177話 ◆髑髏面の尋ね人Ⅲ
ヴェノムはマリノアからGPⅩのコントローラーをひったくり、リリスを追い回していた筆頭格の男に向かって、マリノアのアバターを動かした。
「こいつに話を聞くにはどうすればいい?」
「え、あ~、そこのマイクに話せば音声データが入力されるようになってる……みたい」
「これだな?」
マリノアはゲームのことをよく理解していない。
ヴェノムはそれでも構わなかった。とにかくどうしてこのプレイヤーたちが、リリスという名前のサキュバスを追い回していたのか、理由が聞ければよかったのだから。
サキュバス。『リリス』と同じ名前と容姿。
失踪したリリスとの因果関係が否定できない。
「おい。テメェ」
「ん?」
振り向いた男の頭上には、キャラクター名として『モロスケ』という表示が浮かんでいた。
「おう。マリンじゃないかよ。どうしたんだ?」
「マリン?」
ヴェノムは首を傾げた。
傍から見ていたマリノアが耳にそばだてる。
「私のゲームの中での名前。わかりやすいでしょ」「あんた、こいつと知り合いなのか?」
「同じパーティー仲間だよ」
「そりゃちょうどいい。今逃げていったサキュバスのことを聞いてくれんか?」
マリノアは露骨に嫌そうな顔を浮かべた。
「えぇ~? 私が~?」
「俺はこのオアシスを作った恩人だろっ!」
「ヴェノムは爆弾ばらまいてただけじゃん……」
文句を吐きながらマリノアはモロスケに尋ねた。
マリノアも魔王討伐イベントのポイント稼ぎで、朝のクエストに挑戦していたのだが、牢屋から抜け出せもせずにうろうろして終わったプレイヤーの一人だ。
そのため、クエスト終了後にサキュバスのような夢魔が街に出没するという事態は寝耳に水だった。
「……うーん」
一通りモロスケから事情を聞いたマリノアも、怪訝そうな顔を浮かべるばかりだ。
「このイカつい男は何て?」
「それがさ、今のサキュバスは運営が用意した追加ボーナスじゃないかって……」
「追加ボーナスぅ?」
○
餅は餅屋だ――。
勇者全盛時代、魔王討伐の旅において、こと、交渉ごとはシールが担当だったが、なかなか融通の利かない相手にはヴェノムが交渉していた。
なぜなら、ヴェノムはその粗野な気性に、禍々しい髑髏面の装飾もあって、強気な村人にも圧をかける天才だったからだ。
今のヴェノムはもう覚えていないものの、七回目の魔王討伐当時、妖精族の末裔が守るアガスティアの倒木から『アガスティアの大葉』を採取するときも、強情なエルフを退かせたのはヴェノムだった。
当時のヴェノムには、その葉っぱをなぜソードが欲しがっていたのかわからなかったが。
それがソードの記憶を保持することとなった魔道具『アガスティア・ボルガ』の原料になったということは、現在のヴェノムも知らないことだ――。
王都へトンボ返りしたヴェノム。
その足でそのまま、西区の聖堂教会を目指した。
言わずと知れた『タルトレア大聖堂』だ。
ヴェノムが知るかぎり、現代においてあの手の電脳世界に詳しい元勇者は、DBを差し置いて他にいない。
DBは性悪女だが、人間兵器五号と呼ばれていた頃から、それは変わらなかった。
ヴェノムにとってはわかりやすい女だった。
その行動原理に、必ず損得勘定があったからだ。
ソードやアーチェ、シールのようにお節介精神で意味のわからない行動に出るような〝人間らしさ〟を一切持ち合わせていない。
それゆえ一番信用できる。
ヴェノムはケアに相性の良さを感じていた。
彼女がDBとして、アークヴィラン狩りを事業として始めたときには、一番に乗ったほどだ。
もしDBが誰かに協力したり、率先して物事を成し遂げようと行動を始めたときは、それは彼女の中に何かしらの野心があってのことだろう――。
教会にかかるブロワール大橋を渡り、庭園を通り過ぎて大聖堂に入った。
いつも門番のように駐在する口うるさいパウラという鳥人がいなかったことに、やや違和感を覚えたヴェノムだが、たまにはそういう日もあるだろうと気にも留めずに通過した。
「うぃーっす! DB、元気かい!?」
