180話 陣取り排球Ⅲ
「待ちやがれ!」
俺は浮き島に踏み込み、その場から跳躍する。
この【狂戦士】から派生した【狂剣舞】という能力は、従来の力そのままに身体強化も可能とする。
メイガスの檻から射出された魔球は四つ。
そのすべてが機関銃のように連射される。
一つを俺が接近して剣で叩き斬り、破壊。
スコアボードに点数が刻まれる。
【1 : 4】
アーチェの放つ赤の魔球を、モブが捨て身タックルで破壊を試みるが、破壊しきれず軌道が逸れる。
【1 : 2】
青の魔球の一つが勇者チームのコートを砕く。
【1 : 3】
プリマローズが赤の魔球の一つを愛剣で破壊。
【1 : 2】
ケアが青の魔球をシリアルコード辞典から出現させた特大の粘土で弾き返す。
同時に、アーチェの赤の魔球が敵陣に着弾。
【0 : 2】
魔物のモブ一匹を俺が倒し、赤の魔球が青のコートに無事着弾。
【1 : 2】
そこから激しくスコアボードは両者の加点減点を忙しなくカウントした。ぐるぐると高速で回る点数表は最早、今が何点なのかわからなくなるほどの動きをしていた。
どちらが先に11点へと辿り着くか。
この第三マッチは戦術を展開する速さが鍵だ。
空中で赤と青の魔球が、対になる色のコートを破壊していく光景――。
試合は既に戦争と化していた。
得点は一進一退で、消耗戦に突入している。
敵のアドバンテージは、ボスであるプリマローズが空中を飛行でき、メンバーのモブを無限に補充できるという点だ。一方の勇者チームは、それをカバーできる機動力と戦術を持ち合わせたメンバーが三人もいること。
こうなると、均衡状態となった魔球合戦を突破するには、敵の主戦力である〝プリマローズを行動不能にする〟という答えに辿り着く――。
「諦めなプリマローズ!」
俺は浮き島を三歩のステップで渡り、プリマローズの背後に即座に回り込んだ。
背中にはプリマローズの弱点がある。
長いピンクの巻き髪が肩で左右にわかれ、その隙間から露出した首筋――。
高い地点からジャンプして、プリマローズのうなじに向かって、剣を下に突き落とす。
魔族は、人間と違って心臓がない。
彼らを動かす動力源は、背中に一本走る脊髄。
そして首という司令塔に、ダイレクトにエネルギーを供給させることで、その反射神経と思考速度が人間を遙かに超えるのだ。
胴体を破壊しても、ほんの少し頸椎が脳に繋がっていれば、それのみで頭が生き残る個体もいる。
魔族の王であるプリマローズもそうだった。
うなじこそが彼女の弱点。
――斬りつける。
ガンという鋼鉄がぶつかりあう音が鳴る。
それはプリマローズの愛剣で弾き返された音ではなかった。俺の剣は確かにプリマローズのうなじを捉えていた。
今、プリマローズは首で受け、剣を弾いた。
もう物理耐性が最大限に達してやがる――。
「メイガス……じゃなかった。アーチェ!」
仲間の応援を呼びつけた。
物理耐性が高いなら魔法攻撃だ。
アーチェは返事なく、ファイアボールの援護で俺の呼び声に応えた。
ギュルルルルという回転音とともに火球が迫る。
うなじを斬りつけられて何故か唖然としているプリマローズのもとに火球が直撃した。
派手な爆裂音が鳴り響く。
「やったか!?」
言わなくていいことを言ってしまう。
やってないのに口から出る常套句だった。
煙が撒いた後、そこにいるのは、剣で俺にうなじを斬られたときと同じ表情を浮かべて宙に浮かぶプリマローズだった。
効いていない。
いや、それよりも――。
「なんか、おまえ」
「ソ――」
「ソ……?」
そのぼんやりとしたプリマローズの表情は、俺たちの攻撃に驚いたというより、己の存在に疑問を抱いたというような顔つきだった。
どちらにしろ、プリマの動きは止まった。
攻勢をかけるなら今だ。
「アーチェ。魔球で追加点を――」
振り向いて再びアーチェに指示を飛ばす。
今のうちに11点を取ってしまえば、魔族排球に勝てる。
――途端、俺が振り向いた直後に飛んできたのはケアによる【治癒】の白い光源だった。
白の魔法は俺の頬を掠め、プリマローズに浴びせられた。
「ォ゛、ノオオオオオオォォオオオ!」
プリマローズは叫び声を上げる。
体に纏った白い光はプリマローズの周囲を覆い尽くし、彼女の自由を押さえつけている。
湯気が立ったようにプリマローズの体からシュウシュウと煙が浮かんでいた。
「ォオオォォオオドォオオオ。嫌ジャァアアア」
魔王の叫びはゲームシステムの域を超えていた。
本当に断末魔の叫びのようで同情を覚える。
「何のつもりだケア!?」
「私の回復魔法で魔王の物理耐性を初期化する。今なら貴方の剣も貫通するでしょう」
「なんでだ! この状況なら必要ないだろ!」
「魔王を倒すために必要だわ」
「イビルバレーは2セット取れば勝ちだった」
「魔王の討伐に同意したのは貴方の方じゃない」
「それは、この戦いを終わらせるためで……」
確かにケアの言う通りだ。
魔王を倒す勇者。それが王道の結末。
それでこのゲームもクリアとなる。
仲間も助け、晴れてハッピーエンドを迎える。
ハッピーエンドを……迎えるのだ。
幸福の結末……?
