奪還四面楚歌Ⅰ


 瘴気を帯びた熱気が、黒い鎧から立ち込めた。

 リンピアはその隣で覚醒しつつある男が、既に自分の知るバイトで雇った部下ではないことを見抜き、間合いを取った。


 バックステップの勢いに、脚部のブースターを乗せて、目算五メートルは一気に距離を取る。


 ――と同時に魔力の絵の具で心象を描いた。


 抽出するのは、漏斗状の自律型小銃。

 肩に備えていた二つの銃砲では心許なく、リンピアは遠隔操作可能な遠距離武器をさらに八個、合計十個の銃口を、自身の周囲に展開し、迎撃の準備をした。


「……」


 ギリ、と歯軋りを立てるリンピア。

 一号(剣士)二号(弓兵)三号(盾兵)五号(治癒士)六号(魔術師)の計五体。


 人間兵器五体を相手に一人で立ち回るのは、どう考えても部が悪い。

 しかも、その五体は主戦力だ。

 パペットやヴェノムのような作戦において補佐的な役割を担う欺瞞工作員ではない。


「――ゴ……オオ……オ……おお」


 抜け殻の黒い鎧が、ふいごのような唸り声を上げていた。


 目覚めている。間違いなく。

 五十年前、憑依(ヨリマシ)となって自我を喪失しかけていたソードが覚醒している。


 そこにいるのは現代で魔素の精神汚染を乗り越え、支配し返したソードではない。精神汚染に蝕まれ、黒の瘴気をまとう彼だ――。



「おはよう、ソード」


 その邪悪な獣に、何でもないように目覚めの挨拶をする首魁のケア。


「……」


 男の鎧からはシュウシュウと黒い蒸気が沸き立ち、フルフェイスの兜が展開した。

 中から、黒髪の青年が現れた。

 腫らしたような赤黒い眼が、どこか物憂げな様子で開いている。


「ン……? なん……ダ……ここ……」


 目覚めたソードが戸惑いながらそう言った。

 一号(ソード)だが、この時代での経験が抜け落ちた男。

 彼にはセイレーンのために砂漠でオアシスを建築した経験も、アーセナルドック・レーシングで優勝した経験も、王都の魔術事務所で働いた経験も、オートマタを操る憑依(ヨリマシ)に堕ちた仲間を救おうとした経験もない。


