182話 青の重装兵vs剣の勇者Ⅰ
プリマローズとシールの激突現場に飛び込んだ。
俺がシールの【護りの盾】に体当たりしても、シール本人は、ぶつかってきた存在が俺だということにまったく気づいていなかった。
憑依になったのだから仕方ないと、俺は諦めずに何度も体当たりした。
翼がボロボロになってほぼ落ちるだけになった魔王からシールの標的を移そうと躍起になり、五回ほど横からタックルしてみて、ようやくシールはこちらに視線を向けてくれた。
――その目つきは冷酷そのものだった。
「邪魔しないでソード」
「シールやめるんだ! お前と戦いたくねぇ」
「アナタのために私ハこんなに頑張って敵を殲滅しテるっていうのに何ヲ言っているの!? 私ノ苦労も知らなイで! もうすぐ世界ヲ支配デキるのに……! 全部アナタのためアナタのためにアナタのアナタのアナタのためなのにィイ!!」
云いながらシールは俺を【護りの盾】で叩き飛ばした。
シールは素早く戦闘機の形態に変形し、今に湖へ着水しそうな魔王を追いかけようと、垂直降下を始めた。
急降下しつつ、銃弾を湖に乱射している。
ここでシールに振り切られたら、魔王はゲームのイベントボスとしてだけでなく、現実世界のプリマローズという存在ごと抹消させられる気がした。
「待てっ……!」
【抜刃】を使って長竿の剣を伸ばし、シールと同化した戦闘機の三角翼を貫き、固定した。
ワイヤーで引っかけたように、剣はシールの戦闘機を捉え、それに引っ張られるように俺も急降下を始めた。
湖と、その中心に正円の輪廓をたどる魔王城。
その円が地上へ接近するにつれ急激に拡がり、魔王城にぐんぐんと近づいていることを感じた。
「いい加減に止まれ、このわからず屋っ!」
俺は力いっぱい長竿の剣を引いた。
ぐぐっと三角翼を引っぱられたシールは、バランスを失い、錐揉み状に回転しながら湖から魔王城の屋根へと戦闘機の進路を変える。
コントロールがつかなくなったようにも思える滅茶苦茶な動きだったが、その実、シールはあえて俺を振り落とすために、そんなアクロバティックな飛翔をしているんだと気づいた。
長竿の剣をショートソードサイズまで縮め、シールの搭乗する戦闘機の翼に近づく。その勢いのまま機体を叩き折ってやろうと拳を振りかぶった。
すると、シールは咄嗟に戦闘機モードを解除し、全身鎧モードに変形した。
俺のパンチを形態変化でかわしたシールは、翻した体を利用して回し蹴りを繰り出した。真横から【護りの盾】という最強の堅さを誇る鉄板をもろに食らった俺は、城の尖塔の屋根に押しつけられた。
ガガガガガガガガ、という轟音とともに屋根の石材が剥がされていく。
【狂剣舞】によって無敵の筋肉を纏う俺はもちろん無傷だったが、シールの蹴りの威力も相当のもので、その動きを止めることはできない。
尖塔の屋根に張られた石材に腕を突き立てて踏ん張り、屋根の上を転がってシールの蹴りつけから逃れる。
すぐ起き上がって尖塔の周囲を駆けた。
「抵抗するならこっちだって容赦しないわ!」
シールが叫ぶ――。
それは、ターゲットをプリマローズから俺に移したことを意味していた。少し安心した。
そうだ。俺に向かってこい。
「重装兵ごときが俺に勝てるワケねぇだろ!」
「剣士ごときが私を止められると思ったの!?」
ぐるりと尖塔の屋根を一周伝い走って、待ち構えるシールに詰め寄る。
塔が互いの間を入り、死角になったところで俺は屋根の石材を蹴ってフェイントをかけた。
飛び出した石材を、シールは正確に撃ち抜いた。
「――そこだ」
まだ控えている能力はある。
――【加速】。
シールが俺の蹴り上げた石材を撃ち抜いているときには既に俺は【加速】を発動していた。
屋根を逆回りしてシールの背後に回る。
