189話 ◆法典武装Ⅲ
運営のアナウンスが終わり、メンテナンス時間に突入した。
街中にはロアやリンピア、ヴェノム以外のプレイヤーが消え失せ、殺風景な光景が広がっていた。
強制ログアウトを施されたプレイヤーもいる。
三人は、強制ログアウトの対象にならなかった。
「どうなるかと期待していたが、我々は追放の対象にはならないようだな」
「期待……だって?」
ロアが殺風景な街を眺めながら漏らした言葉に、ヴェノムが食いつく。
「何に期待したんだよ?」
「ゲームに取り込まれたというが、実感が持てなかったのでね。メンテナンス中はプレイヤーが総じて強制ログアウトをかけられるというなら、取り込まれた我々はどうなるか。――消滅するのか。追放されるのか。あるいはNPCと同様に置き去りにされるのか」
答えは最後だった。
置き去りにされた。扱いはNPCと同じだ。
追放ならまだしも消滅は洒落にならない。
せっかく『パンテオン』の世界に来られたというのに、早々に死んでたら間抜けも良いところだ。
「おいおい……。消滅も覚悟してたのか?」
「覚悟……とは少し違うが。消滅したならそれはそれで問題は解決だろう? 我々が消えれば、他の人間兵器の連中も消えるということだからな。怪異は無事滅却。人類は平和なまま、幕締めだ」
「…………」
ヴェノムは開いた口が塞がらなかった。
人間兵器が総消滅END。
確かにそれで『パンテオン・リベンジェス・オンライン』で起きた諸問題は解決だ。だが、その解決方法では自らの命も終わりだった。
ロアの場合、それを忘れていたというより、自分の命の価値を端からゼロとした上で解決策を考えているようだった。
頭のネジが二つ……いや、四つ飛んで、別製品の余分なネジを一つ捻じ込んだような思考回路だ。
ヴェノムはロアの危うさを不気味に思った。
自分より他人という考え方はソードに似ているかもしれないが、ロアはそこに感情が伴わない。
感情のない機械か何かのようだ。
人間兵器以上に兵器に近い存在。その本質は五号と似ている。
「はいはい。ロアくんは隙あらばすぐそういうことを言うからね~! ヴェノムさん、気にしないでください」
リンピアがそこにフォローに入る。
口を押さえ込もうと手を伸ばし、長身の男に煙たがられるリンピア。
そんな二人の様子を見て、ヴェノムは屈託なく笑った。
「あんたら、お似合いなんだな~」
ヴェノムは凸凹な二人がどういう経緯で知り合ったか興味が湧いたが――。
閑散とした街に、三人以外の存在の気配を感じたヴェノムはそちらに目を向けた。
街の官庁、公園、NPCが座るベンチの影――ありとあらゆる場所から〝黒い影〟が現れた。
影は扁平な形をしていて、奥行きがない。
その姿は陽射しで落ちた人の影のようである。
ぬらりぬらりと揺らめきながら徘徊を始めた。
「メンテナンス作業か?」
ロアが呟く。
「なんかあの影……私たちに近づいてないかな?」
「多分な。影は運営の指示で動く正常化プログラムのようなものだろう。取り込んでおいで、あまり歓迎ムードではなさそうだ」
黒い影は左右に体を振りながら近づいてくる。
腕を広げ、まるで捕獲を目的としているように追いかけてくる。
「急ごう。ソードさんたちのところにっ」
「了解」
二人の馴れ初めが気になったヴェノムだが、今はじっくり話す時間はなさそうだ。
リンピアが「こっち!」と手招きするのを見て、ロアもヴェノムも街道を走った。
…
リンピアの誘導で、魔王城イベントの転移門まで向かった。
そこでは魔王城に挑むルートを選べると云う。
街から少し離れた場所であるせいか、影はまだこのあたりには発生していなかった。
「この門が何だってんだ?」
ヴェノムが、先に何もないゲートに、その細腕を通したり引っ込めたりしていた。
「話しかけるとアナウンスが流れますよ」
リンピアがそう答える。
「は? 話しかける? ……この門にかい?」
「ええ。ゲームの仕様らしくて」
「意味わかんねぇな」
「まぁゲームなので……」
ヴェノムは眉を顰め、躊躇っていた。
そこに感情が希薄なままロアが近づいた。
「やぁ」
「話しかけやがったっ」
「早くしなければ先に進めないのだろう」
ロアは淡々としていた。
追われていて時間がないのもあるが、ゲームに疎いヴェノムには、このゲーム世界は新鮮だった。
もう少し未知の体験に、気持ちを追いつかせたいというのが率直な感想だった。
ロアの声に呼応して、転移門の中央部が青みを帯びて光り輝きだす。
