174話 魔族排球Ⅶ
1点先取して始まった第2セット。
散々だった第1セットと比べて滑り出しが良く、アーチェの表情も少し明るくなった。
そんな状態から打たれた2回目のサーブ。
1回目のサーブと同様、ネットすれすれを超える軌道で魔王チーム側のコートに飛来する。
良い軌道だ。
だが、端から同じ手が通用すると思ってない。
「アアアアアアアア」
アーチェの魔球サーブがネットを超える直前、メイガスの絶叫がコートに響いた。
サーブは試合開始を意味する。
ここからは敵味方関係なく、試合用の魔球をいくらでも用意でき、敵のチームを襲撃できる。
「クカカっ! 一点や二点ならくれてやる! しかしっ、攻勢はここまでじゃ!」
敵に魔球を打たれたら、相手チームは三打で敵陣へ返すための行動を強いられる。
俺の【抜刃】による剣山を防ぐために、プリマローズは先手を打って魔球を放ったのだろう。
「おまえの発想なんてお見通しだっ!」
俺はネット際でジャンプして、魔王チームから放たれた青の魔球サーブを剣で切り刻んだ。
【抜刃】の剣術で細かく切り刻まれた魔球は、分裂した隕石のように散り散りに爆発した。
「馬鹿な勇者よ! ボールの破壊は減点じゃ!」
「百も承知だ!」
コートサイドで「1:0」だった点数表が「0:0」に戻る。
「クク、振り出しに戻ったぞ? おまけに、其方の剣の妙技は潰した。これで我らのラリーで攻勢に変わ――」
プリマローズが視線を下げる。
味方の魔物が最初にアーチェがサーブで放ったファイアボールを対処している。
――はずだった。
いない。
魔物二体が魔王チーム側のコートからいなくなっている。
「っ、斃されたか? ならばまた産み出すのみっ」
魔王は作戦を命じる司令官のように手を翳し、魔物を喚び出そうとした。
もう火球のサーブは床に着地しかけている。
早く代わりの手下を用意しないと球が落下する。
しかし――。
「ぬっ……なぜじゃ! なぜ来ぬ!」
魔物は現れない――。
コートにはプリマローズと、サーブゾーンの檻に囚われたメイガスしかいない。
そうこうするうちに火球は魔王チームのコートの床を抉った。めり込んだ赤の魔弾は回転を次第に弱め、やがて制止して消えた。
得点が勇者チーム:魔王チーム『1:0』に戻る。
「……」
魔王は唖然としている。
解せない現象に戸惑っているようだ。
「俺たちをみくびったな。プリマローズ」
「何故おらぬのじゃ! 何故あやつらは現れぬ!」
「おまえの探しているお仲間ならそこにいるぜ」
親指を突き立てて、コートの端にいる連中を指差した。
勇者チームコートのフリーゾーンで座り込み、試合そっちのけで談笑する魔物がいた。
――三人も。
「そうなんだ~。魔王軍も大変なのねぇ」
「ギィ。イギィイン……」
「あっ、お触りはダメ~。ウチはノータッチでやらせてもらってま~す」
「イイギュァ~~ン……」
「ふふ。大丈夫? ゆっくりしていってねぇ」
腑抜けのようになった魔物二人が、サキュバスを囲んでデレデレしている。
あれがリリスというサキュバスの力だった。
――【誘惑】という能力。
体育館となったはずの魔王城の一角が、まるでそこだけ接待付きのスナックのような有り様。
魔球には魔球をなら、魔族には魔族をだ。
「おのれら何をしておるのじゃーっ!!」
怒りに打ち震えたプリマローズが叫ぶ。
「無駄だ。リリスはあぁ見えてイベントクエストのボスモンスター。誘惑の力も絶大だ」
プリマローズの喚び出す魔物が、リリスをいやらしい目付きで見ていたことは知っていた。
プログラムな存在であっても――否、プログラムだからこそゲーム仕様の一つである【誘惑】というサキュバスの幻惑にかかるのだ。
それを狙ってリリスをあえて前衛に配置した。
「面目丸つぶれだな、プリマローズ?」
「グ……グヌヌヌ……」
「今のお前のカリスマ性は、格下のサキュバスにも劣るんだ。魔王だったら魔族を従えてみせろ」
「……ッ! ……クゥウウ!」
プリマローズは指パッチンで合図した。
すると、リリスに魅了されてデレデレとなった魔物二人の頭上に大岩が出現し、物凄い勢いで二人を押し潰した。
「きゃっ」
ヒギャという無惨な悲鳴とともに魔物は死んだ。
プリマローズが殺したのだ。
「妾の顔に泥が塗れて満足か、ソ――」
「ソ?」
「ソ……ソソソソゴゴゴ……ユユユユユ勇者よ」
「なんだ?」
壊れたラジオのようにプリマローズが重ねた。
怒りの表情が崩れ、無表情に戻る魔王。
ゲームのバグのような反応だった。
今の「ソ」は、きっと「ソード」と呼びかけたんじゃないのか? 普段のやりとりだったら、俺のことをそう呼ぶ――。
それが今じゃ自分のことを『妾』。
俺のことを『勇者』だ。
この魔王の中にプリマローズとしての人格が戻ろうとしているんじゃ……?
