19話 逃避行ドライブ
シズクは砂漠の炎天下でも、帽子のおかげで涼しそうだった。
マギアを運転するシズクに問いかけた。
「ところで、なんでシーリッツ海に行きたいんだ?」
「その話ですか」
シズクは眉間に皺を寄せた。
何から話そうか考えているようだ。
「別に、行くならどこでもいいんです」
「どういうことだ?」
「私はラクトールを離れたいのです。あの村が嫌いで」
「そりゃあ……難儀だな」
「はい」
シズクの横顔をちらりと見やる。
この娘、家出少女になるつもりなのか。
「私は人間――」
「人間?」
「噛みました。……こほん、人の古い歴史に興味があります」
咳払いを入れるシズク。
人の、とはまた他人事な物言いだ。
「特に伝承や民謡が好きで。古代史を辿ると、今の生活が奇跡のようでびっくりします」
物静かな子だと思っていたが、喋らせてみると饒舌だった。
「五千年前までの人類史は魔族との戦いの歴史だったようですね」
「まぁ、そうだな」
「プリプリさんを居候させているのも、私からお父さんにお願いしたからです。何度か追い出されそうになったのを私が止めました」
「意外だな。プリマローズは、シズクが苦手そうだったぞ」
シズクは不服そうに口を膨らませた。
「心外ですね。私はプリプリさんが好きです。当時の人類の敵がそのまま生き残り、お話もできるなんて貴重だと思いませんか?」
「言われてみれば……」
逆に、なぜ野放しにしているんだ。
貴重な史料として国から丁重に扱われても不思議じゃない。
今度、プリマローズに経緯を聞いてみよう。
「そして当時、魔王と戦った七人の勇者の存在も――」
「……」
シズクは俺に一瞥くれた。
なんだ、その視線は……。
あなたもその一人でしょう、という目だ。
あらためて自己紹介したわけじゃないが、プリマローズやヴェノムとの会話、アークヴィランを倒した実績。
状況証拠的に、俺が勇者であることを疑われても仕方ない。
「シズク、言ってなかったが――」
「大丈夫です。皆まで言わずとも」
「そうか」
やはりバレていた。
「安心してください。私以外の村人は気づいてません」
「ナブトはともかく……ヒンダもマモルも?」
「ヒンダさんは分かりませんが、マモルさんは間違いなく気づいてません。あの人は私以外のことに興味ありませんから」
確かに、マモルのシズクへの想いは執拗だった。
初めて会った俺ですら感じるほどに。
「村を出たい理由もそれが一つです」
「……? マモルが疎ましいって?」
「そこまでではありません」
シズクはハンドルを切り、砂漠地帯を抜けて岩肌が露出した草原地帯にアーセナル・マギアを乗り上げさせた。
乱暴にハンドルを倒し、ガリガリと車輪を回して進んだ。
もう砂漠を抜けた。早いな。
「マモルさんは私を束縛しようとします。危険な目に合わせないように行動を制限してきますし、何かするときは必ずくっついてきます」
「心配してるってことじゃないか」
「私は、自分の行動に"自由"でいたいのです」
「――」
"ソード……。私は、自由でいたい"
ふと蘇る記憶。
最初にそう話したのは、シールだった。
夕焼けに染まる王都の街の一角で二人で語り合った。
あれは、七回目の覚醒の記憶――。
シズクも一緒だった。
シズクは今、マモルの一件しか喋っていない。
だというのに、俺はなぜかシズクが、タイム家の末裔としての役目、村人から向けられるプレッシャーの数々に悩んでいると悟った。
「今回の外出は大丈夫なのか?」
「うまく誤魔化してます。大丈夫でしょう」
「色々と大変なんだな」
「そうなのです」
草原の小高い丘を登り詰め、シズクがマギアを停めた。
「海岸につきました」
「おお!」
そこから見える景色は、俺の当時の記憶にも残る鮮やかなシーリッツの蒼海だった。変わってなくて安心した。
この海の向こうに孤島の祠がある。
果たして、シールはいるのだろうか。
「三号の祠――別名『孤海の月』だ」
蒼い海にぽつんと浮かぶ孤島が満月のようで、その名が付けられた。
シールにぴったりの祠だと思う。