181話 青の重装兵vs魔王
敵がどちらかと訊かれると、困る状況だった。
先に落ちていったプリマローズは落下の途中で意識を取り戻したのか、姿勢を変えて『紅き薔薇の棘』を構え、仰向けになって地上へ落ちていた。
黒い戦闘機に乗ったシールは、その真上から凄まじい勢いでプリマローズを追い、接近するや否や機体を変形させ、鎧をまとう姿へと変化した。
戦闘機の銃砲はそのままシールの得物に変わり、シールは小銃を抱えながらプリマローズに向かって銃撃と、銃身を利用した近接打撃を浴びせていた。
あんなモードチェンジは見たことがない。
シールが持つ【蜃気楼】と【護りの盾】という二つの魔素は、擬態と盾の生成という能力しかなく、それ以外のシールの戦術は、基本的に彼女自身の鍛錬で身につけたものである。
王都で助けられたときのバイクアクションも、シール自身の騎乗技術の賜物だ。
しかし、今見せられた戦闘機モードから鎧モードへの〝防護形態〟の変化は、彼女自身の技術では不可能だし、魔素【護りの盾】による能力を超えている。
つまり、憑依がもたらす力の派生――。
一方のプリマローズは、最初の奇襲で浴びせられた銃創が酷いようで、剣を構えはしたものの、動きが鈍い。
空中に浮かぶ瓦礫の数々をクッションのようにして当たりながら、進路を変えて攻撃を躱そうとしているが、シールの俊敏な動きに押され、追撃を受け続けている。
さっきまで敵だった存在が、助っ人のように現れた凶悪な存在に滅多打ちにされる光景。
当然、気分のいいものじゃなかった。
そもそも俺はプリマローズを、魔族排球に挑んでいるときから、ついぞ敵だと認識しきれなかった。
真の敵とするには魔王が魔王らしくなかった。
〝ソ――〟
魔王はそう言いかけた。
――「ソード」。きっと俺を呼びかけたんだ。
あいつは、俺を思い出していた。
あそこで必死にシールの猛攻に抵抗しながらも攻撃を受け続ける魔王の中に、現実世界のプリマローズの意識があることを意味していた。
再現されたプログラムなんかじゃない。
「やめろ二人とも!」
まだ俺の【狂剣舞】の能力は発動したままだ。
今ならこの力で、シールの憑依を――。
「……っ!」
ドクン。
脳ミソと胴体が裁断されるような感覚。
そのとき、俺も思い出した。
金髪の人間兵器の名は『パペット』。
人形使いの人間兵器四号だ。
俺は、パペットに憑依した魔素を【狂剣舞】の力で食らい、彼女自身の狂気から彼女を救った。
メイガスから力を借りようと思ったのは――このゲーム世界に来た目的は、仲間たちの将来をアークヴィランの脅威から解放するため、魔素に支配されるのではなく、逆にこちらが支配し返す方法を探すためだった。
どうして忘れていたんだろう……。
忘れていたのは、ほんの些細な時間だったかもしれない。
でも覚えていれば、魔王城攻略戦で魔王を倒すのが愚行だとすぐ理解できたはずだ。
なぜなら、俺たちの真の敵は魔王ではなく、アークヴィランなのだから――。
「今いくぞ、シール……!」
自分自身が憎らしい。
シールが魔素の憑依とされてしまったのは、俺のせいだ。
あいつ自身も、きっとこのゲーム世界に来て俺と同じように何かしらの精神干渉を受けていたのだ。
そして目的を履き違え、だんだん意見が食い違うように――。
パンテオン・リベンジェス・オンラインに潜む見えない敵は、俺たちを巧みに攪乱させてくる。
これまでの目に見えるアークヴィランや、憑依となった人間より強敵だった。
俺は空中浮遊したままの瓦礫の裏側を蹴り、落ちるスピードを加速させた。
シールとプリマローズは遠目からは青とピンクのほぼ点の光源になって、魔力の軌道を描きながら滅茶苦茶な動きをしている。
満身創痍といえど、魔王の力量はやはり魔族の頂点と言わしめるほどの破壊性を有していて、これまでの振る舞いがいかにおふざけで力を押さえていたのかを知らしめる力強さに満ち満ちていた。
一方、シールは憑依状態によって増幅した魔素が魔王に匹敵する破壊力を示し、そこに戦闘スタイルの変形という変幻自在な動きが加わって、単純な破壊力一本のプリマローズを押していた。
そして、滞空する浮き島という足場をことごとく破壊していくのだった。
――その中には、アーチェが寄り添っていたメイガスを収監した檻と、身動きが取れなくなっていたリリスがしがみつく足場も含まれていた。
「きゃああああああっ!」
悲鳴は同じ方角から二つ重なるように聞こえた。
一つは少女となってブルマという体操着を着せられたアーチェのものだったし、もう一つはリリスのものであることは明白だった。
でも、どっちだっていい。
助けに行くのは変わらないんだから。
俺は真っ先に、檻にしがみつくアーチェのもとへ向かった。黒い筋肉を纏った姿で。
「大丈夫か!?」
「ええ。でも、メイガスが……」
アーチェは、うなだれた状態で目が瞑ったままのメイガスを心配するように見つめていた。
どちらも人間兵器の仲間だ。
俺がわざわざ手を差し伸べるほどでもない。
俺はこいつらを信じる。
「このまま落ちれば地面にぺちゃんこだな……。今のアーチェは魔術師のはずだ。何か使えそうな魔法はないか? 魔術師なら、高いところから落ちたときの対処法だって心得ているはずだろ」
「そんなことをわざわざ言いに来たの!?」
アーチェは不満そうに俺に叫んだ。
混乱しているのはわかる。
「悪いが、俺はリリスも助けないといけない。お前ならなんとかできるはずだ。信じてるぞ」
「……こんな時まで白々しいヤツなんだから」
「ウソじゃねぇって――」
「そういう意味じゃないわ」
アーチェは下層を一瞥した。
そこにはピンクと青の魔力の残滓が長い尾を引いて蛇のようにうねっていた。
長い悲鳴を上げ続けるリリス以上に、俺がその二人の交戦に意識が向いていることを察していた。
アーチェは気まずそうに視線を戻した。
「行きなさいよ。リリスのことも私にまかせて」
「おまえ一人で?」
「魔術師の私ならなんとかできるって、信じるんでしょう?」
アーチェは変な訊き方をした。
俺ははっきり言って手一杯だった。
あれもこれもとすべてをフォローする余裕がなくて、信じるというよりも甘えに近い考えをアーチェにぶつけているだけにすぎなかった。
「悪い――本当にすまん。じゃあ、頼む……」
「ふん。最初からそれでいいのよ。やっと少しは仲間を頼れるようになったじゃない」
「やっとって何だ。いつも頼りにしてるぞ?」
「五千年前はできてなかったっ」
アーチェとここで口喧嘩している暇はない。
俺は煙たそうにアーチェの詰問を手で振り払い、向きを変えてシールとプリマローズが激突している空に目を向けた。
「じゃあ、止めてくる……! 今のシールはどう考えたっておかしい」
「シールだけだったらいいわね」
俺を送り出すアーチェのその皮肉が、果たしてメイガスを心配しての言葉なのか、プリマローズの魔族排球の様子を思い出しての言葉なのか、あるいはもっと大雑把な特に対象がいない言葉だったのかどうか、空中に身を投じてもわからないままで。
でも、それが不思議と頭に残った。