最後に聖堂を訪れたのはいつぶりだろうか。
礼拝に来ていた信者がいたかもしれないが、辛気くさい雰囲気が嫌いなヴェノムにとっては、大声を上げて重苦しい扉を突破しなければ、気迫に負けてしまう気がして、あえて声を張り上げた。
心配をよそに、聖堂の中には誰もいなかった。
「おいおい。なんだこのシケた聖堂は。もっと景気よくピアノの一つでも鳴らしとけってんだっ」
ヴェノムはずけずけと身廊を歩き、司教座まで詰め寄った。
その有り様は、無頼漢のそれ。
カテドラルには、いくつもの有線ケーブルでDBが世界中のネットワークに繋がるための台座があるのだが、その線という線が引き抜かれて放置された状態。
「ん~? DBのやつ、いないのかね」
ヴェノムが周囲をきょろきょろと見渡していると突然、ポロンというピアノの音色が響いた。
それは無意味な音のようだったが、次第に演奏に変わっていく。何か異様な雰囲気の旋律だ。
音色がする方に視線をやる。
一人の青髪の男がピアノを熱心に弾いていた。
「あんた、誰だい?」
「――ああ。気に障ったならすまない」
男は演奏を止め、振り向いた。
「ピアノの伴奏を所望していたのでね。歓迎の意味も込めて弾いていた」
「は~ん? 上手いもんだね。教会の関係者か?」
青髪の男はすっと立ち上がり、左手指の関節の調子を確かめるように指先を眺めながら、手を握ったり開いたりしていた。
「演奏は家族に習った。――キミの想像通り、関係者だ。牧師見習いのロア・ランドール。よろしく」
「牧師見習い……」
そんな男が居ただろうかと不審に思った。
そもそも、要るだろうか。
人間兵器とその補佐で運営されている大聖堂が、その二人以上の人手を必要としていると思えない。
一方でヴェノムは、ロアと名乗る男にDBと似た空気を感じていた。
瞳に光がなく、慈悲深そうな表情を浮かべながらも徹底的に無慈悲を貫く。そんな厭世的な思想が、肌に張り付いて隠しきれていない。
――だからこそ信用できる気がした。
ロアに対する扱いはDBと同じでいいだろう。
取引と交渉、利害関係の合意。
そういった手合いとのやりとりは、ヴェノムも得意だ。ソードやアーチェは苦手な分野だろう。
「俺はヴェノムだ。アークヴィラン・ハンターの」
「ふむ。聖堂に来た理由を聞こう。用件は?」
「……?」
アークヴィラン・ハンターが聖堂に来る理由など一つしかない。
データベースへのアクセスだ。
それをわざわざ「理由を聞こう」などと、こちらに込み入った事情があることを見抜いていないと、普通そういった尋ね方をしない。
見習いにしては洞察力の高い男だ。
あるいは、本当は牧師見習いではないかだ。
「……DBに会いに来たんだがね。流行りのゲームにまつわる事件のことを聞きたい。だがまぁ、居ないんなら仕方ないねぇ」
ヴェノムは肩をすくめた。
牧師見習いの出方を伺うため、自分の意思表示は控えた。
「なるほど。……どうやら大司教様もその事件に巻き込まれているようで。彼女を追うために、俺も独自に調査していたんだ」
「へぇ~」
ヴェノムは確信した。
ロアには裏の顔がある。
本当は牧師見習いなどではなく、きっと企みがあって大聖堂に忍び込んだのだろう。
その口ぶりからはDBに対する執着を感じた。
大司教への敬愛によるものではなく、憎悪に近い何かがロアを駆り立てているようだった。
DBを嗅ぎ回る悪党の可能性すらある。
「ちょうどいい。目的が一緒なら、情報交換はどうかな? もしかしたらキミが聞きたかったことも、見習いの俺に答えられるかもしれない」
ロアは親切を装ってそう提案してきた。
ヴェノムも応じる。
「もちろんいいぜ。ただ、こちとら、のんびりはしてられないんでね。お茶をご馳走になる気はねぇからな」
「はは。この聖堂にお茶は常備してないから安心してくれ」
嘘か誠か、ロアは関係者らしく振る舞い続けた。
真の目的がわからないうちは、調子を合わせてロアから多くの情報を引き出すしかない。
すべてはリリスを見つけ出すためだ――。