〝これから私が語るのは正規の結末じゃない〟
〝登場人物みんなが悲しまない幸福の結末よ〟
――そう言い始めたのは誰だったか。
ちょっと待て。
俺はここへ何をしに来たんだ。
当初の目的は――。
当初の目的は、なんだ?
なぜだ。なぜ思い出せない。
何度も復唱して、ここに来るまで自分自身に言い聞かせたことじゃないか。
思い出せ思い出せ思い出せ。
ここはゲームの世界。
魔王が勇者を倒すゲーム――。じゃない。
そんなゲームじゃなかった気がする。
これはそう、期間限定イベントの一つで……。
俺は何故そのイベントに参加している?
わからない。
思い出せるのは、仲間を救い出すために来たということと、みんなの未来を――。
人間兵器の将来を憂いて――。
仲間の面影が一人一人浮かんでいく。
そこに、人形を操る金髪の女の存在がいた。
隣には王族衣装を身に纏う少女。
二人揃って笑顔で手を振り、俺を見送っている。
この二人は……誰だ?
何かから干渉を受けている気がする。
何から? 敵は魔王だ。
俺たちにそれ以外の敵など――。
「ソード! メイガスが……!」
遠くからアーチェの不安げな声が届いた。
見ると、アーチェがメイガスの囚われている檻の浮き島まで近づき、寄り添っていた。
そこには魔力を絞り尽くされたメイガスのげっそりした姿が――。
「仲間を見殺しにする気?」
ケアがそう言って俺を煽る。
「そう、だ……。メイガスを助けに来たという目的はちゃんと覚えている。それは間違いない」
「時間がないわソード。魔球で追加点を取ってる場合じゃない。早く魔王にとどめを刺すの」
「あぁ――」
俺は右手の剣を振り上げた。
ケアの治癒魔法を受け、苦しむプリマローズ。
その頸椎の切断を狙う――。
剣を振り下ろそうとしたその刹那。
「……はっ」
俺は二つのことを目撃した。
一つは、俺の攻撃を傍で見守るケアが、口をニタリと三日月のように歪める姿。
そしてもう一つは――。
「……モ……モルマモルマモル! 侵略スル侵略スル侵略スル侵略スル!!」
天空から落ちた黒い影。
その黒点に気づいた直後、数多の弾丸が、雨のように降り注いできた。
「私が侵略スル! この世界と! アナタを!」
聞き覚えのある声の、決して聞く筈のない言動。
空を仰ぎ見る前に弾丸が飛来した。
俺は【狂剣舞】によって無傷だ。
ケアもシリアルコード辞典から呼び出した鋼鉄の傘を差し、雨から身を守るように銃撃を防いだ。
「ギャァアアアアアアア」
しかし、プリマローズはその銃撃のすべてを浴びて、自慢の相棒の翼をぼろぼろにした。
浮力を失ったプリマローズは、血飛沫を周囲にばらまきながら無惨に落下していく。
「プリマ!!」
俺は落ちていくプリマローズに手を伸ばす。
――が、届かない。
ふと頭上からの殺気が強まる。
「あの女ね次ノ敵ハァアアアアア!!」
「……!?」
無防備に落下するプリマローズの後を、小型戦闘機のような物体が、物凄いスピードで追っていく。
それが、俺の傍を高速で通り過ぎた。
「アハハ! アナタには私がイないと――!」
持ち前の動体視力で確認する。
戦闘機に乗っていたのは、
「シール……!」
信頼を寄せていた相棒の成れの果て。
それが黒い機体と同化したように搭乗していた。
密林に繁る巻き蔓のような管が、黒い戦闘機とシールの口元を覆うマスクと繋がっている。
すれ違う刹那。
その瞳の奥に蠢く、黒々しいオーラを俺は見た。
それはアークヴィランの魔素だ。
間違いない。
相棒は憑依になったのだ。
「あの女が世界の敵で! アナタの敵で! 倒すべき敵で! 今、私が木っ端微塵に叩き潰す敵! アハハ、私がこの脅威からアナタを救ってアゲル!」
俺は居ても立ってもいられず、コートを蹴って地上に向かって垂直落下した。




