187話 ◆法典武装Ⅰ
一方その頃ヴェノムは――。
ヴェノムが牧師見習いのロア・ランドールという男に連れられて向かった先は、王都南区で商人たちの狭い軒が立ち並ぶ一角だった。
下調べ済みなのか、ロアの足取りに迷いがない。
閑静な凸凹の激しい歩道を進み、とある家の前で足を止めた。王都全域に及ぶアークヴィラン騒動で、舗装工事が展開されている。特にメイズ・モンスターが滅茶苦茶にしたことが、大きな要因だった。
ウィモロー邸――。
ここに、リリスに繋がる足がかりとなるキープレイヤーが暮らしているとロアは言った。
ヴェノムは不審そうにロアに今一度、確認した。
「なんであんたがプレイヤーの個人情報を把握してんだ? 住所までわかってるってのは一体――」
「……」
静かに振り向くロア。
「以前、何でも屋のアルバイトをしているとき、この家の人間から雑用を頼まれたことがあってね。そのときの相談事というのが、まさに『パンテオン・リベンジェス・オンライン』に関することだった」
ロアはウィモロー邸を見上げながら語った。
「ただ、結局その依頼は別の男が担当した。俺もこの家に来るのは初めてだ。そのキープレイヤーと接触するには、適当な用件を家主に付きつける必要があるな……」
教会で情報交換をしたとき、DBやリリスに繋がるゲームプレイヤーを知っているとロアは話した。
そのプレイヤーが此処に住んでいるそうだ。
貴族のぼんぼんがゲームという娯楽に傾倒する、というのはありそうな話で、ヴェノムも納得した。
「はぁ~……。何でも屋って、そりゃまた難儀な経歴をお持ちなんだな、おたくも」
「そうでもない。経歴といえば、傭兵や要人警護、潜入工作、怪異の掃除屋……。汚れ仕事はたいてい経験した」
ロアは澄ました顔で言ってのけた。
ヴェノムはそこに鎌を掛けた。
「へぇ。なんだか仲間のシールって工作員の女を思い出すねぇ。工作員ってことは、変装も得意だったりするのかい?」
「まぁそれなりには。姉が語学に長けるおかげで、諸外国の言語や魔族訛りも使い熟せる。変装は……あまり好きではないがね」
今のその姿も変装ではないかと追及を重ねたくなったが、ヴェノムはやめておいた。ここでロアの正体を暴いても、お互い得しないだろう。
「賞金稼ぎのキミと似たようなものさ」
「賞金稼ぎね……」
ヴェノムもロアから同業の匂いは感じていた。
細身にも引き締まった肉体から戦士の匂いも感じさせる。だからこそ、ヴェノムは一時的な協力関係を結んでもいいと思ったのもある。
しかし、元何でも屋が今や聖職者を志し、牧師見習いをやっているのは理解できなかった。――その肩書き自体、完全に信じているわけではないが。
おまけに、ヴェノムは金に目がくらんで賞金稼ぎをしているわけではない。
自分を慕い、連れ添ってくれるリリスのためだ。
「そろそろ家主を呼び出すぞ」
ロアは玄関のチャイムを押した。
ピンポーンという軽快な音の後、女が出てきた。
女はテッサ・ウィモローと名乗り、ロアはタルトレア大聖堂の者だと自己紹介した。
「まぁ! 教会の方が我が家に何の用ザマス?」
「突然すみません、ウィモロー夫人。例のオートマタ事件以来、王都全域の地盤がだいぶ緩んでしまったそうでして……。地盤調査にかかる公費の算定を聖堂教会が請け負っているんですよ」
ロアは平然と嘘をついた。
前もって打ち合わせをしたわけでもないのに、ペラペラと然もありそうな用件を捏造して話すロアの話術に、ヴェノムは内心動揺した。
冷酷どころか、サイコパスの身の振りだ。
「我が家の地盤は問題ないザマスっ」
「しかし、これも新女王の方針で……。調査費と必要な地盤改良工事費を、市民の方々に負担させないようにという王家のご厚意です」
「そんな調査が入るなんて聞いてないザマス!」