 あるのは数千年もの間、贖罪のためにアークヴィランを狩り続け、殺戮の限りを尽くしたという狂気に満ちた経験のみだ。


 その果てには、彼自身もアークヴィランの瘴化汚染に堕ちようとしていた――。



「ケア……か? ここハ……? あれ、プリマローズの城……と似てル?」

「目覚める時が来たのよ。貴方を治療する方法が見つかった」

「治療……」


 ソードはゲーム世界の空を見上げ、心ここにあらずという状態で呟いた。


「そウだ。――俺はアークヴィランの魔素にやられて……」

「そうよ。憑依(ヨリマシ)になった貴方を救う方法が見つかった。貴方が封印の祠で眠りについてから早五十年の月日が流れたわ」


 ケアが淡々と寝起きのソードに説明していた。

 その矢継ぎ早の刷り込みに、リンピアは恐怖を感じた。このままではケアの思うがままだ。


「ソードさん! 耳を傾けちゃダメ!」

「……?」


 ソードがリンピアに気づき、首を傾ける。


「誰ダ?」

「くっ……。そうか。当時のソードさんには、守護者の存在を知らせていない……!」


 リンピアは、しまったと言わんばかりに口元に手を当てた。


 あのソードは、リンピアのことを知らない。

 守護者なる存在がいることも、ケアが元々神に近しい存在で邪神と怖れられていたことも――。



「あの女が、私たち人間兵器の新たな敵よ」



 ケアがあっさりと答える。

 その口は、卑しく嗤っていた。


「私……たち? 他ノみんなハ――」

「いるわ。ほら、ここに最愛の人がいる。再会を喜ぶといいわ」


 ケアが背後に目配せする。

 ソードがそちらを見やる前に、背後にいたシールが溜まらず飛び出した。


「ソード……! 会いたかった……!」


 同じ黒い鎧をまとったシールが駆け出し、筋肉のような黒い鎧を纏う者同士でハグをした。


「シール……。おまえ、その格好――【狂戦士】か? どうして――」

「どウだっテいいよ。また会エたんダから」

「……?」


 一見、微笑ましく映る仮初めの夫婦の再会。

 物々しい装備を纏う二人だが、その抱擁には他者の介入を許さない二人だけの空間があった。


 だが、その二人はどちらも魔素の瘴気にどっぷり漬かった憑依(ヨリマシ)だ。

 決して綺麗な再会ではない。

 祝福されるはずのものではない。

 ないはずなのだ――。



「さぁ、再会の祝福は後にするとして……」


 ケアがこの場の異端を排除すべく、標的を移そうとリンピアがいた場所に向き直る。

 しかし、リンピアは既に行動に出ていた。


 過去ソードと現代ソードの二つの人格乖離は、記憶装置『アガスティア・ボルガ』の着脱による弊害だ。

 ならば、単純にその記憶装置を元通りソードの肉体に戻してやれば、現代ソードの人格が戻ってくるはずだ。


 リンピアは脚部のブースターと背中のジェットを展開して、地面を滑るように高速移動した。

 狙いはケアの手元――。

 彼女が奪い取った『アガスティア・ボルガ』。


「おっと、当然そう来るわね」


 ケアが不敵な笑みを浮かべ、手を翳す。

 手には法典武装『シリアルコード辞典』が。


「ソード、寝起きで悪いけどさっそく出番よ」


 ケアがそう告げると、シリアルコード辞典を掲げて詠唱した。



法典武装(オーバーライトアーム)(スレイブ)



 法典武装――。

 それが憑依(ヨリマシ)状態にある他者を制御する力の源のようだ。


「……させるもんですかっ!」


 リンピアは常人では為し得ない反射速度で、自律型小銃を飛ばし、その辞書を封じようと迎撃の魔弾を撃った。

 法典武装が発動するサインである白い光がまだはっきりと輝いてはいない段階だった。

 間違いなく迎撃には成功したと思えるタイミング――。


「【護りの盾(プロテクション)】」


「くっ!」


 だが、近くにいたシールが魔弾を盾で防ぐ。

 ケア、ソード、シールの三人を護るように光の壁が展開され、完璧な防護壁が形成された。

 それが本来の盾の勇者の役割だ。


「だったらっ……」


 リンピアは地面を滑りながら、次の手を用意する。


「【無の存在証明】にかかればどうってこと!」


 リンピアは大筆をくるくると回した。

 虹の魔力が筆からこぼれ落ち、宙をキャンバスとして絵が描かれる。


 絵に描かれたのは、炎を纏う巨大な豪腕。


「【炎の巨人(フラムリーゼ)】っ!」


 絵で描けるものなら無制限に現象を模倣する能力、【無の存在証明】――。

 その筆が描いたものは、遙か昔に破壊力では竜をも凌ぐ、竜殺しの女が授かりし炎魔法の極地。


 リンピアの背中から伸びる巨腕が、握り拳を作ってその防護壁を正面から殴った。

 魔力の壁が相手なら、単純な力比べだ。

 リンピアが知りうる最も強大な破壊力を持つ拳を召喚し、その壁を殴り壊した。


 ――最強を謳う盾と最強を誇る拳が激突した。


 拮抗した魔力が互いを相殺し、両者粉々に吹き飛んだ。


「……!?」


 シールがその顔に戸惑いの色を浮かべる。

 人類最強の人間兵器といえど、人類の叡智を超えた神秘を目にしたのは、記憶のかぎりでは初めてだった。


 守護者であるリンピアは、並行世界で見聞きした神秘を無尽蔵に呼び起こす――。


「よっと……っと!」


 リンピアは破壊された巨腕のことなど構わず、進撃を続けた。


 彼女にとって描いた虚像の一つ一つに思い入れも誇りもない。ただ障害を乗り越える手段となれば何だっていいのだ。


 リンピアは粉々に崩壊した【護りの盾】の破片の合間をブースターのバク宙で飛び越えつつ、さらに絵を描き続けた。

 次に描いたのは――。


「――【風弓エアリアル・ボルガ】」


 古代妖精族の長が作った、追尾の魔弓。

 放たれたが最後、その矢は猟犬となり、獲物を射貫くまで追走をやめないという必中の弓だ。


 その効力はリンピアが描いた偽物といえど、完璧に再現できる。

 そのロングボウに矢をつがえ、リンピアはバク宙直後の逆さまの姿勢のまま、シールではなく、ケアに狙いを定めた。


 首魁を狙いさえすれば、仮にリンピアが他の人間兵器から攻撃を受けても、ケアはこの追尾の矢の対処に追われ、法典の詠唱をする場合ではなくなるはずだ。


 そう期待して即座に矢を放とうとしたが――。



「残念。センスはあるけど、速さが足りない」



 ケアが不敵な笑みを浮かべる。


「え――」


 刹那、エアリアル・ボルガはリンピアの目の前で真っ二つに切断された。

 何が起きたのか瞬時に理解したリンピアは、風弓を素早く手放し、懐に忍ばせていたロアの贈り物を握りしめた。


 ――――……!