プリマローズは何も言わず配置に戻った。
何事もなかったかのように魔物二体を産み出し、配置を前衛につけ、本人はまたジャージのポケットに手を突っ込んで後衛に佇んだ。
その機械的な動作に、ただただ違和感を覚える。
「……」
――ゲームシステムに抑圧されている、とか?
――イベントボスという役目を真っ当するよう強制されている、とか?
仮にそうだとして、誰がそう仕向けた?
魔王チーム側の檻の中で磔にされているメイガスは、魔王に魔力を利用されている囚人のような状態。被害者のスタンスだ。
じゃあ、見えないところにいる運営が敵……?
その〝敵〟は何処だ……?
ちょっと待て。
ちょっと待てよ。
俺は何と戦っている?
これまで明確に「こいつが黒幕だ」っていう相手と出会ってないじゃないか。
アーセナル・マギアで追いかけてきた〝黒い影〟も、監獄島から脱走したリリスを連れ戻そうとしていただけじゃないのか?
「――どうしたの、ソード?」
DBが声をかけてきた。
俺がぼんやり立っていることを心配したようだ。
「プリマローズの様子が変だったんだ」
「どんな風に?」
「煽ったら、怒った拍子に俺のことをソードって呼びそうになってた」
「それが何だって言うの?」
「結局は呼ばなかったんだ。……いや、呼べなかった? しかも突然冷静になってあそこに――」
プリマローズが佇む場所を指差す。
そこには、最初から一貫して魔王らしい彼女がそこにいた。
「しかもあいつ、唯一の相棒であるネネルペネルのことまで忘れてやがる」
「あぁ居たわね。そんな鳥」
「鳥じゃねえ。フクロウだ」
プリマの孤独を紛らわせてくれる存在だった。
そんな大切なペットを忘れる?
ありえねぇ。
DBはまるで気にしてない様子だった。
「ソード。気にしたって仕方がないことがある」
「でも、この不可解さは――」
「ここは『万神の復讐劇』の世界――。多少、不自然なことがあっても不思議じゃないのよ」
「そうなんだが……」
「何にせよ、メイガスを取り戻すためにはこの勝負に勝つだけ。ソードのリーダーシップだってようやく本調子になってきたのでしょう?」
「……」
DBの助言は、まるで警告のようだった。
これ以上は気にするな、と――。
言っていることは正論だ。
だが、現代に目覚めてからこれまでの経験上、この違和感の正体こそ、この怪事件の真相を解く鍵なのだと感じている。
俺はまだ〝敵〟に遭遇していないんだから。
不安を抱きながらも試合は進んだ。
挙動のおかしな魔王は、まんまと俺たちの戦術に嵌まり、第2セットは着実に勇者チームが勝ち取ることになった。
この調子で第3セットも取れれば、勇者チームの勝利である。
それでメイガスは解放される。
そうすれば俺たちの目的が達成する――。
俺たちの目的?
いや、これは俺の目的だった。
他のみんなの目的は何だっけ?