183話 青の重装兵vs剣の勇者Ⅱ
「さァ、試させテもらおうかしら。この鎧――」
口元の鋼鉄マスクが開き、にやついた表情を見せるシール。
そこにはもう相棒の姿はなかった。
奇怪な黒い獣と化したアークヴィランがいる。
【狂戦士】の鎧をコピーし、世界侵略を企む邪悪な存在。
無限軌道を備え、鋼鉄の装甲でボディを固め、飛行モードにも変形できる鎧獣。
俺の【狂剣舞】が【狂剣士】と【抜刃】を融合させた能力だとしたら、シールが身に纏うそれは【狂剣士】と【護りの盾】、【翼竜】を融合させた三つの交雑種だ。
その交雑の魔素を生み出せたのは、【蜃気楼】による擬態の恩恵――。
俺は、俺自身の力に抗わなければならない。
シールは口元の鋼鉄のマスクを閉じると、フシューという排気音を鳴らし、キャタピラを回した。
魔王城内部の荒れ果てた体育館を駆け、俺に肉迫してきた。
「アハハハハハハハハ」
「っ……!」
両腕を剣に変え、双剣を構える。
あいつを鎮める手段はある。
パペットのときと同じように、刃の波動を放ち、シールに取り憑いた魔素を喰らうのだ。シールの精神を汚染している魔素本体を喰らい潰せば、パペットのように正気に戻るはず。
シールは瓦礫を飛ばしながら突進してきた。
俺は側転して突進を躱し、脇を通り抜けていったシールをすぐに追走した。
あいつに隙を与えたらダメだ。
すべての戦術を間髪入れずに繰り出す。それでようやくあいつの急所を捉えることができるだろう。俺はそれくらいシールの戦闘技術を信頼していた。
剣に変形した腕を一閃振るい、魔素を喰らう刃の波動を放つ――。
シールは首を半分振り向かせ、俺の攻撃を察知すると、形態チェンジして二足駆動状態になった。
軽やかなステップで床を蹴り、体育館の壁に跳びあがったシールは、壁を蹴ってバク転し、そのまま戦闘機モードに変形して空へと飛び立っていく。
俺の刃の波動を、翻弄するように逃げ切った。
「チッ……!」
あれだけの重装備なのに、敏捷性と機動力が高すぎる。
パペットのような人形師と身体能力が段違いだ。
シールは近接戦闘もお手の物だし、敵を攪乱する陽動も引き受ける前線型の人間兵器。
そもそも肉弾戦を得意とするタイプだった。
そこに【翼竜】という飛翔能力が加わったことで戦術が立体的になり、さらにシールを捉えることを難しくさせている。
「最高ノ気分よ。アナタを支配スるのにもう困ることはないもの。こノ力があれば、いつダってアナタをアナタをアナタをアナタを――!」
空へと舞い上がったシールは大きく旋回すると、急降下して俺に迫ってきた。
機体底部から飛び出した機関銃が火を噴く。
地上から見上げる俺に、容赦ない銃撃を浴びせてきた。俺はその銃弾をすべて剣で斬り捨てる。
低空ギリギリまで接近したシールは、着地寸前で二足駆動モードに変形し、俺に近接戦を挑んだ。
腕に備えた【護りの盾】を叩きつけてくる。
俺は腕の【抜刃】でそれをガードした。
姿勢を低くしたシールが腕だけで体を支え、逆立ち状態になり、厚い装甲に覆われた脚で俺の顔面を蹴り上げてきた。
体を反らしてその蹴りを躱す。
シールは躱された脚を、そのまま踵落としのように振り下ろし、俺の脳天を狙った。
流れるような体術だ。でも、想定済みだ。
剣を振るい、その踵を弾き返した。
シールは一連の動作に一切無駄がない。
俺もそうであるように、シールも近接戦闘型の人間兵器。その程度の体術は予想していたし、俺も不覚を取るような間抜けじゃない。
――剣で脚を弾き返す。
シールに一瞬、隙ができた。
逆立ち状態のシールの胴体はガラ空きで、そこにもう一方の剣を突き立てる。
確実にその横腹に刃を突き刺せる間合いだ。
これでシールを汚染している魔素を、【狂剣舞】の捕食で取り去る。そこまで頭でイメージできていたのだが、シールの胴体から突き出た銃砲が邪魔をした。
銃砲は正確に俺の腕に狙いを定めている。
気づいたときには、散弾が炸裂した。
ショットガンのような威力の弾丸を真っ向から受けて俺は後方に吹き飛ばされた。【狂剣舞】の黒い筋肉によってダメージはほぼなかったが、吹き飛ばされた風圧には抗いきれない。
彼女の武装は鉄壁すぎた。
敵の侵攻を許さない要塞が、そのまま動き回っているかのようである。
魔王城の壁を突き抜け、俺は外まで飛ばされた。
湖の岸辺まで吹き飛ばされ、周辺の空気が、湿気を纏うそれに変わっていた。
フィールドは静かで冷たいのに、俺たちの間には史上最強の剣と盾の戦いによって発した熱気が漂っていた。
「器用なことしやがってッ――!」
歯を食いしばって体勢を整えようとあごを引いたとき。
「――剣ノ勇者ガ、その程度?」
耳元でシールの冷たい声が囁かれた。
すぐ隣にシールがいた……。
俺もこいつに隙を与えてはいけないと考えていたように、シールも同じことを考えていたようだ。
互いをよく知るからこそ、少しの油断も許されないと互いに考えていた。だが、俺がここで間合いを詰められたのは油断ではなく、相手を倒すという覚悟と冷徹さが足りなかったかもしれない。
まだ俺は、シールへの攻撃を躊躇っている。
シールは既に振り上げていた腕を振り下ろし、【護りの盾】を俺の腹に強く叩きつけた。
体が捻じ曲がって湖畔の砂利に埋められる。
動きは止まり、俺は即座に【抜刃】を振り上げようとしていた。が、そこには肩に担いだ銃砲で狙いを定めているシールの姿がある。
「大人しく私に支配されればいいわ――」
銃口から弾丸が炸裂しようとしていた。
俺の【狂剣舞】の鎧は、度重なるシールの強襲で悲鳴を上げ、ところどころボロボロに剥がれかけていた。
この至近距離でさらに銃を乱射されたら、もうノーダメージでは済まない可能性もあった。
「ッ――――!」
まるで時が止まったかのようだった。
シールはニタリと笑っている。
だが、その笑みが固まっていた。
周囲には赤黒い靄が立ち込め、湖の霧とは思えないような異様な雰囲気が充満していた。
「……?」
いや違う。
どうやら本当に時が止まっていた。
似たような体験はしたことがある。
王都で【狂剣士】の暴走が始まり、戦いを止められなくなったときも同じようなことが。
「――そこまでよ。まったく、情けない」
赤黒い霧に満たされた空間で、一つの声がした。
声のする方を瞳だけ動かして見やる。
崩壊した魔王城の瓦礫の隙間から、薄紫色の髪をした司書ルックの女がひっそり歩み寄ってきた。
DBだった。
この凍りついた空間はDBの能力なのか?