『ここは転移ゲートです。魔王城プリマロロのイベントクエストに挑戦しますか? 獲得イベント挑戦ポイントに応じて湖城へのルートを選択できます。ルートを選択してください。①魔王城へダイレクトワープ。消費ポイント100000。②空路を経由。消費ポイント30000。③航路を経由。消費ポイント20000。④陸路を経由。消費ポイント10000。
――です』
「なるほど」
ロアはメッセージを受けて逡巡した。
メンテナンス中といえどイベントプログラムは作動しているようだ。まずそこは安心だ。
しかし、問題は挑戦ポイントの方だった。
「イベント挑戦ポイント、とは?」
「時間限定の獲得クエストで貰えるんだって。イベントサポーターに聞いたら、今の私で40,000ポイント弱かな。丸二日でけっこう頑張った方だ」
ロアの問いに、リンピアが答える。
当然、ロアもヴェノムもゲームを始めたばかりでポイントの持ち合わせなど無い。
「ポイントは分け合えないのか?」
「さぁ……。知らないし、出来たとしてもやり方がわからないよ」
リンピアが困り顔を浮かべる。
もしここでポイントが分け合えないのなら、魔王城に行けるのはリンピアのみだ。
「獲得クエストに挑もうにもメンテナンス中だからできないか。ふむ――」
ロアが考えながら空を仰いだ。
それは彼が手詰まりのときにする仕草だ。
リンピアは長い付き合いで、ロアの行き詰まりを察していた。
「……じゃあ、私が先に行っておく?」
「すまないが、それしかなさそうだ」
ロアが即答した。
何か決断が必要なとき、ロアは悩まない。他の手段を考えながら、今できる手をすぐに打った方が効率的だと考える。
「お嬢ちゃんだけで大丈夫かい? 城には先にソードやシールも行ってるんだろうが……プリマローズがどんな風になってるかもわからねえし、他の連中も巻き込まれて、乱戦になってる可能性もあるわけだろ?」
ヴェノムがその身を案じて尋ねる。
リンピアは杖をくるりと回して腰のベルトにかけた。他に魔導銃のようなものや、何に使うかわからない筆もローブの袖に隠して準備を始めていた。
「心配ご無用っ! これでも私、王都随一のエスス魔術相談所の所長ですので」
「そうかい。あんまり無理すんなよ」
ヴェノムはリンピアの腕前を知らない。
第一印象は、魔術に精通したというより、まだ魔術を志す学生のような印象だった。
人間兵器のような規格外の性能を誇るヤツらを相手に渡り合えるようには到底見えない。
人は見た目に寄らないというが、ロアが止めることもなく送り出すということは、実力は十分なのだろう。
しかし、ロアが不安を残すように口を挟んだ。
「そうだな……。確かにキミは土壇場には強いが、一方で準備不足が仇となる経験も多かっただろう。これまでは」
「酷い言い様ね!? 上司に対して!」
「経験則だ。これを持っていけ」
ロアはそう言うと、ソードがやるのと同じように【抜刃】による剣生成で、赤黒い剣を生み出した。
それをリンピアに手渡す。
ヴェノムが知るかぎり、【抜刃】には永続効果はなく、ソードの手元から離れると剣としての形状が保てなくなるはずだが、ロアが生み出したそれは、リンピアの手に渡っても形状を維持していた。
「そういうことなら俺からも渡しとこうかねぇ。足しにしてくれ」
ヴェノムは【焼夷繭】で作り出した手榴弾を二つと【王の水】で作り出した溶解液入りの瓶を一つ、リンピアに渡した。
トラップを張る機会はないかもしれないが、飛び道具は無いに超したことはない。
「ありがとうございますっ! それではリンピア・コッコ。先行組として出発します」
リンピアは言いながら愛想よく敬礼してみせ、ポイントをなるべく多く消費する『空路』を選択してゲートを潜っていった。
青い光の渦に取り込まれ、リンピアは消えた。
「……大丈夫なのかい? あのお嬢ちゃんは」
ロアはもう魔王城へ行く手段を考えているのか、転移門から立ち去ろうとしていたが、その背にヴェノムが声をかけた。
ロアが立ち止まり、顔半分だけ振り向いた。
「彼女は過去に俺を打ち負かしたことがある。――尤も、根負けのようなものだがね。大人しそうに見えて破天荒な女だよ、リンピアは」
それだけ言い残すと、ロアは歩きを再開した。
「人間兵器の周囲には滅茶苦茶な女しかいねぇんだなぁ……」
ヴェノムは仲間の顔ぶれを思い出して、そんなことをぼやいた。
思えば、男女比3:4の人間兵器。
その四人の女はどいつもこいつも一筋縄ではいかない男泣かせの面々が揃っていた。それを束ねていたソードの苦労を今さらながら思い、憐憫の念が湧いてきた。
ロアとリンピアの馴れ初めが気になる方は、Nコード【N5917EJ】の作品をどうぞ。