178話 陣取り排球Ⅰ
――ピーーーッ!
ホイッスルの音が体育館もとい魔王城に響いた。
第二セットは勇者チームが獲得した。
各セットの勝敗を表示する網掛けのスコアボードには、勇者チーム、魔王チームで取ったセットの欄に○が書き込まれる仕様だ。
第一セットには魔王チームが、第二セットには勇者チームにそれぞれ○が書かれていた。
第二セットは戦略の勝利である。
アタッカー兼司令塔である俺が、敵のコートへの攻撃や魔球スパイクによって点数を稼ぎ、魔王チームの雑魚の魔物は、リリスが誘惑して引きつけることで魔王チームを完封した。
「ソード、やったわね!」
アーチェが度重なる魔球生成による魔力消耗で、やや疲労の色を浮かべていたが、その表情は第一セットのときより明るかった。
メイガス奪還への道筋が見えたからだろう。
俺を信じて正確なサーブを打ち続けてくれたおかげだ。
しかし、それ以上の功労者は、コートの隅に座っているリリスだ。
上限二体で湧いてくる魔物を引きつけてくれていなければ、俺たちは延々と無限湧きする魔物に翻弄されていたところだ。
「ありがとなリリス。さすが本物のサキュバスだ」
「え? う、うん。……なんだか照れるのだわ」
リリスは照れ臭いようで頬を掻いた。
「サキュバスが照れるなんて、おかしなやつだな」
「そ、そうかしら? なんか、こんな風に自分の力を使ったのは初めてな気がして……」
「何を言ってんだ。今まで監獄島でいろんな挑戦者を誘惑して足止めしてたんだろ?」
「そうなのだけどねぇ。妙な感覚だわ」
リリスは、自身の力に懐疑的だった。
ゲーム世界で唯一、自我を芽生えさせた個体というユニークな存在だからか、そういう妙な感覚に陥ることもあるのかもしれない。
「とにかく第三セットが鍵だ。次も期待してるぞ」
「はわ~……。あたしらしからぬ大役だ……。でもやるしかないわねっ」
リリスは両頬を叩いて気合いを入れた。
大丈夫だ。
次も同じ試合運びなら完封で勝てるはず。
相手チーム四人のうち、リリスが二人引きつけ、俺がプリマローズと近接戦闘で隙を作れば、こちらの魔球は必ず落とせる。
コートチェンジが終わり、第一セットと同じ配置に戻る――。
いつでも臨むところだと、全員身構えたところでプリマローズが俯きがちなまま、不敵な笑みを浮かべ始めた。
「クックック……」
「……プリマローズ?」
「クックククク。まず1セット勝利を収めたことは誉めてやろう。じゃが、それだけじゃ」
プリマローズが凄みをもたせた目つきでこちらを睨む。
「なんだと?」
「貴様らの戦いなど、陽射しに焼かれて藻掻くミミズのように、沈没船で逃げ惑うネズミのように、無意味で意地汚く、生乾きのタオルのようにフニャフニャで、巻いている途中で千切れたトイレットペーパーのような情けなさだったと、今に気づくことじゃろう……!」
「……」
例えがいろいろと酷い。
現実のプリマローズとはまた別の角度で変だ。
俺は思わずDBを見た。
「シナリオライターも疲れが溜まってるのね……」
「今のもセリフか!」
「勇者チームが勝つと流れる追加ムービーよ」
「あんな極悪な表情でトイレットペーパーの話されたくねぇな!?」
他のプレイヤーもこれからこの試合に挑戦させられていたとしたら、魔王のセリフ回しに苦情が殺到して炎上していたかもしれない。
俺たちが最初で良かった。
そして、俺たちで最後にしなければならない!
