179話 陣取り排球Ⅱ
浮き島となったバレーコート。
最終の第三セットは、なんと空中決戦だ。
地上までの距離は、計算したくもない……。
目下、魔王城があった湖も遙か下に見え、王都のランドマーカーだったユミンタワー最上部も比にならない高度にいた。
しかも、コート断片は散り散りに空を浮かんでいて、各配置についたチームメイトとも離れ離れ。
三打で魔球を返せと言われても、チームメイトの許までレシーブやトスが送れるかすら怪しい。
そもそも浮き島のコートは空中浮遊しながら、冗談みたいに移動している。
レシーブした魔球が仲間のところに辿り着く頃には、チームメイトは別の地点へ浮き島とともに移動している可能性すらある。
その移動を見越して正確に配球しなければ、ボールの場外アウトで2点減点になるだろう。
こんな状況で真っ当なバレーができるか!
混乱して手が出せないまま、魔王側の魔球が次から次に撃ち放たれていく。
魔王チームに1点追加。
0 : 2
魔王チームに1点追加。
0 : 3
追加点を取られるたびに、勇者チームの陣地だった赤いコートが粉々に砕かれていた。
それに伴って足場が減っていく。
「ソード。何をぼさっとしているの?」
わりと近場にいるDBが声をかけてきた。
「作戦を考えてんだよ!」
「考えている暇あるかしら? 魔球が来てるのよ」
「んなこと言ったって……!」
急いで周囲を見渡し、状況を整理する。
リリスは高い場所が怖いのか、腰を抜かしてコートの断片にしがみついている。
アーチェの居場所は離れすぎだ。
こっちからの指示も聞こえないかもしれない。
魔王チームでは、メイガスを閉じ込めた檻は相変わらず魔球を生成するばかりだし、プリマローズ以外のモブ二体は何ら動じていない。
ゲームのプログラムだから当然か。
そして、プリマローズは『紅き薔薇の棘』を肩にかけ、挑発的な目を向けている。
第一・二セットの魔王より好戦的だ。
「ルールのことを思い出しなさい。この試合は結局のところ、魔王攻略イベントの一環。いくらスポーツ要素があっても、アレを倒すという最終ゴールは変わらない」
「アレを、倒す……」
DBはプリマローズに目配せした。
彼女は、『パンテオン・リベンジェス・オンライン』の世界観を構築する要素の一つだ。このイベントのゲーム性を決定づけている魔王の本質を理解しているのかもしれない。
「そうか。魔王退治、だったな……」
「そう。魔球は手段の一つでしかない。破壊したら減点1なのに、場外に落とせば減点2。――なんて、この点数差を運営は無意味に設定したと思う?」
魔球の破壊なら減点1。
裏を返せば〝1点の減点で済む〟ということ。
破壊できずに明後日の方向へ弾き返してしまった場合、ペナルティは2点マイナスと、より大きいものとなる。
魔球のラリーが難しくなったこの第三セット、敵の球を打ち返すことよりも、減点を前提に、陣地を守ることの方が大事なのでは……。
そして、その減点分を取り返すには――。
「攻撃あるのみってことか!」
「そうよ。魔王は勇者が倒すものでしょう?」
「……」
――蒼の魔球が勇者チームのコートを襲う。
魔王チームにまたしても1点追加。
0 : 4
粉塵と化したコートの断片を浴びながら、プリマローズは邪悪な笑みを浮かべていた。
その目を見て、ふとイベント名とシルエットロゴを思い出す。
【激戦!! 魔王城プリマロロ攻略戦線!!
~勇者求む! 湖城に咲く紅き薔薇の棘~】
――勇者求む!
そして『紅き薔薇の棘』だ。
プリマローズは、その愛剣を第三セットにしてようやく常備するようになった。
理解した。
この第三セット、小競り合いの必要はない。
いち早く敵の魔球を破壊し尽くし、その減点分を凌駕する勢いで、こちらも魔球で応戦する。
それこそが正攻法。
これは勇者と魔王の戦いを再現したイベントだ。
こっちには魔王討伐に必須の治癒師もいる。
「DB、頼みがある」
「……はぁ。せっかく形勢逆転に向けて盛り上がってきたのだから、昔の名で呼んでほしいけどね?」
そこに拘ってる場合かよ!