【治癒】でも【再生の奇蹟】でも【潮満つ珠】でもない魔素……?
しかし、俺も俺で、体は動かなかった。
なんとか視線だけ動かし、その姿を捉えた。
「DB……?」
「私がわざわざ【時ノ支配者】を使わないと止まれないのだから、本当に魔素ってのは、扱いが面倒くさい」
「ファースト……アンチノミー?」
〝今から遙か昔、時間魔法を極めた災禍の元凶が引き起こした厄災によって、世界の時軸は不安定になって、あらゆる並行世界が発生しました〟
〝時間魔法って最近どこかで体験したような〟
リンピアの言葉が頭を過る。
〝このゲームという仮想世界、とても不安定です。元々はプログラムでしかないものが一つの世界になり始めた。私もこんな体験は初めてですが……〟
なぜリンピアの考察が今になって頭を駆け巡るのか――。
急ぐ様子もなく優雅に歩いてくるDBの表情がどうしても読み取れない。プリマローズを倒そうとしたときに見せた、DBの歪んだ笑みが頭に甦った。
「DB……お前のその能力は……?」
固まった状態のシールの隣に立つDBを見上げながら、俺は尋ねた。
でも、DBはそれについて答えなかった。
シールの横顔を覗き見、こう言った。
「シールは憑依になった」
「んなこと言われなくても……見りゃわかるぜ」
「あの戦闘形態の変化、なかなか見られるものじゃないわ。相当の精神異常と渇望がないと、ここまで極端に魔素汚染が進むと思えない」
物珍しそうにシールを眺めるDBの態度に嫌気が差した。
「――【擬・飛翔鎧】とでも呼ぼうかしら」
DBは新たな交雑魔素の誕生を祝福するかのようだった。
一方、不甲斐なさを感じた俺は視線を反らした。
シールがこんな風になった原因は俺にもある。
でも、治す方法もあるんだ。
「心配ねえよ。俺ならパペットにやったときと同じように、【狂剣舞】で浄化できるはずだ」
「浄化?」
DBは面食らったように俺を見返した。
そんなに変なことを言っただろうか。
パペットとの戦いは、DBも見ていただろうに。
あのとき『GPX』を持ち込んで、俺にゲーム世界にいるメイガスのことを思い出させたのは他でもない、DBだった。
それは、人間兵器をアークヴィランの魔素から救う方法について、俺に提案するためだったはずだ。
〝登場人物みんなが悲しまない幸福の結末〟
そこに導こうとしたのはDBの方だ。
何を今更……?
「貴方、この新たな魔素の誕生をなかったことにしようっていうの?」
「当たり前だろ……」
シールを正気に戻すには、それしかない。
魔素なんてクソくらえだ。
アークヴィランの源はすべて滅ぼす。
「――そう。やっぱりそうなのね」
「なんだ? どういうことだよDB」
「貴方、さっき魔王を殺すことも躊躇っていたみたいだし何か変って思っていたけれど、貴方はまるで『幸福の結末』に辿り着く気がないようね」
「は……?」
今のDBに違和感を覚えた。
それどころか、体が動かない状況でDBの言葉に冷酷さを感じ、背筋に悪寒が走った。
「残念ね。――それなら要らないわ、貴方」
虹色に蠢く瞳が、俺を見下ろしている。
虹の瞳。それはリンピア曰く、守護者の証だ。
世界の外から並行世界を監視している統御者。
ところで、DBはどうして俺の隣ではなく、歪に笑うシールの隣で俺を見下ろしているのか。
この対峙が意味するものは――。
「DB。悪い冗談はよせ。俺はシールを助け……」
「やめてちょうだい。さっきからDB、DBって。私はそんな名前じゃない」
「……?」
「私はケア。万神が一人、女神ケアよ」
三日月のように上がる女の口角。
その嗤いは並び立つシールと同じだった。
――万神の復讐劇。
ようやく俺はゲーム名の由来に気づいた。