18話 砂漠仕様アーセナル・マギア
後日、砂漠横断の旅に出ることになった。
まさかのシズクと二人きりだった。
このシチュエーション、よく許されたものだ。
シズク・タイムは神官家系の末裔。
精霊オルドールの付き人だったタイム家の血筋であり、ハイランダー王国でも由緒正しい家系の一つと言えるだろう。
云わば、巫女のような存在。
その大事な一人娘が、どこの馬の骨とも知らぬ男と二人で旅に出るなど、何か不祥事があったら大変だ。
この数日の村の暮らしで信用をもらえたとも思えない。
まぁ、手を出すつもりはないが。
待ち合わせ場所の村の入り口で立っていると、シズクが例の生体認証の魔術ゲートから出てきた。
「おまたせしました。行きましょうか」
シズクは、つばの広い小洒落た帽子など被っている。
ピクニックにでも行く身なりだ。
「何か?」
「ナブトは何も言ってなかったのか?」
シズクは小首を傾げた。
「いえ。気ぃつけてな、とだけ」
「軽い父親だな」
「お父さんは放任主義なので。千尋の谷に突き落とした方が私も成長すると思ってます。……もし本当に危険が迫っても、ソードさんがいるので大丈夫でしょう」
「その"俺"を危険だと思わないのか」
「どうしてですか?」
無垢な表情を向けられ、複雑な気持ちになる。
世間知らずなのか、それとも自衛に自信があるのだろうか。
そんな警戒心の低さに庇護欲が沸く。
「まぁいいや。さっさと行こう」
「こちらです」
シズクは村の入り口のゲートから端の角まで移動し、その外壁に嵌め込まれた魔導板のようなものに触れた。
すると、村の入り口より大きなゲートが開いた。
また生体認証らしい。便利な術式だ。
中は格納庫になっていた。
しかし、空っぽだった。
「なんだ? 何もないぞ」
「ここは整備用兵器廠の機能を併せ持ってるので無駄に広いです」
シズクは倉庫を進み、壁に立てかけられた"棒"を取り出した。
「その棒で何するんだ?」
「これが砂漠横断用の乗り物です」
「んん?」
杖ついて徒歩で行けってか。
シズクは棒の両端を握り、思いっきり引っ張った。
棒はそのままハンドルに変わり、棒に内包された魔術が展開されて魔力が具現化し、箱状の四輪車となった。
座席が二席ある。
シズクはハンドルを握った状態で座っていた。
「はぇ~」
これが5000年を経た文明の利器……。
間抜けな声しか出なかった。
「さぁ、乗ってください」
「すげぇな」
「アーセナル・マギアはご存知ないですか?」
「田舎者なんでな。よっ……と」
俺は箱の縁を飛び越え、もう一席に乗り込んだ。
シズクは呆れたような目を向けた。
どうやら縁はドアになっているらしく、普通は開けて乗るそうだ。
この【アーセナル・マギア】は都会で普及している乗り物らしい。
都会ではもっとコンパクトだそうだが。
ラクトール村の数台は砂漠仕様に改造されたもので、村に侵食する砂漠化の瘴化汚染に対抗し、ナブトがなけなしの村営資金を叩いて買ったらしい。
シズクがハンドルを前に倒すと、アーセナル・マギアが発進した。
砂漠仕様のマギアは車輪が砂に沈まないようになっていた。
乗り心地も馬車より圧倒的に快適。
しかも、速い。
「これならシーリッツ海岸にもすぐ着きそうだ」
「日が高いうちに着くと思います」
例のイカ・スイーパーが棲みついていた峡谷が遠目に見え、すぐその山稜を通り過ぎていった。
その時のことを思い出す――。
退治に向かったのはヒンダの話を聞いたからだ。
これ以上、マナディクションが進み、村の移住を余儀なくされると王都の人形劇団に入団する夢が叶えづらくて困ると聞き、つい"人助け"した。
いや、結果的に人助けっぽくなったのだが……。
ヴェノムにも注意された。
そういえば、その時、シズクは自分に大層な夢はないと言っていた。
なら、シーリッツ海を目指す理由は何なのか?
いまいち掴みどころのない少女だ。