背後を見せて銃を構えるシールがいる。まだ俺の接近には気づいていなかった。否、シールの反射速度より、俺の疾走が速すぎただけだ。
「オォォオラァアア!」
「……っ!?」
シールの背中に飛び蹴りを食らわせる。
魔王城の屋根から吹き飛ばされたシールは、凄まじい勢いで湖まで蹴り飛ばされた。
一瞬の隙も与えない。
俺は即座に後を追い、【加速】の助走をつけて屋根から飛び降りた。
シールは上下左右に体を無防備に回転させて湖へと落下していたが、途中でクッと動きを止めたかと思うと、【護りの盾】を戦闘機モードに変形させて真っ直ぐ俺に向かってきた。
正面から戦闘機が一機向かってくる。
機体の底部についた機関銃が火を噴いた。
銃弾が嵐に吹かれて一斉に舞い込む石つぶてのように、俺のもとへ飛び込んできた。
――【抜刃】。二刀流モード。
両手に構えた双剣で、弾丸の雨を高速で斬った。
銃弾の雨霰は、剣戟の前で粉々になった。
シールは戦闘機のまま、俺の懐に肉迫した。俺はその強襲を双剣を交差させてガードする。
「アナタが立ちはだかるトいうなら、アナタを倒してでもソードを支配スる! 私が――!」
シールの言い分は支離滅裂だった。
それは憑依状態となった人間兵器の特徴だ。
他の仲間――パペットやアーチェもそうだった。
「アアアアアアアア!」
シールは戦闘機モードから重装モードに変形し、俺の双剣に【護りの盾】を押しつけてきた。
奇声に等しいその叫び声が、湖の水面を揺らすようだった。空に反響し、暗雲で共鳴を生んで雨でも降らしそうなくらいに空気が張り詰めている。
「私ガ、アナタのアナタのアナタのタメにィイ!」
「…………!」
押し返された俺は、天井が開かれていた魔王城の中へ落ちていた。
その先には崩落した〝体育館〟の床だ。
シールの目は赤に染まっている。
怒気を孕む瞳は、俺の黒き鎧を写し取っている。
「支配スる! フフ、侵略スる! アナタには私ガ、フフフ、私がいないとなんだからねェ――!」
魔王城の内装の体育館で大きなクレーターができるほど押しつけられた。
そこで異変に気づいた。
シールを体を覆っていた重装が、黒々と変色しているのだ。
それはやがて俺が纏う【狂剣舞】の黒々とした筋肉と寸分違わぬものへと変化していた。
「シール、それは……」
目の前にいたのは俺だった。
――【狂剣舞】を纏った俺がそっくりそのまま目の前にいる。
「それは――」
「フフフ。ハハハハハ! これが最強ノ鎧カ」
シールではない何かが笑っていた。
俺がかつて支配し返した【狂戦士】の魔素とも違う。
あいつは静かなヤツだった。
だからきっと、目の前の黒い鎧は別モノ――。
「おまえ、【蜃気楼】か」
「フフフフフフフフ」
こういうときの推測は嫌というほど当たる。
シールを支配している魔素は二体いる。
【護りの盾】と【蜃気楼】。
いや、空を飛べるという点では、王都の攻城戦でその魔素を取り込んだ【翼竜】も、シールの体を乗っ取っているかもしれない。
三つの魔素がシールを乗っ取っているのだ。
「手ニ入れた。手ニ入れたゾ、フフフ、【狂戦士】を。ハハハハハハ!」
「手に……入れた……?」
シールに宿る魔素の中で最も凶悪な存在。
それが【蜃気楼】――。
他者へと擬態する魔素。
その力は他者に変装するだけでなく、その者の仕草や身体的特徴さえも真似ることができる。その真髄は、もしかすると他者の〝能力〟さえもコピーしてしまうのかもしれない。
「さァ止めてミろ、剣士風情――」
シールではない何かが喋っている。
俺と瓜二つの黒い【狂戦士】は、【護りの盾】を肩と腕に纏い、脚を無限軌道のように変形させて四つん這いになった。
肩や背中から銃砲が突き出し、こちらを射止めている――。
魔素という魔素が融合しきり、そこにいるのは奇怪な獣のようだった。