172話 魔族排球Ⅴ
「リリス、大丈夫か?」
フリーゾーンで尻餅をついているリリスに手を差し伸べた。
「ごめん……。見ての通り、あたしは運動がからっきしでさぁ。きっと迷惑かけるだけだから、隅っこでじっとしてた方がいいと思うのよ? ……ってぇことで……」
リリスは頬を掻き、徐ろに立ち上がる。
ぱんぱんと黒い皮のパンツを叩いてから、そのままそそくさとコート外へ逃げようとしている。
その尻尾を鷲づかみにした。
逃がさん。
「ふぎゃっ」
「待て」
「いででででっ! 尻尾は掴まないでくれ~っ!」
ぱっと離してやると、リリスは力なく、またしても尻をついた。
「お前は勇者チームの希望かもしれん」
「え? あたしが?」
「そうだ! 協力してくれ!」
「……?」
リリスは首を傾げるばかりだ。
サキュバスという夢魔だからこその特性が、今ここで活かせそうな気がする。
○
タイムアウトを使ってしまったため、1セット終了まで作戦タイムが取れない。
すなわち、俺の作戦はまだ共有できない。
しかし、このゲームは2セット先取で勝ちだ。
最初の1セットは魔王チームにくれてやってもいいかと思う。それだけ作戦に自信があった
1セット中は作戦が通用するかの検証を重ねる。
そして、うちの主砲の調子だ――。
「敵からサーブが来る前に言っておきたい。この第1セット、一回負けよう」
「……?」
DBが眉を小さく動かし、俺を見た。
被せて反応してきたのはアーチェだった。
「ちょっとちょっと! なにソードらしくないこと言ってくれてるワケ? 負け戦なんてダメよ」
アーチェは磔のメイガスを一瞥した。
苦しそうに魔力を吸い取られるメイガスを、これ以上見たくないのだろう。
「気持ちはわかるが、この第1セットだけだ! 必ず第2・第3セットを連続で取りに行く」
「でも1セットを先に取られたら、後がないわよ」
「わかってる。俺を信じろ」
「…………」
アーチェはその場で足で床をパタパタ叩いた。
イライラしている様子だ。
メイガスがまた「アアアアアア」と叫び、魔球弩弓からまたサーブが打ち出されようとしている。
「アーチェ」
DBがそこに口を挟む。
「なによ」
「ここはソードの考えに従いましょう」
「珍しいのね。DBが――ううん。ケアが、ソードの言葉を素直に聞くなんて」
「ふふふ。貴女も感じているようね。――今のこの連帯感、勇者時代を思い出すでしょう?」
「う……うん。まぁ」
DBが不敵な笑みを浮かべる。
この場には七人の勇者は揃っていない。
四人の人間兵器がいて、シール、パペット、ヴェノムの三人は不在。確かにパーティーメンバーは少ないが、みんなが感じているように、このチーム攻略戦は、勇者時代の俺たちを彷彿とさせた。
「なんとなく『パンテオン』に来てからのソードは冴えてるように感じるわ。当時の感覚を取り戻したのかもしれない。この男は、苦難が立ちはだかったときに、いつも攻略法を編み出したリーダー。――そんな本来のリーダーの姿を、貴女も見たがっていたはずでしょう?」
「……っ」
アーチェはそっぽを向いた。
「わかったわよ……っ! リーダーの素質とやらを拝見させてもらうわっ」
俺が勇者の運命から逃げた九回目の目覚めで、リーダー代理を引き受けたのはアーチェだった。
その結果、九回目の魔王攻略で勇者パーティーは敗北。苦汁をなめる結果となり、アーチェは俺を恨むようになった。
その返答は、その精算が済んだ証拠だ。
「サンキュー、アーチェ!」
「ただし、第2セットで負けたら承知しないから。今度は腕一本じゃ済まないからね」
射撃の的にされるってことで理解した。
そいつは恐ろしい。
俺はサーブが打たれる直前、前衛にリリスとDBを、後衛に俺とアーチェがつくように指示した。
ずっとサービスラインぎりぎりで立ちんぼしていたリリスは、ネット際に配置されて怖がっていた。