しかしDB――いや、ケアは調子よく人差し指をクイクイと引き、俺のコールを求めていた。
「わかったよ! ――五号!」
「そうこなくちゃ」
「援護を頼む」
「ふふふ。よく言えました」
それが合図となった。
能力を出し惜しむ気はない。
――【狂剣舞】、起動。
黒い鎧が全身を包み込んでいく。
両腕にへばりついた黒い泥は硬質化して剣状に姿を変えた。
ゲームの中でも性能は問題なさそうだ。
「戦闘は俺が! それと、アーチェだ!」
すかさず俺は足場の浮き島から跳びあがった。
まずは第五サーブを捌いてから、アーチェに作戦を伝えにいく。
コート断片の足場を何度か跳び、アーチェのいる低空の足場まで降りる。
途中、第五サーブが飛来した。
それを【狂剣舞】の腕で切り裂く――。
勇者チームが1点減点。
-1 : 4
「アーチェ!」
「ソード!? その姿は【狂戦士】……?」
アーチェは冷や汗をかいていた。
手も足も出ずに点を取られていく光景を前に、追い詰められていたのだろう。
「ありったけの火球を魔王チームのコートにお見舞いしてやれ。とにかく連射だ。できるな?」
赤く光るコートが勇者陣営のコート。
青く光るコートが魔王陣営のコート。
バラバラの断片になっても、輝きを見れば、一目でそのコートがどちらの陣地かはっきりしていた。
「多分……。この体、魔力量がすごくて……」
ツインテールの幼子のわりに高性能だった。
「よし。俺が敵の魔球を破壊する。そして本命のプリマローズだ。あいつと戦うときには――」
手筈を早口で伝える。
アーチェも頭の回転は悪くなく、俺の作戦を聞いてこの試合の本質を理解したようだ。
「想像より魔術師役って忙しいのね」
「怖じ気づいたか?」
「ううん。昔はこういう役目をメイガスが引き受けてくれてたんだものね……。再会する前に苦労が知れて嬉しいくらいよ」
その意気だ。
アーチェと目で合図し、俺はすぐさまその場から跳び上がった。足場を伝ってガラ空きの自陣のコートへ舞い戻る。
そこにちょうど魔王側のサーブが飛来した。
腕を振るって蒼の魔球を叩き斬る。
目の前で魔球が爆発し、勇者チームが1点減点。
宙に浮かぶスコアボードが『-2 : 4』となった。
「ククク。我が導師の魔法を破れるだけ見事じゃ」
翼の羽ばたき音が頭上に響いた。
見上げると、背中に翼を生やしたプリマローズが羽ばたきながら近づいてきた。その羽色は、ネネルペネルの翼と同じだった。
「しかしな勇者。壊すばかりでは勝利が遠のくばかり――」
プリマローズの視線の先にスコアボードがある。
その点数表示が『-2 : 4』から、今まさに『-1 : 4』に変化した。
「なに……?」
プリマローズの背後で浮かぶ魔王陣営の青のコートが、粉々に吹き飛んだ。
アーチェの魔球が着弾したのだ。
そして次から次へと、アーチェが連続で放つファイアボールに青のコートが破壊されていく。
粉塵が舞い、怪訝な顔してプリマローズもそちらを見やる。
点数表は目まぐるしくカウントが回った。
『0 : 4』
『1 : 4』
『2 : 4』
「……」
「ヘッ。こちとら勇者経験が長いんでね」
「ぐぬぬぬ」
プリマローズは引き攣った顔を浮かべると、『紅き薔薇の棘』を降り被り、急上昇した。
「導師! 魔球を放ち続けるのじゃ! 我が下僕どもは肉塊の盾となれ!」
プリマローズの命令に従い、メイガスが絶叫を上げる。
「アアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
魔力を搾り取られる苦痛の叫び。
痛ましい声だ。
早く解放してやらねば。