 来る、と思った直後には剣が振り抜かれた。

 リンピアはかろうじて腰から抜剣し、ロアから授かった赤黒い魔剣で、その剣戟の強襲を受け止めた。


「つ、ぁ……!」


 斬撃は免れたが、その圧倒的な力は適わない。

 剣ごと弾き飛ばされ、リンピアは凄まじい力で彼方へ吹き飛ばされた。

 ずさりと地面を転がり、砂埃を散らした。


 おそらく予断を許されない。

 リンピアは転がった勢いを殺さず、手をついてバク転しながら起き上がる。



 ――――……!!



 その直後、再び赤黒い剣が襲う。

 リンピアは、ロアの手製の剣でその一閃を防いだ。同じ性能、同じ鋳型の剣戟が紫電を散らして

鬩ぎ合う。


 遅かった。

 襲いかかってきたのはソードだった。

 脱魂(トランス)にあるケアの支配を受けてしまった憑依(ヨリマシ)ソード。


 一撃の後、流れるような二撃目。

 それもかろうじて弾き返す。


「……っ!」


 リンピアは元来、剣術など嗜んでいない。

 剣の扱いはまったく知らないし、何よりも最強の剣士の腕に対抗するなど無理だった。

 それでもその剣術に拮抗できたのは、それが同じ剣技を習得し尽くしたロアに託された魔剣だから、という、ただそれだけの理由だった。


 リンピアが剣を振っているのではない。

 ――魔剣が、その剣の対処を知っている。


「ソードさん、気づいて……!」


 リンピアは剣を振らせられながら訴える。

 目の前にいるのは黒い鎧【狂剣士(バーサク)】を纏う、かつての剣の勇者。

 訴えも虚しく、無慈悲な剣を振るい続ける。


「俺ハおまエを知ラない。仲間がおまエを敵ト言った。シールとケアに攻撃もしタ」

「でも、それは……!」

「それダけで戦うニは十分だ……ッ!」

「ぐうっ!」


 これでは、どちらが悪か分からない。

 リンピアはこの場においてマイノリティで、人間兵器五人にとって敵だった。しかし、リンピアは揺るぎない信念がある。

 守護者として人類に味方するという大前提。

 それは、ロアとともにこの怪異を食い止めるという使命の大源だ。


 しかし、ソードの戦いは洗練されすぎていた。

 現代ソードの情けを感じる剣ではない。

 かつてアークヴィランを百体以上も狩り、殺し尽くした殺戮マシンの剣術。そこに魔素の憑依(ヨリマシ)という狂気も加わって、神域を超えた剣技を繰り出してくる。


 リンピアの突貫工事の剣術は、とっくに限界を迎えていた。

 故に、弾き飛ばされるのも必然であり、斬撃を浴びるのも必然だった――。


 ――…………!



 来る。

 肩から袈裟方に斬られ、振り抜いた後に横一閃に腹を斬られる。リンピアはそう確信した。


 そこに、ガィィンという重たい音が響いた。


「……!?」


 ソードとリンピア、二人の間に割って入ったのは深紅の歪曲した剣だった。


 装飾剣の要素が強いのか、その剣のデザインは可憐であり、高潔であり、華やかだ。


「これは――」



 ――『紅き薔薇の棘』。

 剣柄の方から担い手の存在を確認すると、満身創痍の状態で立ち、必死に腕を伸ばして剣を突き出している魔王プリマローズがいた。


「魔王様!?」

「あっちのソードを……頼むのじゃ……っ!」


 プリマローズが悲痛な表情で目配せした。


 その視線の先にはケアがいる。

 そちらのソードとは、記憶装置『アガスティア・ボルガ』に眠る現代ソードのこと。


 リンピアとプリマローズはその一度の示し合わせで、互いの役割を認識した。

 リンピアは大きく頷き、身を翻した。


出展

炎の巨人【フラムリーゼ】:『竜殺しのサガ ~TS不良娘はかわいいに抗う~』

風弓【エアリアル・ボルガ】:『魔力の系譜 ~名も無き英雄~ 第二幕・第五幕』

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