「なんであたしがこんな重要ポジションにぃ」
「お前はむしろそこで一番輝ける!」
「意味不明なのだわ!」
魔王チームから魔球のサーブが放たれた。
いつもの如く、筋肉達磨の俺がレシーブで受け止めに行く。
「アーチェ」
「な、なによ」
「俺がレシーブで上にあげた後、カーチェイスの時にやってた魔法、魔球に当ててみてくれないか?」
「もしかしてファイアボール?」
「それだ!」
今のアーチェは魔法使いだ。
どういうわけか火属性の魔法が得意のようで、こちらもこちらで〝魔球〟を放てる状況にある。
「馬鹿っ。魔球の破壊は1点減点でしょ」
「そうだ。だから第1セットは検証だ」
「減点の検証したって活かせないじゃないっ」
そうこうする間にメイガスの魔力で出来た魔球が襲いかかる。俺はレシーブで受け止める。
難なくこなしているように見せているが、これがかなり両腕へのダメージが凄まじい。ふんばっている両足が床にめり込むほどなのだ。
「っ……信じるからね!」
レシーブが高々と宙へ上がる様子を目で追いかけながら、アーチェは言った。
俺の決死のレシーブで覚悟を感じたようだ。
「杖がないとよくわからないけど……こうかしら」
アーチェは手を翳して目を瞑った。
手先で赤い魔力が凝集していき、球体状に変化していく。
「その調子で頼む。破壊するくらいの威力でな」
「力の加減がまだわかってないのよ」
「それも練習で感覚を掴んでおいてくれ」
俺はその間、次の検証に移った。
自陣のコートから抜け出す。
「ちょ、どこいくの、ソードさん」
「検証!」
リリスが驚いて目を丸くしていた。
それもそうだろう。まだ魔球は勇者チームのコートにあり、これから三回ラリーして相手コートに返すのが本来の流れ。
そこに穴をつくるように、チームメイトが脱走してしまったのだ。当然焦る。
魔王チームのコートに回り、フリーゾーンからラインの内側に入ろうとする。
すると――。
「っ……」
バチリ、と赤く変色したラインが反応した。
そこから先には進めなかった。
ゲームシステムの枠を超えた俺のような存在も、このコートの人数制限というルールは適用されるらしい。
――つまり、このコートに入るためには、一人誰かを殺す必要がある。
「ピギ?」
「お前に罪はないが、所詮はプログラム。試合に貢献できずに残念だったな……!」
俺は【抜刃】で呼び出した剣を投げつけ、モブの魔物に突き刺した。
「ィギャンッ!」
魔物は潰れた声で絶叫した。
魔物が微粒なブロックに分解されて塵となって消えていく。
コートを区切る赤いラインが白線に戻った。
人数制限の解除を意味しているに違いない。
思い切ってラインを跨いでみると、すんなり魔王チームのコートに入れた。
「よしっ! やっぱりか!」
俺がコートに侵入すると、線がまた赤く染まる。
魔王チームのコートには、俺とプリマローズ、メイガス、モブの魔物一体がいる。計四人だ。
敵だろうと、相手のコートに侵入して、やりたい放題できるということである。
「何がやっぱりじゃ? 呑気に死にに来た大馬鹿者めが――」
殺気がコートを埋めつくす。
刹那の間に襲ってきた魔王の刃を、俺は新たに作り出した【抜刃】の剣で受け止める。
「――血の魔剣『紅き薔薇の棘』……!」
それはプリマローズの愛剣。
赤い刀身に血の匂いが漂っている。
「おう。妾の剣を止めよったか」
「へっ……こういう勝負の方が得意なんでね」
「ククク、なかなかやるようじゃの、おぬし」
赤い剣を押し返し、間合いを取った。
魔王プリマローズから、禍々しいオーラが漂い始めている。
何が魔族排球だ。
やっぱりこの戦いの本質は殺し合いだ。
サーブで打ち放たれる魔球だって、ネットさえなければ戦場で飛び交う魔術師同士の交戦と、何ら変わらない。
このバレーはそういう勝負をルール付きでしているだけなんだ。
だからこそ勝機はある。