173話 魔族排球Ⅵ
俺とプリマローズは剣戟を重ね、互いに睨み合っている間、アーチェが放った『ファイアボール』が敵の放った青黒い魔球サーブを空中で破壊した。
――パァ……ン!
相殺したように破裂し合う魔球二つ。
コートサイドの点数表は「-1:5」となった。
やっぱりマイナスカウントが存在している。
これで点数差は6点。
魔王チームが1セットを取るまで残り6点だ。
残り6点のうちに、他の検証も進める。
「ごめんなさいっ……まだ力加減が……!」
アーチェは魔球を、自身のファイアボールで押し返す想定だったらしい。
コートにいる仲間に向かって謝っていた。
でも、俺の狙いは少し違う。
「ナイスだ、アーチェ!」
「ナイス……? チームが減点になっただけよ」
「いや、それでいい!」
俺の声かけに、アーチェはワケがわからないといった具合に、眉間に皺を寄せていた。
メイガスの放つ魔球が、アーチェの魔弾で破壊できることが検証できればそれでよかった。
つまり今のメイガスとアーチェの魔力は同等。
減点というルールの存在より、破壊してでも魔球を止められるかどうかが重要だった。
「何がナイスじゃ? もう諦めたとでも? つまらぬ。実につまらぬ……」
プリマローズは俺の剣を押し返し、悪態をつく。
魔王の『紅き薔薇の棘』が振り払われると、薔薇の花びらが宙に舞い、ノイズがかかったように消失していった。
魔王の愛剣までこのゲームで再現されている。
なのに、再現されていないことが一つあった。
「おいプリマ。お前の相棒はどうした?」
「む? 相棒? 誰のことじゃ?」
「――そうかい。何でもねえよ」
「……?」
理解した。
こいつは完全なプリマローズ・プリマロロじゃねぇのだ。
俺が苦戦した魔王とは一線を画す別の存在。
魔王の要素を持つだけの別モノ。
不完全なら隙だらけだ。
○
第1セットが終了した。
結果は「-3:11」で魔王チームが勝利。
次の第2セットも魔王に取られたら、勇者チームの敗北は確定する。
代わりに検証できたことがたくさんある。
・片側のコートに一度に4人しか入場できない。
・敵味方関係なく、どちらのコートも入れる。
・魔物を倒すと魔王が味方を補充するが、魔物が生きているかぎり補充されない。モブを生け捕りにして勇者チームのコートに拉致しても、補充はされなかった。
・魔球は、魔力で生成された魔弾ならいくらでもボールとして認識される。逆に、DBに用意させた本物のバレーボールは、ボールとして認識されなかった。
・ラリー中であろうと、どちらかのチームが新たに魔球をつくれば、それも試合のボールとなる。
・コート内にいずれかの魔球が存在しているかぎりラリーは続く。ラリー中、仮にどちらかのチームが11点を取ったとしても、ラリーが終わらないかぎり試合は続くようだ。
・試合開始はあくまでサーブ権を持つチームのサーブから始まる。始まっていない状態で、他の誰かが魔球を打って相手チームに落としたとしても、点数にカウントされない。
これだけわかれば十分だ。
攻略法、ブラフのかけ方、点数の駆け引き。
勝つまでの道筋は立てられる。
あとは土壇場での柔軟性。
第2セットでコートチェンジがあり、サーブ権は勇者チームが先に得ることになっていた。
魔弾しかボールとして認識されないため、必然的にサーブはアーチェが選任される。
「頼むぞ、アーチェ」
「まかせて。絶対に負けられない」
配置は、俺とリリスが前衛。
アーチェとDBが後衛。
魔王チームは前衛にモブが二体。
後衛にはプリマローズとメイガスがいる。
第1セットと変わらなかった。
「――いくわ」
アーチェ手を翳し、赤の魔弾を生み出した。
メイガスの放つ青の魔弾に引けを取らず、その火球は雑魚なら軽く焼き尽くすほどの威力を秘めている。
それが今まさに放たれた――。
直線的にネットを飛び越していくライナー球。
ボールは魔王チームのコートのど真ん中のあたりに落下していく。
「凡愚な弾じゃ。やれ」
プリマローズは退屈そうに顎でモブに指示した。
前衛のモブ二体は既に動いている。
元々、個々は強くない魔物のモブだ。
魔球を受け止めるにはレシーブではなく、自ら壁となり、捨て身で止めなければならない。
第1セットでもこちらのスパイクを、そうやって受ける姿は何度も見た。
一人が捨て身のヘッドスライディングの準備。
もう一人がトスで打ち上げる準備。
最後はプリマローズのスパイクって流れらしい。
プリマローズは後衛ながら、既にその場で軽くジャンプし、助走をつける気満々で準備している。
魔王の華やかなアタックに協力する魔物の図。
彼らはそんな役割に疑問を持たず、ただひたすら短い命でサイクルを回している。
所詮はデータ上の存在。
消耗品という立場に嫌気が差す前に――自我を持つ前に死ぬだけだ。
だからこそ、魔王チームは仲間を消費しながら試合に勝つことができた。
俺がそんな奴らに別の道を提案してやる。
「――その必要はねぇ!」
高らかにそう宣言した。
指をパチンと鳴らし、十八番の戦術を披露する。
「なんじゃ……!?」
コートに出現する剣山。
床から伸びた【抜刃】による剣は、鉄柵のようにモブの動きを制限し、身動きが取れなくさせた。
魔王のコートに小さな剣の迷宮が完成する。
どこが剣の壁の抜け道かわからない。
モブは床から突然生えた刀身を掴んで、隙間から突破しようとするも、切っ先に触れて手を切り、握ることすらできずにいた。
魔王チームが困惑する中、アーチェが放った魔球は、誰の妨害も受けずにコートに空いた床に着地。
点数表には『1:0』と表示された。
「くっ、子どもだましの策じゃ……」
意表を突かれたプリマローズが、心底悔しそうに顔を歪めていた。
「どうせ子どもの遊びだろうが」
「否。妾は魔王ぞ。この世界を征服すべく穢土から蘇った魔界のカリスマ。斯様な安い策で敗北するような間抜けとは違うっ……! 違うのじゃ!」
「せいぜい吠えてな。今のお前は本物の魔王に程遠いぜ」
プリマローズの背後からオーラが漂い始める。
魔王にしては清らかで、怒っている割りには静かで黒い夜の海を彷彿とさせるオーラだ。
「……?」
なんだか、プリマローズに違和感がある。
邪悪な魔王らしく振る舞う彼女と、現実のプリマローズのような無邪気さが混在したような……?
その相反する二人が溶け合うせいで、魔王としても廃人としても威風を失っている気がする。
「ふんっ。虚勢がいつまで持つか楽しみじゃ!」
「……」
プリマローズは配置に戻っていった。
俺はその背を見ながら、この『魔族排球』の球技の果てに、プリマローズがどうなるのかを気にしていた。