「魔王式魔族排球の本領はここからよ。貴様らのこれまでの足掻き、滑稽だったのじゃー。クーッハッハッハッハ!」
魔王の高笑いとともに、魔王城全体が大きく振動し始めた。
「……!?」
コートに亀裂が入り、天井は崩れ落ちそうだ。
まさか城ごと破壊して俺たちを生き埋めにする気じゃないだろうかと思わせる挙動だったが、次第に天井のブラインドが開き、魔王城は屋外コートへと変貌を遂げた。
さらに床に張った亀裂はコートを分断した。
そして、分断された床が空へと急浮上を始める。
しかも、それぞれ四人を乗せた床はばらばらに離れ、メンバーが孤立させられた。
「きゃあああっ」
俺やアーチェ、DBはなんとか姿勢を保っていたが、運動音痴のリリスは怖がって床にしがみついている。
「リリス! 落ちるなよっ!」
「無理無理! 絶対落ちるわ! なんでバレーのコートが絶叫マシンに変わるのよぉー!」
リリスの言う通りだ。
まさかこんな足場の不安定な状態でイビルバレーを続けろと?
プリマローズに振り向く。
魔王は既にコートの床には立っておらず、空中に浮んでいた。
「一人だけ飛ぶなんてずるいぞ!」
「ハーッハッハッハ! 貴様らはどこで試合していると思っておる。ここは我が城。妾のホームで戦うのだから、これくらいは覚悟しておくのじゃ!」
「汚い。さすが魔王、汚い!」
「何とでも云うのじゃ! さぁさぁ、第一サーブゆくぞ!」
「……!」
よく見ると、メイガスを閉じ込めた檻を乗せたコートも一緒に空を飛んでいて、メイガスは変わらず魔力を吸い上げられている。
蒼の魔球サーブを放とうとしているのだ。
その射線の矛先には、赤くぼんやり光るコートの瓦礫の一部――。
勇者チームのコートの残骸である。
あそこに打たれたら魔王側に一点入るってことだろう。
「こんな空中戦のバレーは想定してねぇよ!」
「ソード、文句言ったってしょうがないわ!」
DB、俺を叱咤した。
彼女は遙か後方の瓦礫一部に乗っている。
確かにここまで来たら何が何でも勝つしかない。
「クソっ……!」
メイガスのサーブ地点からコートの残骸までの距離は、通常のサーブよりだいぶ距離が近い。しかも本来そのコートを守るべき俺たちの方が、そのコートから遠い地点にいた。
これでは狙われ放題である。
「アーチェは何処だ!?」
立体的になったコートを上下左右くまなく探す。
――アーチェの居場所はかなり低位置だ。
「チッ……あそこからじゃ魔球を魔球で相殺するって手も厳しそうだ」
サーブを打たれた直後にアーチェが魔球を打ち出したところで間に合わない。
俺が【抜刃】を遠隔で飛ばし、魔球を破壊すれば勇者チームがマイナス一点となる。
勝利は遠のくが、魔王チームに一点リードされるよりマシだろう。
「くっ……!」
俺は浮かびながら移動するコートの残骸を跳び移りながら、急いで狙われている自陣のコートに接近した。
「――【抜刃】!」
手を翳し、自陣のコート上に剣山を生やす。
魔球が着弾しても、剣に突き刺されば、着地を防ぐことはできる。
しかし……。
「ギィァァァァアア!」
「!?」
【抜刃】を飛ばした矢先、モブの魔物が勇者チームのコートに黒い霧とともに出現し、剣山の攻撃をもろに浴びて地上へ落ちていった。
魔物を串刺しにした剣山は役目を終えて消失。
俺が動揺しているうちに、メイガスが放った蒼の魔球は、残されたガラ空きのコートに着弾した。
かろうじてコートの形を保っていた瓦礫は粉々に吹き飛び、塵も残らずに消えた。
魔王チームに一点――。
「これは……」
第一セット、第二セットはまだお遊びだった。
第三セットこそルール無用の空中決戦。
戦いは平面から立体に。
球入れゲームから陣取りゲームに様変わりした。
……なにせ、コートの足場は魔球の着弾とともに消えていくのに対し、片側コートに四人まで入場可というルールだけが残っている。
このまま魔球サーブの強襲が続けば、点数が入れば入るほど足場はなくなり、味方が地面に真っ逆さまに落ちていく姿を見せられることになる。
俺のような人間兵器ならまだしも――。
「イヤァアアアア! 死にたくなぁあああい!」
リリスが悲鳴を上げている。
彼女の場合、足場を失ったら必ず死ぬ。
敵に点数をリードされれば、その分、味方の死へのカウントダウンが進んでしまうのだ。