テッサはもう扉を閉めそうなっていた。
警戒されているようだった。
ヴェノムは横に突っ立っていただけだが、テッサ・ウィモローの語尾が気になり、ロアが何の話をしているのか集中できなかった。
こんな異様な語尾の相手と、吹き出さずに会話が続けられるのは尊敬した。
「調査を拒否していただいてもこちらは一向に構いませんが、もし後で土建の諸問題が発生しても、王家も負担しかねます。調査拒否の意思確認書は、また後日届くと思うので、そちらにサインを……」
「入るザマス!」
不安を感じたテッサは即座に手のひらを返した。
ロアは、失礼、と言いながらするりとテッサの脇を抜けて邸宅の侵入に成功した。
ヴェノムもその後に続く。
テッサの案内で、家の中に入ると、さっそくロアは階段の上を見上げ、そちらから聞こえてくるゲーム音を聞きつけた。
「あれは……?」
「二階はボクちゃんの部屋ザマス」
「ボクちゃん?」
「息子のボクちゃんザマスよ」
ボク・ウィモロー。
ロアが追っていた顧客のうち、おそらく今回のゲーム攻略を導くキープレイヤーとなる人物だ。
「あのー……地盤の下調べに、二階は必要ないザマショ? って、あ――!」
ロアは躊躇せずに階段を上がり、二階にあるボクの部屋まで押しかけた。
「降りてくださいザマス! ボクちゃんはゲーム中に声をかけると機嫌が悪いザマス!」
「すみません。地盤調査には家全体の様子を観察する必要があるんです。当然、息子さんの部屋も」
ロアの返答はこじつけどころではない即答で、最早こじつけを感じさせない――というか、有無を言わさぬ気迫があった。
ヴェノムも後を追い、二階に上がる。
ロアはボク・ウィモローの部屋をノックした。
「すまない。キミの部屋に入らせてくれないか」
「うるせえババア! 邪魔すんじゃねえ!」
ノック一つでこの有り様だ。
以前、魔術相談所で受けた更生依頼は、あまり実を結んでないようだった。
あるいは、ソードの仕事が手抜きだったか。
ロアは舌打ちをし、憎き男の顔を思い出したせいであからさまに気分も悪くなっていた。
手元に短剣を生成し、ドアノブを手早く切り落とすと、部屋のドアを躊躇せずに開け放った。
「わっ……! って、え、誰!?」
ボクは狼狽してベッドに跳びあがった。
部屋の奥には液晶モニターと、そこに映る『パンテオン・リベンジェス・オンライン』の画面が確認できた。
間違いない。
この少年が、キープレイヤーだ。
ロアは、モニターの下に置かれた『GPⅩ』のソフト挿入部を一瞥した。『パンテオン』のパッケージが近くに転がっている。
そのパッケージに、『ユニーク武器〝天地創造の極光剣〟』という特注装備コード付きというテープが貼られていた。
聖剣リィール・ブリンガー。
ゲームで現在発生中の怪異に唯一、対抗できる可能性を秘めた法典武装。――この少年が、その破格武器を所有する背景には数奇な巡り合わせがある。
あの馬鹿が、手にした物の価値を正しく理解せず安易に手放したことが大本の原因だ。
「キミがボク・ウィモロー。――いや、プレイヤー名〝モロスケ〟の方で呼んだ方がいいだろうか」
モロスケのモロはウィモローから取ったようだ。
ロアは地盤調査の調査員という仮の姿を、そのときにはもう脱ぎ捨てていた。
女神の陰謀を打ち砕くためには、この少年の懐柔がまず必要だった。
「そうだけど……お兄さん誰? なんだか前に現れたゲーム魔人と似てるね。またゲーム魔人がアドバイスに来たのか?」
「ゲーム魔人……とは?」
「前はほら、ソードの姿で現れたでしょ! 今回は違うの?」
「……」
ソードの仕事の痕跡は、確かに残っていた。
似ているとはロアも侵害だった。似ていても、何ら不思議ではないが――。
ゲーム魔人の話は「第2章 101話 引き籠りゲーマーの更生指導Ⅱ」にて。